第37話 戦い以前の問題

文字数 1,732文字

 翌日、リンクが作戦の概要を伝えると案の定、生徒たちから不満の声が漏れた。
 特に騎士たちの声が大きい。彼らは敵の数がたった百五十と聞いて、明らかに侮っていた。

「こちらのほうが数で優っているのだから、鶴翼で囲んでしまえばいいではないか?」

「軽装備の徒歩で、重装備の騎兵をどうこうできると思うのか?」
 いちいち説明するのが面倒だったので、リンクは大勢の前で一人一人を嘲笑してやる。

「城内におびき寄せれば可能であろう? そうして、馬が使えない場所で戦えばいい」
「数の利を捨ててどうする? そんなのは敵に各個撃破して下さいと言っているようなもんだぞ。この人数を活かすには外で戦う以外にない」
 
 騎士たちは肝心なことを見落としていた。
 そうでない生徒たちがわかっていることが、彼らには見えていない。
 敵が襲い掛かってきたとして、敵に襲い掛かるとして、味方が目の前でやられたとして――


 
 そう、ここにいる者たちは

なのだ。
 だからこそ、兵を小出しにはできない。第一陣がやられたら、第二陣は動けないとリンクは考えていた。

「籠城はどうだ? 騎兵だけなら守りきれるはずだ」
「話にならない。商人は国の仕事でここに来ているんだぞ? 俺たちがどう言ったって、融通を効かせてくれるはずがない」
 
 そんなことを言えば、彼らはシャルオレーネ軍に食料を売りに行くに決まっている。
 そもそも、ここは籠城に適していない。
 ある歴史においては重要な橋頭保だけあって、この城は多くの破壊と修復を経験していた。
 その結果、もはや実戦に耐えうる強度を有していないと判断されたからこそ、校舎として再利用されているのだ。
 案が尽きたのか、騎士たちは馬さえあればと零している。
 それを聞いて、リンクは心底自分が間違っていなかったと確信した。
 
 
 
 一方、コリンズの奴隷たちは従順だった。
 命令には二つ返事で従い、さっそく投擲補助具(アトラトル)の作成に入る。大きさも形も細工もこれといって難関な点はなく、全員が見事に作り上げた。
 それどころか奴隷の一人に数術が得意な人間がいたので、リンクの愛用品よりも完成度の高い仕上がりになっていた。
 また、その奴隷の発案により槍のほうにも細工が施される。
 手間が増えたにもかかわらず、日が暮れる前には全員が投擲の練習に入っていた。面白がってか、コリンズとシリアナも参加していた。
 
 その間、ブール学院の生徒たちは地図に従って穴を掘り続けていた。
 場所は城壁の周辺に加え、そこから三百(ペース)も離れた平原。掘り起こした土も使って、フェイクも大量に作った。
 本物と合わせると、数にして五百は超えるであろう。深さも人が埋まるものから、バランスを崩す程度と実に幅広い。
 リンクはそれらの監督をスーリヤたちに丸投げして、一人でオナホルを訪ねていた。
 そこでシャルオレーネの言語で書き記した文を託す。

「どうやら、状況が変わったようじゃねぇか?」
 オナホルは早馬の伝令を飛ばしてから、口にした。

「耳が早いですね」
「まぁな。で、どうするんだ?」
 
 リンクは素直に今後の予定を話す。
 聞いている内にオナホルの顔つきは厳めしく、聞き終えた時には苦いものを噛みしめた表情に転じていた。

「何度も聞くが、正気か?」

「お願いできませんか?」
 リンクは小憎らしいほどに無邪気な声で頼み込む。

「できなくはない。どうせ、おまえさんは負けるだろうからな」
「その可能性のほうが高いでしょう。もちろん、できる限りのことはしますし協力もお願いしますけど」
「口の減らないガキだこと」
 
 言葉とは裏腹にオナホルは付き合ってくれた。
 上乗せした要請は戦闘訓練でリンクは幾度となく武器を弾き飛ばされる。
 ディルドの時もそうだったが、やはり力が違う。
 これほど差があると、打ち合うのは論外。かといって、付け焼刃の技術でどうこうできる領域でもなかった。
 このままでは夢を見ることすらかなわないと、リンクは腹案を練り上げる。

「発想の転換ってやつか」
 
 試してみたところ及第点は貰えた。
 それでも、打ち合って一分と持たないのが現実。
 勝利をスーリヤに捧げる手前悪辣な策は使えないが、なにか手を打たなければならなかった。
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登場人物紹介

 リンク・アン・リンセント(14歳)

