第7話 アップルパイ

文字数 997文字

 古川さんがテーブルに並べてくれたのは、色とりどりのカナッペやパスタ、ステーキなどだ。
 
「真名人は何が食べたい?」

 だが彼は、小首を傾げたまま黙っている。すると古川さんが言った。
 
「お菓子とジュースも持ってまいりましょうね」


「どれから食べる?」

 涼平の言葉に、真名人はアップルパイを指差した。  
 
「これはデザートだよ。その前に料理を食べようか。ほら、パスタもあるし、お肉もあるよ」

 だが、真名人は、もう一度アップルパイを指して言った。
 
「これ」

 涼平は苦笑する。
 
「まあいいか。それじゃ、はいどうぞ」

 アップルパイの皿とフォークを真名人の目の前に置き、自分も、隣の椅子に腰かける。
 
「じゃあ、これは僕が食べるね」

 涼平も、パスタの皿を引き寄せる。
 
 
 見ていると、真名人は、アップルパイの中のリンゴだけを食べている。
 
「外側は食べないの?」

 こくりとうなずく真名人。気持ちはわからなくもないけれど。  
 
「パイ生地もサクサクしていておいしいよ」

 だが、真名人は、いやいやと首を横に振る。
 
「好きじゃないの?」

 再びこくり。  
 
「へぇ、そうなんだ」


 小さな手で器用にフォークを使い、パイ生地の下から甘く煮たリンゴだけを取り出して、もぐもぐと頬張る姿がかわいらしい。  
 
「ジュースもあるよ」

 涼平は、オレンジジュースの入ったグラスを、アップルパイの皿の横に置いた。
 
 真名人がグラスを手に取る。真名人の小さな手には、グラスは大き過ぎて危なっかしい。
 
「気をつけてね」

 そういうと、真名人は、両手でグラスを持って、こくこくとジュースを飲んだ。
 
 
 パイの中のリンゴをすべて平らげ、ジュースも飲み干した真名人は、満足そうに椅子にもたれかかった。  
 
「もういいの?」

 こくり。涼平も、パスタとステーキにサラダも食べて、もうお腹がいっぱいだ。
 
 
 ダイニングテーブルでは、母も加わり、女たちの静かなバトルが続いている。父と兄は、諦めたように、食事と酒に専念しているようだ。
 
 そこで、ふと思いついて真名人に話しかける。
 
「外にお散歩に行こうか」

 今度も、黙ったままこくりとうなずく姿を予想していたのだが、真名人は、高い椅子からさっさと下りて言った。  
 
「行く!」

 それで涼平は、近くを通りかかった古川さんに言った。
 
「ちょっと真名人とそこら辺を歩いて来るよ。姉さんに言っておいてもらえる?」
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