第30話 病気の影

文字数 1,020文字

 小さい頃、夏休みに洋館に遊びに来ていたときに、水をかけ合っているうちにヒートアップした二人は、気がついたときには濡れネズミになっていたのだ。
 
 雫をしたたらせながら帰った二人は、母にひどく叱られ、その後、二人して風邪を引いて寝込むというおまけまであったのだった。
 
 さすがに、今の二人はそういうことにはならず、水の感触を楽しんだり、水中の小魚や水草を観察した後、草むらに上がった。持って来たタオルで拭いた後、紗代は草の上に裸足を投げ出す。
 
 
     ◆
     
「あー、楽しい」

 同じように足を投げ出した啓希がこちらを見る。
 
「外に出たのは久しぶり?」

「うん。お母さんが心配するから」

「こんなに元気なのにね」

「自分でもそう思う。でも、もう治ったんじゃないかと思っていると、突然発作が起きるの」

「どうしてなんだろうね」

「うん……」

 それがわかれば苦労はない。
 
     ◆
     
     
 仲睦まじいきょうだいの姿は微笑ましいが、楽しい時間を過ごしながらも、常に病気の影がつきまとう。
 
 
 
 空腹を感じて時計を見ると、昼が近かった。実家にいるときも病院にいるときも、もうずっと食欲がないのが当たり前だったので、久しぶりの感覚だ。
 
 真名人は、本を閉じて、階下のコンビニに行くことにする。
 
 
 
 昼食を取った後は、再び「フォレストガール」を読み始める。こんなに読書に没頭するのは久しぶりだ。
 
 
 啓希と過ごす三週間が始まった。二つ違いの啓希は、紗代にとって、かわいい弟だ。
 
 小さい頃から、お姉ちゃんお姉ちゃんと紗代の後をついて回り、慕ってくれる。 生意気な口を聞くこともなく、年の割に子供っぽいところもあるが、だからこそ、今も昔と変わらず一緒に遊んだりじゃれ合ったり出来る。
 
 しばらくの間は、彼のおかげで退屈せずにいられるし、部屋に戻れば、真代と話すこともできる。原因不明の病気に見舞われた不運を嘆いていたけれど、それでも自分はずいぶん恵まれていると、紗代は思う。
 
 
 紗代は毎日、啓希と森に行ったり、母と三人で庭の芝生や花壇の手入れをして過ごす。発作が起きることもない。
 
 もしかすると、本当にもう病気は治ったのかもしれないと思う。
 
 このままずっと発作が起きなければ、東京に帰って、また家族四人で暮らせるようになるかもしれない。そんなに簡単に判断することはできないと思いながらも、紗代は希望を抱く。
 
 
 だが、そんなときのこと。
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