江草 連
文字数 2,272文字
10月8日 日曜日
高円寺 カモノハシハウス
階段を上ったり下りたり、段ボールの箱をドサッと置いたりする音がしばし続いたが、荷物はさほど多くなかったらしく、運び込みは既に済んだようだ。
連 は自室を出て隣の部屋のドアをノックしようとして、一旦引き返し鏡を確認した。タンクトップを引っ張りデオドラントスプレーを吹きかける。
屋内とはいえもう真夏ではない。
少し不自然だろうか、と思い白い薄手のパーカーを羽織る。
再び隣室のドアの前に立つ。
コンコン、ノックする。
「はい。」
と飴井の返事がある。
「片付きました?」
とドアの隙間から連が聞く。
「服と機材しかないからね…。」
と飴井が部屋を見回しながら言う。
六畳間であるが、それよりやや広く感じる。
飴井の持ち込んだものに、家具と呼べるものがほとんどない、というのもあるが昔の家屋の畳の方が現在のものより少し大きい。
「下で休憩しませんか?」
と連 が飴井を見上げて言う。
一階にはキッチンとリビングと佐野場の部屋などがある。
「段ボール潰したら下りるよ。」
たいした数ではない。玲奈や友人宅に少しずつ置かせてもらっていた荷物を合わせても2箱で足りたらしい。
連 はキッチンで湯を沸かしお茶を淹れた。
飴井が下りてきてキッチンの暖簾 から顔を出す。
「いい匂いだね。」
「コーヒーのほうが良かったですか?」
「や、お茶も好きだよ、有難う。」
飴井はそう言ってテーブルについた。
この四人掛けのテーブルで住人が揃って食事をすることはまずないが、こうしてたまに、居る者だけで談話することもある。
二人の茶をすする音と冷蔵庫の作動音だけが聞こえている。
「連 さ」
おもむろに飴井が口を開いた。
「は、はい。」
彼女は緊張してどもる。
まじまじと連 の顔を見ている。
「いつまで敬語なの?」
「え!?」
「何か気を遣われてる感じがしてさ、堅苦しいっていうか…。」
連 は見た目に反して、物腰も言葉遣いも丁寧で、誰に対しても敬語を使う。
「歳も大して違わないんだしさ、遠慮しないでよ、まあ無理にとは言わないけど。」
どんな言葉で接しているか、で関係性の全てを察することは出来ないにしても、敬語で話されると距離を感じるのも確かだ。
「遠慮してる訳じゃないんです。家が…、育った環境が厳しくて、体に染みついてるみたいで…。」
連 は半ばおろおろしながら取り繕った。
「そっか。じゃあ言葉遣いはそのままでいいからさ、家族だと思って何でも言ってね。」
「…家族。」
「おう、俺を父親 だと思え。」
と飴井が胸を張る。
「え?!歳あまり変わらない、と言ってませんでしたか?」
「細かい設定はなんだっていいんだ。宜しくな、ご馳走様。」
そう言って飴井は湯呑を流し台に戻し台所を出て行った。
一人残された台所のテーブルで連 は湯呑の中のお茶を見つめた。
――飴井 迅…。
彼を
必ず手に入れてみせます。
自分にか、そこにいない誰かにか、それとも湯呑の中で揺らぐ小さな光にか、何かに向けて連 は心の中でつぶやいた。
*
10月23日 月曜日
東中野 ムゥランとユピテルの隠れ家
「では単刀直入に聞く。」
「待ちなさいよ!ピザと血を分けてもらっておいて、なんか分かんないけど契りを交わして、あんた達従者なんだよね、わたし主 なんだよね、ちょっと酷い仕打ちじゃないコレ!お尻たたくからね!」
ずっとこんな感じである。ムゥランもユピテルもなんとか説得してなだめようとしたが時間の無駄となった。
「飴井 迅、知っているね?」
ムゥランは騒ぐ玲奈に構わず尋問することにした。
「…なんで迅が関係あるの?」
飴井の名前が出て玲奈の顔色は僅かに変わった。
「順を追って説明したいが…。」
とムゥランはユピテルを見た。がユピテルは首を横に振り、
「ちょっと事情が込み入り過ぎててね…。」
ユピテルは困ったように言った。
「取り敢えず今はこちらの質問にだけ答えて欲しい。」
ムゥランの切羽詰まったような口調に、
「…わかったわよ、答えたらこれ解 きなさいよ!何?」
と玲奈はむくれながらも従うことにした。
「飴井 迅と君は、親しいか?」
「親しいわよ?彼氏だもん。浮気してやがったけどな!!!」
玲奈は椅子をガタガタ揺らして怒りを露わにしたが、ムゥランは続ける。
「どのくらい?」
「んあ?」
怒りで玲奈のガラが悪くなっている。
「ど、どのくらい親しかった?つまり…」
玲奈の迫力に気圧 されながらもムゥランは質問を続けるが言葉が出ない。ユピテルに視線を送る。彼の方が得意な質問なのだろうか…。
「つまりその、健全なその…、男と女の…、」
「あー、エッチしたかってこと?」
「くっ!…オブラートって知ってるかな!!」
「少しは慎みある言動をしたまえ…」
ユピテルが怒鳴り、ムゥランが呆れて言った。
「あんた達こそ子供のくせにませた質問してんじゃないわよ!解 きなさい!」
玲奈が脚をバタバタさせながら叫ぶ。
「…で、どのくらい?」
玲奈が暴れおさまるのを待ってユピテルが質問を再開する。
「今度は何!」
息を切らしながら2人を睨む。
「…か、回数は?」
モジモジするユピテルに
「数えてねーわ!解 けーい!!!」
再び脚をバタつかせ蹴ってこようとする。
