孤狐

文字数 599文字

仕事帰り
一人で夜道を歩いていると
ふと 家の裏手に住んでいた
一匹の若狐を思い出すことがある

彼がどこからやって来たのか
彼がいつからそこにいるのか
それはわからない
気づいた時にはそこにいた

最初に見つけたのは父親だった
「見ろ」
荒れ果て 捨てられた
広大な農地の一部
三本並んだ松の木の根元の部分 
そこに彼はいた

どこを見るでもなく
何か目的があるわけでもなく
ただ座り 遠くを眺めている
そして腹が減ると 狩りを始める

アーバンフォックスってやつさ
自由気儘に生きていると思うだろう
そんな生き方が出来たらって

だが実際は真逆だった
彼は 常に飢えていた 常に傷だらけだった
そして生きていくのに必死だった

野鼠は豊富にいたに違いないが
狩りの才能はないのか
いつも痩せこけていた
カラスに追いかけられ
無我夢中になって逃げ回っていた彼の姿を
何度も見かけたことがある
獲物を口に頬張りながら
自分の住処まで運んでいく彼の姿は
勇壮というよりは脆弱そのものだった

それでも彼は
生きていくことに
何の疑念も感じていないようだった

流れるように 
生きて
死んだら それまで

現在 そこは宅地開発され
昔の面影を見ることはない
彼の姿も見なくなってしまった

自宅に向かいながら
軒を連ねる家々の灯りを見ていると
彼のことを思い出す
いつの間にか現れて
いつの間にか消えていった 
彼のことを

彼が僕に教えてくれた事は二つ
自由はタダでは手に入らない
その代償として 日々を精一杯生きること

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み