第10話 母の恋人

文字数 1,014文字

 涼平が部屋から出て行った後、真名人は、小さくため息をついてベッドに腰かける。本当は、涼平の言う通り、久しぶりに外に出て、長い時間をかけて電車とタクシーを乗り継いでここまで来て、とても疲れていた。
 
 涼平は、本心では、真名人がここに居候することを迷惑がっているのではないかと思っていたが、いや、実際、迷惑なのかもしれないが、そんな様子は微塵も見せず、相変わらず穏やかで優しい。
 
 そのことにほっとする。自分が生まれ育った実家のマンションは、もうずいぶん前から安住の地ではなくなっているし、自分を受け入れてくれる人は、涼平以外にはいない。
 
 ほかに行き場はないのだ。真名人自身も、涼平のそば以外に、心安らげる場所を思いつかない。
 
 
 夕飯まで、少しベッドで横になることにした。真新しい寝具の匂いに包まれながら、真名人は、過去のことを思い返す。
 
 
 
 真名人は、父親の顔を知らない。真名人が生まれて間もなく、両親が離婚したからだ。
 
 息子の目から見ても、母は美しい人だと思うが、性格は、相容れないものがある。物心がついた頃から、マンションには、入れ代わり立ち代わり、男性が出入りしていた。
 
 それらの人たちが、母の恋人なのだということは、成長するにつれて、徐々に理解した。そして、真名人の父親も、その中の一人だったのだということも。
 
 母の佐羽は、もともと自分の母親、つまり真名人の祖母とはそりが合わず、しばしばぶつかることがあったらしい。そして、それが母親に対する反発なのか、生まれ持った性質なのかは知らないが、母は思春期の頃から、様々な相手と恋愛を繰り返していたらしい。
 
 そういったことは、祖母と母の間で、ことあるごとに繰り広げられる、当てこすりのようなやり取りから聞き知った。祖母も母も気が強く、真名人から見れば、そういうところは母娘でよく似ていると思うのだが、だからと言って、聞いていて気持ちのいいものではない。
 
 母が真名人の父親と結婚したのは、真名人を身ごもったからにほかならない。最初は、祖父も祖母も結婚に反対したらしいが、そのときだけは、どうしても子供を産みたいと懇願した母に、両親が折れたらしい。
 
 ハイダコンツェルンの社長の娘が、父親のいない子を産むことをよしとしなかったのかもしれない。真名人の父親は、祖母の言葉を借りれば、「金目当てで女をたらし込むろくでもない男」だったらしいが、実際のところはわからない。
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