そこにムゥランが
「飴井とは約一週間一緒 に過ごしている。毎日…、あったとしても10回未満だな…。」
「ケ!これだからガキ共は…、一日一回とは限らないでしょ!」
「ムゥさん、こいつの口に靴下つめて黙らせましょう!」
「直接危害は加えられない。」
「既に危害うけてんですけどーーー!」
わちゃわちゃである。
「ムゥさん…。」
ユピテルが不安げにムゥランを見た。
「ああ、既に感応移伝 を終えているかもしれない。」
高円寺 カモノハシハウス
階段を上ったり下りたり、段ボールの箱をドサッと置いたりする音がしばし続いたが、荷物はさほど多くなかったらしく、運び込みは既に済んだようだ。
屋内とはいえもう真夏ではない。
少し不自然だろうか、と思い白い薄手のパーカーを羽織る。
再び隣室のドアの前に立つ。
コンコン、ノックする。
「はい。」
と飴井の返事がある。
「片付きました?」
とドアの隙間から連が聞く。
「服と機材しかないからね…。」
と飴井が部屋を見回しながら言う。
六畳間であるが、それよりやや広く感じる。
飴井の持ち込んだものに、家具と呼べるものがほとんどない、というのもあるが昔の家屋の畳の方が現在のものより少し大きい。
「下で休憩しませんか?」
と
一階にはキッチンとリビングと佐野場の部屋などがある。
「段ボール潰したら下りるよ。」
たいした数ではない。玲奈や友人宅に少しずつ置かせてもらっていた荷物を合わせても2箱で足りたらしい。
飴井が下りてきてキッチンの
「いい匂いだね。」
「コーヒーのほうが良かったですか?」
「や、お茶も好きだよ、有難う。」
飴井はそう言ってテーブルについた。
この四人掛けのテーブルで住人が揃って食事をすることはまずないが、こうしてたまに、居る者だけで談話することもある。
二人の茶をすする音と冷蔵庫の作動音だけが聞こえている。
「
おもむろに飴井が口を開いた。
「は、はい。」
彼女は緊張してどもる。
まじまじと
「いつまで敬語なの?」
「え!?」
「何か気を遣われてる感じがしてさ、堅苦しいっていうか…。」
「歳も大して違わないんだしさ、遠慮しないでよ、まあ無理にとは言わないけど。」
どんな言葉で接しているか、で関係性の全てを察することは出来ないにしても、敬語で話されると距離を感じるのも確かだ。
「遠慮してる訳じゃないんです。家が…、育った環境が厳しくて、体に染みついてるみたいで…。」
「そっか。じゃあ言葉遣いはそのままでいいからさ、家族だと思って何でも言ってね。」
「…家族。」
「おう、俺を
と飴井が胸を張る。
「え?!歳あまり変わらない、と言ってませんでしたか?」
「細かい設定はなんだっていいんだ。宜しくな、ご馳走様。」
そう言って飴井は湯呑を流し台に戻し台所を出て行った。
一人残された台所のテーブルで
――飴井 迅…。
彼を
必ず手に入れてみせます。
自分にか、そこにいない誰かにか、それとも湯呑の中で揺らぐ小さな光にか、何かに向けて
*
10月23日 月曜日
東中野 ムゥランとユピテルの
「では単刀直入に聞く。」
「待ちなさいよ!ピザと血を分けてもらっておいて、なんか分かんないけど契りを交わして、あんた達従者なんだよね、わたし
ずっとこんな感じである。ムゥランもユピテルもなんとか説得してなだめようとしたが時間の無駄となった。
「飴井 迅、知っているね?」
ムゥランは騒ぐ玲奈に構わず尋問することにした。
「…なんで迅が関係あるの?」
飴井の名前が出て玲奈の顔色は僅かに変わった。
「順を追って説明したいが…。」
とムゥランはユピテルを見た。がユピテルは首を横に振り、
「ちょっと事情が込み入り過ぎててね…。」
ユピテルは困ったように言った。
「取り敢えず今はこちらの質問にだけ答えて欲しい。」
ムゥランの切羽詰まったような口調に、
「…わかったわよ、答えたらこれ
と玲奈はむくれながらも従うことにした。
「飴井 迅と君は、親しいか?」
「親しいわよ?彼氏だもん。浮気してやがったけどな!!!」
玲奈は椅子をガタガタ揺らして怒りを露わにしたが、ムゥランは続ける。
「どのくらい?」
「んあ?」
怒りで玲奈のガラが悪くなっている。
「ど、どのくらい親しかった?つまり…」
玲奈の迫力に
「つまりその、健全なその…、男と女の…、」
「あー、エッチしたかってこと?」
「くっ!…オブラートって知ってるかな!!」
「少しは慎みある言動をしたまえ…」
ユピテルが怒鳴り、ムゥランが呆れて言った。
「あんた達こそ子供のくせにませた質問してんじゃないわよ!
玲奈が脚をバタバタさせながら叫ぶ。
「…で、どのくらい?」
玲奈が暴れおさまるのを待ってユピテルが質問を再開する。
「今度は何!」
息を切らしながら2人を睨む。
「…か、回数は?」
モジモジするユピテルに
「数えてねーわ!
再び脚をバタつかせ蹴ってこようとする。
そこにムゥランが
「飴井とは約一週間
「ケ!これだからガキ共は…、一日一回とは限らないでしょ!」
「ムゥさん、こいつの口に靴下つめて黙らせましょう!」
「直接危害は加えられない。」
「既に危害うけてんですけどーーー!」
わちゃわちゃである。
「ムゥさん…。」
ユピテルが不安げにムゥランを見た。
「ああ、既に