第30話 義賊、斥候、近衛

文字数 2,415文字

 周囲には男の仲間が潜んでおり、リンクの荷物を運んでくれることを約束してくれた。
 暗い森を男は平気な顔で進む。

「育ちの良さそうなガキのくせして、夜目が効くのか」
「あなたの後ろを付いていくだけですので関係ないでしょう」
「大ありだ」
 
 男はそう言うも、実際にリンクは夜目が効くわけではなかった。凡人と比べれば見えるほうだが、夜の森を歩けるほどではない。

「私は暗闇にも人の後ろを付いて歩くのにも慣れているだけです」
「まるで奴隷だな」
 
 会話はそれっきりだった。
 何処をどう歩いたかもわからないが、集落へと辿りついた。

「随分と凝っていますね」
 
 雑多な植物に飾られ、パッと見では天幕が張られていることに気づけない。一つ一つの距離が離れている上に位置もてんでバラバラだ。

「洞穴でも予想してたのかよ」
 
 図星だったので、
「どのくらいの人数が暮らしているのですか?」
 リンクは話を逸らす。

「戦力を当てにしているのなら無駄だぞ」
「まさか」
「ブール学院に生徒だけが取り残されたのは知っている」
「なら、話が早い」
 
 二人の会話はかみ合っているようで、かみ合っていなかった。
 とりあえずもてなしてくれるのか、リンクは男の天幕に迎えられた。中には暖かそうなグリズリーの敷物に背の低い丸テーブル。

「酒は?」
「いただきます」
 
 座って待っていろと言われたので、素直に従う。
 男は腰を下ろし、地面に手を伸ばした。ここからでは見えないが、穴蔵となっているようだ。 

 なみなみに注いだ葡萄酒に口をつけ、
「それで?」
 男は端的に尋ねる。

 同じように葡萄酒を流し込み、
「斥候をお借りしたい」
 リンクは答えた。
「情けないことに、こちらには馬を派手に走らせる人間しかいないので。それに帝国に属さないあなたたちなら、正面から詳しい話も聞けるはずです」

「おまえさん、それ正気で言ってんのか?」
「相手は蛮族じゃなくて、歴史ある王国民ですよ。それも王に仕える近衛騎士。敵対する気がないのなら、こそこそ探らずに正面から聞いたほうが早いかと思いまして」
「お偉いさんの中には、たまに気分で使者を切り捨てる輩もいるんだがな」
「今のところ、シャルオレーネ軍の血生臭い噂は知らないですね」
「口の減らないガキだ。で、斥候を出してどうする?」
「それはシャルオレーネ軍次第です。ただ、私に戦う意思はありません。居場所を、正確には目的を知りたいだけです」
「知ってどうする?」
 
 もはや会話というより質疑応答であるが、ここ数日コリンズの無駄口に晒されていた身からすれば新鮮で気持ちよかった。

「私は彼らに接触したいのですよ。そして、その理由は――」 
 
 ここで初めて、リンクは誰かに心の内を語る。
 それは掛け値なしの本音だったのだが、

「……本気、いや正気か?」
 聞かされた男は頭の状態を疑ってきた。

「えぇ。言ったでしょう? 夢を見ているって」
 
 突拍子もないことだと自覚していたリンクは怒りもせず、本気であることを強調する。

「ガキの夢物語っていうのはもう少し可愛げがあるもんだ。そんなに打算的で生々しくあってたまるか」
 
 シャルオレーネの王女様のほうがまだマシだと、男は呆れ果てた。

「そういえば、あなた方はどちらに付くんですか?」
「どっちにも付かねぇよ。おまえは俺たちのことを義賊と言ったが、そんなたいそうなもんじゃねぇ。俺たちはただの自由民だ。帝国にもシャルオレーネ王国も関係ない。好きにやらせてもらう」
「つまり、好きで私に協力してくれると?」
「帝国兵になりたがっている奴らなんざ嫌いだが、ブール学院はちょいと事情が違うだろ?」
 
 リンクは頷く。
 無償であるだけあって、口減らしの名目で入れられた子供が多かった。

「それにガキしかいねぇとなると、おまえさんに手を貸してやることに抵抗はねぇ。かといって、その行為に犠牲を払うつもりは微塵もない。気分としちゃ、物乞いに金を恵んでやるようなもんだ」
 
 身も蓋もない言い草だが文句はなかった。

「わかりました。期待しないでおきます」
 
 そう答えつつ、リンクは男の天幕に一週間も居座った。
 この段階で校舎に戻っても面倒しか待っていないとわかりきっていたので、斥候が帰ってくるのを待っていた次第である。
 その間、リンクは好んで彼らに話しかけ、様々な雑用を手伝っていた。
 世話になった男――オナホルが集落の顔役であったことも幸いしてか、厄介を持ち込んだよそ者にしては歓迎されていた。

「どうやら、本気でブール学院を落とす腹づもりのようだ」
 
 その報告は早朝、軍鳩で送られてきた。
 既に起きて動き回っていたリンクは天幕に呼び戻され、報告を受ける。

「ただ、危害を加える気はないらしい。城に旗を立てることができれば、すぐに帰ると言っている」
「つまり、本当に百五十程度の兵しかいないと?」
「あぁ。もしかして、複数の小部隊が目的地で合流する可能性を心配していたのか?」
「えぇ」
「そいつは土地勘がないと成立しないから、今回は無視していい」
「だとしても、ここに来るまで十日もかからないですよね?」
「いや、もっと早いかもしれん。俺の仲間が金を取って道案内をしているからな」
「は?」
「正面から聞け、と進言したのはおまえさんだろ?」
「……誰もそのような商売をしろとまでは言っていません」
「おかげで、相手が信頼に値するとわかったじゃねぇか」
 
