マルチネス
文字数 2,367文字
「血をくれ、って、血契 のことですかね。」
「そうだ。」
「戦うんですか?」
連 が心配そうにマルチネスに聞く。
「ああ。」
「誰とですか?」
「Orpheus 」
連 が一瞬眉をひそめた。
「ムゥランさんとユピテルさん、でしたね。」
連 達にとっては要注意人物の名であり、そしてマルチネスにとって元同胞の名であった。
「ああ。」
「駄目です。」
彼女は即答した。
「連 ?」
「マルチネス、あなた自分で言いましたよね。あの二人と衝突は避けるべきだって。」
連 の部屋に戻ったとき、マルチネスは確かにそう言った。糧契 で二人の能力はより強大になっている、と。
「ああ。そして十中八九、あの二人は永井玲奈と共闘する。あまり考えたくないが、もし万が一、あの二人と永井玲奈が血契 を結んだら、俺たちにほぼ勝ち目はない。」
「マルチネス、私が継 ぎ目 を奪いさえすれば、彼らより強い必要はありません。私がしっかりするから、あなたは戦わないで。」
連 は懇願するようにマルチネスに詰め寄った。
だが目の前の猫は退かない。
「もし連 が継 ぎ目 を勝ち取ったら、間違いなくアイツ等の標的になる。敵を上回る力でお前を守りたい。」
「…マルチネス…。」
筋は通っている。連 にも理解できる。
そして、嬉しかった。
しばらく彼女は考え込むが既に気持ちは決まっていた。
「分かりました。あなたと血契 を交わします。」
連 は微笑むが、面持ちは真剣である。
「で、それで」
だが、マルチネスは言いにくいことを伝えるときのように視線が宙をさまよわせる。
「?」
「言ったことなかったかもしれないが…、血契 は、心臓に近い血であればあるほど得られる力は強くなる。」
「…どういうことですか?」
「えっとつまり、心臓に近い場所を噛んだほうが強くなれる。」
「…はい。」
連 はパジャマの上から自身の左胸に視線を落とす。
「それで、今回、相手がめっちゃ強くって、出来れば心臓に一番近い…」
「駄目です!」
腕で胸を隠すように後ずさる。
「や……違うんだ聞いてくれムゥランとユピテルってマジ凄い強くて、」
「絶対ダメです!」
「や……そうじゃなくてもしアイツ等が永井玲奈と血契 を…」
「絶対絶対ダメです!!」
連 は脱衣所の隅に逃げるようにマルチネスから距離をとっている。
マルチネスは真剣な表情で思案する。
「百歩譲ってお腹ならどう?」
「…………!?ダメです。」
「今、逡巡 したよね?」
「…ええ、たしかに一瞬お腹なら、って考えました、でも結果ダメです。」
「逆にどこならいい?」
「手です!手、以外ないです!!」
「それじゃ勝てない!」
マルチネスが叫ぶように吐き捨てた。
「じゃ、じゃこの辺りでどうですか?通常より10cm以上心臓に近いです!」
連 が手首と肘の真ん中くらいをマルチネスに示す。
「……ん…、善戦はできるかもしれないが…厳しいかもだな…。」
マルチネスは険しい顔で目を閉じ首を横に振り、
「てかそこまでいけるならあと20cmいけるでしょ!」
と視線がさらに連 の腕を這いあがる。
「…こ、このあたりですか…?」
連 は肘の上あたりに手をやる。
「そこで悩むくらいならあと10cmいけるでしょ!」
マルチネスの視線がさらに上を行き脇のすぐ下あたりの二の腕で止まる。
連 の唇が羞恥で震えている、ように見えた。
「…ここの血だったら間違いなく勝てるんですか?」
「グモモ…愚問だもん。絶対負けない。」
マルチネスが生唾を飲み込み喉が動いたように見えた。
「…、ちょ、ちょっと考えさせてください。」
「いや、そこで考えるくらいならあと…」
「……分かりました。」
これ以上時間をかけたらエスカレートする一方だ、と連 は悟った。
「ちょっと待ってください。」
袖をまくろうか、前のボタンを外そうか考え、彼女はパジャマのボタンを3つ外し袖から腕を引き抜きマルチネスに差し出した。
合わせる視線にいつもより力がこもっている。
ここまでしたんだから負けたら許さない、という副音声が聞こえてこようか、という圧が込められているように感じた。
「わがあふ…コホン。」
「大丈夫…ですか?」
マルチネスの声が裏返った。
気を取り直し深呼吸する。
我が主 は言葉なり
血もまた、言葉なり
この一滴 の源流 に命を捧げん
ここに血契 の絆 すものなり
猫は連 の二の腕にかじりついた。
「…」
痛いのは最初のほんの一瞬、次第にじわじわと温かく、ざらざらとムズ痒くなってくる。
脱衣所が青白い閃光に満たされる。
照らしたものを押し返すような、熱よりも重みを感じるような密度の高い光。
突如、爆風、いや無音の爆発そのものか、連 は猫を抱いたままその場にへたり込んで固く目を閉じた。
猫は腕の中で大きく重量を増してゆく。
そして数分が経っただろうか、光と風の暴力が脱衣所を去り、連 がようやくそっと目を開くと、彼女に抱きかかえられるように黒いフードをかぶった少年がいた。
「マルチネス?」
肩を上下に荒い息をしている少年は、以前よりだいぶ大人びて見えた。
心臓に近い血で契約したからだろうか。
「上手く行きました?」
彼がカタツムリのような猫の姿ではないのだから、成功したのだろうが念のため聞いてみる。
