第52話 動揺

文字数 1,092文字

 立ち尽くしている真名人に、野崎が言った。
 
「ひどいじゃないか」

「え?」

「あんな言い方はないだろう?」

「だって、あんなこと、急に言われても……」

 だが、野崎は、真名人の話を聞いていない。
 
「女の子が勇気を振り絞って告白したのに、冗談だとか、からかってるとか。お前が、そんな無神経なことを言うやつだとは思わなかったよ」

「そんな……」

 それを言うなら、事前の説明もなしに、こんな場面に真名人を放り込んだ野崎だって無神経ではないのか。人の気も知らないで。
 
 
 まさか、自分が責められる立場になるとは思わなかった。動揺していると、野崎が言った。
 
「あーあ、気分悪いな。俺、帰るわ」

 そう言うなり、及川が去った公園の出口に向かって歩いて行ってしまう。真名人は、その背中を呆然と見送った。
 
 こんな野崎を見るのは初めてだった。いつも穏やかで優しく、ちゃんと真名人の話を聞いてくれていたのに。いつも駅まで一緒に帰って、ときには寄り道もして、楽しい時間を過ごしたのに……。
 
 泣きたい気持ちになって、立っている気力もなくなった真名人は、さっきまで及川が座っていたベンチに腰を下ろしてうなだれた。
 
 
 真名人は、何重にもショックを受けていた。及川に告白されたことも、怒りをあらわにした野崎の態度もそうだが、今まで蓋をして、見ないふりをして来た感情を、ついに認めざるを得なくなってしまったからだ。
 
 
 
 真名人は昔から、あまり恋愛に興味がなかった。中学生にもなると、友達の間でそういう話になったり、中には早くも女の子と交際を始める者もいたが、真名人自身は、初恋もまだだった。
 
 女の子が嫌いだというわけではなかったが、物心がついた頃から、恋愛に奔放な母を見て来たせいで、その手のことから目をそむけていたかったのかもしれない。あるいは、意識していないだけで、女性に対するいくらかの嫌悪感もあったのだろうか。
 
 別に恋愛などしなくてもいいと思っていたし、それについて、深く考えたことはなかった。友達も多いほうではなかったけれど、一人で過ごすことも嫌いではなかったので、特に不満はなかった。
 
 
 高校に入学して、すぐに野崎と仲良くなれたことは、本当にラッキーだったと思う。そもそも、彼と隣の席になれたことが。
 
 そうでなければ、彼は、ほかの誰かと親友同士になっていたかもしれない。いや、おそらくはそうだろう。
 
 彼のような人気者は、普通は、真名人のような地味な人間とは付き合わないに違いない。
 
 彼が、「灰田と話すのはすごく楽しいし、一緒にいると自然体でいられる」と言ってくれたときは、心の底からうれしかった。
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