子供から大人へ、そしてまた子供へ還る

文字数 476文字

齢を重ねると
人々は雑多な事から目を逸らすようになる

「やあねぇ、ちょっとした事でもすぐ忘れちゃうんだから」
毎日耳にするあなたの口癖
どこか割り切ったような寂し気な微笑み

ただそうかと思えば
次の瞬間、あなたは急に饒舌になり
自分の奥底に眠った思い出を引っ張り出しては
子供のような笑顔で語り出す

「昔、子供の頃ね。あそこの公園には川があってよく友達と遊んだものよ」
「ここの高校に私、通っていたの。高校生活は楽しかったわ。制服が可愛いくてね」
「お母さん、こう見えてもクラブでピアノを弾いていたこともあるのよ」

朧げに揺れる彼女の人生の中で
今なお残る 美しい旋律の余韻が彼女を掴んで離さない
彼女が何度も同じ昔話をするのは それが故
それが彼女にとってかけがえのない 貴重なものであることの証

ああ、そうか。そういう事だったんだ
歳をとるということは……

無から生まれた子供は

世の中の酸いも甘いも知った大人へと成長し
傷つき倒れ 立ち上がり
角が取れ 丸くなり

年老いて

無駄で余計なものは一切合切忘れ 
大切なものだけを抱え
子供の頃に戻り

純粋無垢な笑顔を浮かべて
また無へと向かって
還っていく

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