「ああ。」
荒い呼吸の合間に答えた。
コンコン…。
脱衣所のドアにノックがあった。
「?!…」
「!?…」
マルチネスが口を手で押さえ呼吸を止める。
「連 か?何かすごい音がしたけど、大丈夫か?」
飴井だ。二階まで聞こえたのだろう。
「ええ、ちょっと、転んでしまって、ですね…。」
とっさに口から出るに任せた。
「コケただけか?本当、すごい音がしたけど…。」
「はい、ええ、尻もちついてしまって、ほら、私…大きいから。」
「そうだな、怪我ないならいいんだ、気をつけろよー。」
「…はい!ありがとうございます!」
飴井の足跡が去ってゆく。
ブハーっと黒いフードの少年は大きな息を吐き大きな息を吸った。
連 も安堵のため息をついた。
そしてその後、ふたり同時に吹き出した。
「そうだ。」
「戦うんですか?」
「ああ。」
「誰とですか?」
「
「ムゥランさんとユピテルさん、でしたね。」
「ああ。」
「駄目です。」
彼女は即答した。
「
「マルチネス、あなた自分で言いましたよね。あの二人と衝突は避けるべきだって。」
「ああ。そして十中八九、あの二人は永井玲奈と共闘する。あまり考えたくないが、もし万が一、あの二人と永井玲奈が
「マルチネス、私が
だが目の前の猫は退かない。
「もし
「…マルチネス…。」
筋は通っている。
そして、嬉しかった。
しばらく彼女は考え込むが既に気持ちは決まっていた。
「分かりました。あなたと
「で、それで」
だが、マルチネスは言いにくいことを伝えるときのように視線が宙をさまよわせる。
「?」
「言ったことなかったかもしれないが…、
「…どういうことですか?」
「えっとつまり、心臓に近い場所を噛んだほうが強くなれる。」
「…はい。」
「それで、今回、相手がめっちゃ強くって、出来れば心臓に一番近い…」
「駄目です!」
腕で胸を隠すように後ずさる。
「や……違うんだ聞いてくれムゥランとユピテルってマジ凄い強くて、」
「絶対ダメです!」
「や……そうじゃなくてもしアイツ等が永井玲奈と
「絶対絶対ダメです!!」
マルチネスは真剣な表情で思案する。
「百歩譲ってお腹ならどう?」
「…………!?ダメです。」
「今、
「…ええ、たしかに一瞬お腹なら、って考えました、でも結果ダメです。」
「逆にどこならいい?」
「手です!手、以外ないです!!」
「それじゃ勝てない!」
マルチネスが叫ぶように吐き捨てた。
「じゃ、じゃこの辺りでどうですか?通常より10cm以上心臓に近いです!」
「……ん…、善戦はできるかもしれないが…厳しいかもだな…。」
マルチネスは険しい顔で目を閉じ首を横に振り、
「てかそこまでいけるならあと20cmいけるでしょ!」
と視線がさらに
「…こ、このあたりですか…?」
「そこで悩むくらいならあと10cmいけるでしょ!」
マルチネスの視線がさらに上を行き脇のすぐ下あたりの二の腕で止まる。
「…ここの血だったら間違いなく勝てるんですか?」
「グモモ…愚問だもん。絶対負けない。」
マルチネスが生唾を飲み込み喉が動いたように見えた。
「…、ちょ、ちょっと考えさせてください。」
「いや、そこで考えるくらいならあと…」
「……分かりました。」
これ以上時間をかけたらエスカレートする一方だ、と
「ちょっと待ってください。」
袖をまくろうか、前のボタンを外そうか考え、彼女はパジャマのボタンを3つ外し袖から腕を引き抜きマルチネスに差し出した。
合わせる視線にいつもより力がこもっている。
ここまでしたんだから負けたら許さない、という副音声が聞こえてこようか、という圧が込められているように感じた。
「わがあふ…コホン。」
「大丈夫…ですか?」
マルチネスの声が裏返った。
気を取り直し深呼吸する。
我が
血もまた、言葉なり
この
ここに
猫は
「…」
痛いのは最初のほんの一瞬、次第にじわじわと温かく、ざらざらとムズ痒くなってくる。
脱衣所が青白い閃光に満たされる。
照らしたものを押し返すような、熱よりも重みを感じるような密度の高い光。
突如、爆風、いや無音の爆発そのものか、
猫は腕の中で大きく重量を増してゆく。
そして数分が経っただろうか、光と風の暴力が脱衣所を去り、
「マルチネス?」
肩を上下に荒い息をしている少年は、以前よりだいぶ大人びて見えた。
心臓に近い血で契約したからだろうか。
「上手く行きました?」
彼がカタツムリのような猫の姿ではないのだから、成功したのだろうが念のため聞いてみる。
「ああ。」
荒い呼吸の合間に答えた。
コンコン…。
脱衣所のドアにノックがあった。
「?!…」
「!?…」
マルチネスが口を手で押さえ呼吸を止める。
「
飴井だ。二階まで聞こえたのだろう。
「ええ、ちょっと、転んでしまって、ですね…。」
とっさに口から出るに任せた。
「コケただけか?本当、すごい音がしたけど…。」
「はい、ええ、尻もちついてしまって、ほら、私…大きいから。」
「そうだな、怪我ないならいいんだ、気をつけろよー。」
「…はい!ありがとうございます!」
飴井の足跡が去ってゆく。
ブハーっと黒いフードの少年は大きな息を吐き大きな息を吸った。
そしてその後、ふたり同時に吹き出した。