第57話 席替え

文字数 1,090文字

 野崎が、恥ずかしそうに微笑む。
 
「もちろん、俺なんか恋愛対象にならないって言われるかもしれないし、灰田から見たら、馬鹿みたいだと思うかもしれないけど」

「そんなことないよ! 気持ちを伝えるのは、いいことだと思うよ」

 自分には、出来ないけれど。真名人は、ぎゅっと拳を握りしめる。
 
 
 たとえ野崎が及川を思っていても、だからと言って、二人の友情に変わりはないはずだ。それならば、辛くても、やっぱり野崎と一緒にいたい。
 
 真名人は、そう思ったのだったが。
 
 
 
 表面上は、野崎と真名人の関係は、今までと変わらないように見えた。一緒に休み時間を過ごし、軽口を言い合い、放課後は、駅まで肩を並べて帰る。
 
 だが、それぞれの気持ちを知る前とは、何かが決定的に違ってしまった。もちろん、野崎が真名人の本当の気持ちを知るはずもないが、及川に告白され、それを断った真名人に対して、まったくわだかまりがないとは言えないだろう。
 
 真名人にしても、野崎が及川を思っていることを知って、行き場のない自分の気持ちをどう処理すればいいのかわからない。
 
 
 気まずさを押し殺しながら過ごしていた矢先、クラスで席替えがあった。真名人と野崎は、離れ離れになった。
 
 だからと言って、それで疎遠になったというわけではない。野崎は、新しく隣の席になったクラスメイトや、その友達とも仲良くなり、昼休みや放課後は、真名人も含めて、彼らとともに過ごすようになった。
 
 野崎と二人きりで過ごすことはなくなった。真名人は、寂しさを感じながら、一方で、ほっとしてもいた。 
 
 押しが強いわけでもないのに、人気者の野崎は、いつも自然と話題の中心になる。笑顔で話している彼を、真名人はただ黙って見つめる。
 
 クラスメイトたちは、なかなか打ち解けられない真名人のことも受け入れてくれたし、それでいいと思っていた。
 
 
 そういう毎日にも慣れた頃の昼休みのこと。
 
 二人のときは、昼休みは渡り廊下で話すのが定番だったが、今は、皆で空き教室で昼食を取り、そのまま午後の授業開始までだらだらと過ごすことが習慣になっている。
 
 弁当を広げながら、仲間の一人、富井が、野崎に向かって言った。
 
「その後どうよ?」

 高部が言う。
 
「なんの話?」

 野崎は、恥ずかしそうな微笑みを浮かべたまま答えない。すると、富井がにやにやしながら言った。
 
「ラブだよ、ラブ」

 桃井が言った。
 
「例の彼女?」

 真名人は、まったく話について行けず、ただ皆を見回す。富井が言った。
 
「いいよな。彼女、めっちゃかわいいじゃん」

 彼女? まさか……。真名人は、野崎の顔を見つめる。
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