第60話 週末

文字数 1,047文字

 その日の夕食のときに、さっそく涼平は、真名人に向かって言った。
 
「今日、会社でおじいちゃんが、今度の週末にでも真名人と出かけて、おいしいものを食べておいでってお金をくれたんだけど、どうかな」
 
「あ……うん」

「たまには二人で食べ歩きなんかするのもいいかなあと思うし、けっこうたくさんもらったから、何かほしいものがあれば買えるよ」

「ほしいものは、別にないけど……」

 真名人の返事ははっきりしない。だが、行かないと言われては困る。
 
「ねえ、せっかくだから行こうよ。後でおじいちゃんに、どうだったって聞かれるだろうし」

「……わかった」

「行く?」

「うん」

 真名人は、ようやくうなずいてくれた。涼平は、ほっとして、心の中で胸を撫で下ろす。
 
 
 
 週末、約束通り、真名人を車の助手席に乗せて出かけた。とてもいい天気だし、真名人も、相変わらず元気はないものの、体調は悪くはなさそうだ。
 
 コインパーキングに車を停めて、街へと繰り出す。思った通り、人出は多いが、週末の解放感のせいか、華やいだ雰囲気が漂っている。
 
 
 歩き出して間もなく、本屋の前を通りかかった。涼平は、店を指しながら、横を歩く真名人に言う。
 
「覗いて行く?」

「いや」

 なぜか真名人は、あわてたように首を横に振る。
 
「あっ、ええと、リョウくんの本、まだたくさんあるから」

「ああ。そうだね」

 真名人は「フォレストガール」を夢中になって読んでいたようだから、もう読み終わって、今は別の本を読んでいるのだろうか。
 
 たしかに、ほかにも本は大量にある。あれらをすべて読むには、ずいぶんかかることだろう。
 
 
 少し歩くと、涼平がときどき買い物をしている、カジュアルファッションの店が入っているビルの前に来た。
 
「ここ、ちょっと見て行きたいんだけど、いい?」

「うん」

 なんなら、真名人にも、シャツか何か買ってやってもいい。
 
 
 結局、自分の衣類を何枚かと、父にもらったお金で、真名人にコットンのシャツを買った。少しレトロな雰囲気のギンガムチェックのシャツは、色白の真名人によく似合っている。
 
 
 店を出ながら、涼平は言った。
 
「さて、そろそろランチにしようか。真名人は何が食べたい?」

 まだ昼には少し早いが、この人の多さでは、昼になってからでは店が混んでしまうだろう。
 
「ええと……」

 考えながら歩いていた真名人が、突然、はっとしたような顔をして立ち止まった。涼平は、思わず真名人の視線の先に目をやる。
 
 人混みの中に、誰か知った顔でも見つけたのだろうか。
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