 否定しようがなかったので、リンクは諦めてお礼を述べる。

「軍鳩の残りは?」
「一羽。問題がなければ敵が到着する二、三日前に届くはずだ」
「わかりました。そちらが届いたらブール学院までご足労願えますか? 伝えて頂きたいことがありますので」
 
 帰巣本能を利用したものなので、こちらからのメッセージを送るには馬を使うしかなかった。

「期待しないでおくんじゃなかったのか?」
 暗に人使いが荒いとオナホルは愚痴る。

「えぇ。ですから、一緒に戦ってくれとは言いません」
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登場人物紹介

 リンク・アン・リンセント(14歳)

 一代騎士の嫡男だが、その振る舞いは成り上がりとは思えないほどきちんとしている。それでいて不真面目な態度を取ることも多い為、友人からは怠惰の騎士様と呼ばれている。

 基本的な能力は高い上に多芸。また幅広い見識を備えており、労働奴隷とも交友を持っている。

 本人に目立つつもりはないものの、皇女に懐かれたことにより注目を浴びる羽目となる。

 帝国では珍しい夜のような黒髪と瞳を有している。

 スーリヤ・ユンヌ・ストレンジャイト(12歳)

 北方正帝の愛娘で皇女だが、その振る舞いから姫剣士様の愛称で親しまれている。

 政争には向かない性格な為、中央ではなく辺境のブール学院に入学。

 長い金髪に青い瞳。全体的に控えめな身体つきはしているものの、性格は苛烈そのもので喧しい。

 それでいて、気を許した相手には全面の信頼を寄せる。 

 コート・オブ・アームズ《紋章の上着》は武具に埋もれた竜。

 グノワ・グロコーフェン(14歳)

 体格に恵まれている為、農民の出でありながらも武芸に秀でている。

 気性は真っすぐで軍学校に入る前はガキ大将だった模様。

 ブール学院において、数少ないリンクの友人のひとり。

 アーサー・アナドレイ(13歳)

 グノワとは同郷で幼馴染。

 リンクのことを騎士様と呼び、阿るような態度を取る。

 それでいて軽口を叩くことから、身分とは別の親しみも持っている様子。

 

 フィリス(12歳)

 スーリヤの奴隷。ただ帝国において奴隷は財産――他人に自慢できるモノである為、身なりは整っている。

 更に武芸や知識も備わっており、あらゆる能力が王侯貴族にも負けず劣らずといった仕上がり。

 銀色の髪に灰色の瞳を有し、年齢の割に発育は良好。

 奴隷として生まれたのではなく奴隷に堕とされた存在ゆえに、今の恵まれた立場がスーリヤのおかげであると強く認識し、心からの忠誠を誓っている。

 リアルガ=リンセント(15歳)

 リンクの姉だが、その性格は真面目で普通。能力も優秀ではあるが常識の範囲。

 何故か弟に対して、敵意すら感じられる振る舞いをしている。

 リンクとは違い、北方帝国ではありふれた栗色の髪と瞳を有する。 

  

 メルディーナ・ブルジェオン・ドゥ・シャルオレーネ(12歳)

 北方帝国と敵対しているシャルレオーネ王国の王女。見事な黒白(こくびゃく)――夜の髪と雪のような肌を持つ。

 革命によりその命を脅かされるも、指導者としての才を発覚させることで生き延びる。

 その結果、王女自らが前線に立つ無謀な進軍を強いられる。

 ラルフ=ホークブレード(34歳)

 シャルレオーネ王国の近衛騎士。

 多くの戦を経験し功を立てて来たものの、国力の無さゆえに未だ一騎士の立場に甘んじている。

 メルディーナ王女の信頼が最も厚い人物。

 ディルド・トロア・ディオアヌス(18歳)

 東方帝国の皇子で既に大人顔負けの体躯を有している。

 性格は横柄で悪いものの、驕りはなく相応の実力と器を持ち合わせている。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれたヒト型の怪物。

 

 

 イラマ(19歳)

 ディルドの奴隷で帝国では珍しい濡れ烏の髪を持つ。

 容姿や服装は娼婦といった感じだが、皇子の奴隷――財産だけあって、非凡なる能力を有している。

 また主に対して棘を刺す程度の嫌味を言ったり、中々の食わせ者。

 コリンズ・サンク・コンスタンツ(16歳)

 褐色の肌に灰色の髪を有する南方帝国の皇子。

 奴隷王の異名に違わず、自らの周囲を有能な奴隷で固めている。もっとも、単に忠実で優秀な部下が欲しいだけなので相手の身分や年齢、国籍すらも問わない様子。

 事実リンクのことも奴隷として欲し、断られるや否や今度は軍師として勧誘する。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれた翼獣。

 

 シリアナ(17歳)

 コリンズの奴隷。亡国の王家筋だが、生まれた時から奴隷だったので本人にその自覚はない。

 かつては愛玩奴隷として悠々自適に生きていたものの、主がコリンズに代わるや否やその生活は破綻。彼の無茶ぶりに応える形で、血筋に見合った才覚を発揮していくことになる。

 もっとも、生まれながらの奴隷にありがちな「物言う道具」の自覚が強い為、彼女はそのことに対して微塵も感謝していない。むしろ、やるべき仕事が増えたと文句を言っている。

 帝国では珍しい赤毛と緑の瞳を有する。

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