第33話 楽しい一日

文字数 1,072文字

「ごめん。勝手に入っちゃいけないのはわかっていたけど、返事がないから、具合が悪いのかなって思って」

 紗代は、後ろ手にドアを閉めながら言う。
 
「うぅん、大丈夫だよ」


 そのままドアを離れてベッドに腰かけると、啓希が言った。
 
「今、誰かと話してた?」

「……え?」

 心臓がビクンと飛び跳ねる。
 
「なんか声が聞こえた気がしたから、スマホで誰かと話してたのかなぁと思って」

 紗代は話を合わせる。
 
「あっ、そうなの。学校の先生が、調子はどうかって」

 実際は、スマートフォンは電源を切って、どこかにしまい込んだままだが。
 
 
「ふぅん」

 啓希は気のない返事をすると、手にしていたスケッチブックを開きながら言った。
 
「昨日描いていた妖精の絵が出来上がったから、お姉ちゃんに見せようと思ってさ」

「へぇ。見せて見せて」

 紗代は、ほっと胸を撫で下ろしながら思う。啓希がいる間は、真代と話すときには細心の注意を払わなければ。
 
     ◆
     

 紗代の体調が悪いときに、母が作ってくれるというフレンチトースト。たしかに、涼平が作ってくれたフレンチトーストも、おいしいのはもちろん、とても口当たりがよくて食べやすかった。
 
 もっとも、あのときの真名人は、最近にはないくらい体調がよかったのだが。
 
     
 翌朝、母に体調を聞かれた紗代は、もうすっかり元気だと答える。母は、それならば、みんなで街に買い物に行こうと提案する。
 
 画材店で、新しいスケッチブックを買いたいと言って喜ぶ啓希。紗代が倒れてからは、ずっと絵を描いていたらしい。
 
 紗代は、特にほしいものはなかったが、母は二人の洋服を買って、久しぶりに外食をしようと言う。朝食の後で、三人は、母が運転する車で街に出かける。
 
 
 買い物の後、近くの、ちょっとした観光スポットである月影湖までドライブをして、湖のほとりにあるレストランで食事をする三人。
 
 食後に、湖畔をそぞろ歩き、デザート代わりにソフトクリームを買って食べたり、啓希のスマートフォンで写真を撮ったりする。
 
 紗代に発作が起きることはなく、みんなで楽しい一日を過ごして、夕方、帰路に着いた。紗代は疲れていたので、夜は真代と話すこともなく、シャワーを浴びて、すぐに寝てしまう。
 
 
 翌日も、朝食が終わると、さっそく啓希が一緒に絵を描こうと言う。彼は、昨日撮った月影湖の写真を見ながら描くつもりだと言い、紗代のスマートフォンにも写真を送ると言う。
 
 だが、洋館に来て以来、紗代のスマートフォンはどこかにしまい込んだままで、すぐには置いた場所を思い出せない。
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