 一代騎士の嫡男だが、その振る舞いは成り上がりとは思えないほどきちんとしている。それでいて不真面目な態度を取ることも多い為、友人からは怠惰の騎士様と呼ばれている。

 基本的な能力は高い上に多芸。また幅広い見識を備えており、労働奴隷とも交友を持っている。

 本人に目立つつもりはないものの、皇女に懐かれたことにより注目を浴びる羽目となる。

 帝国では珍しい夜のような黒髪と瞳を有している。

 スーリヤ・ユンヌ・ストレンジャイト(12歳)

 北方正帝の愛娘で皇女だが、その振る舞いから姫剣士様の愛称で親しまれている。

 政争には向かない性格な為、中央ではなく辺境のブール学院に入学。

 長い金髪に青い瞳。全体的に控えめな身体つきはしているものの、性格は苛烈そのもので喧しい。

 それでいて、気を許した相手には全面の信頼を寄せる。 

 コート・オブ・アームズ《紋章の上着》は武具に埋もれた竜。

 グノワ・グロコーフェン(14歳)

 体格に恵まれている為、農民の出でありながらも武芸に秀でている。

 気性は真っすぐで軍学校に入る前はガキ大将だった模様。

 ブール学院において、数少ないリンクの友人のひとり。

 アーサー・アナドレイ(13歳)

 グノワとは同郷で幼馴染。

 リンクのことを騎士様と呼び、阿るような態度を取る。

 それでいて軽口を叩くことから、身分とは別の親しみも持っている様子。

 

 フィリス(12歳)

 スーリヤの奴隷。ただ帝国において奴隷は財産――他人に自慢できるモノである為、身なりは整っている。

 更に武芸や知識も備わっており、あらゆる能力が王侯貴族にも負けず劣らずといった仕上がり。

 銀色の髪に灰色の瞳を有し、年齢の割に発育は良好。

 奴隷として生まれたのではなく奴隷に堕とされた存在ゆえに、今の恵まれた立場がスーリヤのおかげであると強く認識し、心からの忠誠を誓っている。

 リアルガ=リンセント(15歳)

 リンクの姉だが、その性格は真面目で普通。能力も優秀ではあるが常識の範囲。

 何故か弟に対して、敵意すら感じられる振る舞いをしている。

 リンクとは違い、北方帝国ではありふれた栗色の髪と瞳を有する。 

  

 メルディーナ・ブルジェオン・ドゥ・シャルオレーネ(12歳)

 北方帝国と敵対しているシャルレオーネ王国の王女。見事な黒白(こくびゃく)――夜の髪と雪のような肌を持つ。

 革命によりその命を脅かされるも、指導者としての才を発覚させることで生き延びる。

 その結果、王女自らが前線に立つ無謀な進軍を強いられる。

 ラルフ=ホークブレード(34歳)

 シャルレオーネ王国の近衛騎士。

 多くの戦を経験し功を立てて来たものの、国力の無さゆえに未だ一騎士の立場に甘んじている。

 メルディーナ王女の信頼が最も厚い人物。

 ディルド・トロア・ディオアヌス(18歳)

 東方帝国の皇子で既に大人顔負けの体躯を有している。

 性格は横柄で悪いものの、驕りはなく相応の実力と器を持ち合わせている。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれたヒト型の怪物。

 

 

 イラマ(19歳)

 ディルドの奴隷で帝国では珍しい濡れ烏の髪を持つ。

 容姿や服装は娼婦といった感じだが、皇子の奴隷――財産だけあって、非凡なる能力を有している。

 また主に対して棘を刺す程度の嫌味を言ったり、中々の食わせ者。

 コリンズ・サンク・コンスタンツ(16歳)

 褐色の肌に灰色の髪を有する南方帝国の皇子。

 奴隷王の異名に違わず、自らの周囲を有能な奴隷で固めている。もっとも、単に忠実で優秀な部下が欲しいだけなので相手の身分や年齢、国籍すらも問わない様子。

 事実リンクのことも奴隷として欲し、断られるや否や今度は軍師として勧誘する。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれた翼獣。

 

 シリアナ(17歳)

 コリンズの奴隷。亡国の王家筋だが、生まれた時から奴隷だったので本人にその自覚はない。

 かつては愛玩奴隷として悠々自適に生きていたものの、主がコリンズに代わるや否やその生活は破綻。彼の無茶ぶりに応える形で、血筋に見合った才覚を発揮していくことになる。

 もっとも、生まれながらの奴隷にありがちな「物言う道具」の自覚が強い為、彼女はそのことに対して微塵も感謝していない。むしろ、やるべき仕事が増えたと文句を言っている。

 帝国では珍しい赤毛と緑の瞳を有する。

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