朝の挨拶
文字数 1,501文字
玲奈は羞恥によって加速した胸の鼓動を落ち着かせようとキッチンに向かう。
キッチンで玲奈は考える。
考えながらケトルをすすぎ、新しい水を入れる。
――しでかしてしまったことはもう仕方ない…
時は巻き戻せない。昨日には戻れないのだ。
ケトルを台座に置きスイッチを押す。
――大切なことは、今からのこと、だ…。
この出来事に、可能な限りポジティブな解釈を与え、少しでも好ましい展開に向かう対策をしなければならない。
目を閉じて深呼吸する。
――1,完全に無かったことにする…。
昨日のことには一切触れず目が覚めたらそのまま出て行ってもらう。
叩き出す必要はないが適当に対応し、その後、記憶の闇に沈めて二度と思い出さない。
忘れてしまうことにすれば、それが一番ラクなのかもしれない。
フィルターをマグにセットする。
――2,事故として処理し今後かかわらない。
一応は事実を受け入れ、お互い大人になるための勉強だったということにする。
玲奈も自分に非があるのは認めるが、それでも男を責めたい気持ちは拭えない。もちろん彼だけが悪いのではないのも理解している。
コーヒー豆をフィルターに入れる。
――3,予期せぬハプニングと見なし、これをきっかけに交際を始める。
ここまで考えて玲奈は急に結論に至ってしまった。思考の迷路の角を何気に曲がったすぐそこに解答がいた。不意に捕まえた解答をつい声に出してしまった。
「そんなの相手の出方次第じゃん!」
お湯が沸いた事を知らせる電子音が"正解"を告げるように鳴った。
だが、
「何が?」
と独り言のつもりのセリフに応える声があった。
「ひゃ!?」
思わず玲奈は短くて変な悲鳴を上げてしまった。
いつの間にか飴井が背後にいたのだ。
玲奈がひとり考え事をしている間に起きて服を着たらしい。
2人はしばし向き合い、見つめ合う。
今、玲奈の思考は焼き切れんばかりにフル回転している。
最初の一言が肝心だ。
玲奈は身構えた。
――昨晩の事、覚えてる?
いきなり本題すぎるか!
――ごめんね全然覚えてなくって
いやいや謝る必要はないか!
――シャワー浴びてきたら?
ダメダメ事実を全部受け入れちゃってる風!
――よく寝てたね。
本当よく寝てた!
「おはよう。」
と飴井が言う。
「?!おは、おはようございます。」
不意をつかれ何故か敬語になってしまった。
――そっか!その手があった…。クッソ…負けた…。
「俺ももらっていい?」
「え?」
「コーヒー、淹れるんでしょ?」
飴井がキッチンのフィルターをセットされたマグを指す。
「え、あ…、はい…。」
完全に会話のイニシアティブを奪われている。
――これはどれだ!1か2か3か!?
マグをもうひとつ用意しフィルターをセットする。
玲奈は作戦を立てるのが好きだった。
こと恋愛にかけては、あれこれ考えてプランを作り、それを実行し、遂に成功を勝ち取った時の悦びは何にも代え難い。
綿密な計画があってこそ、玲奈は大胆に行動できた。
木さじで細挽きのコーヒーをフィルターに入れる。
だが逆に、不測の事態が起きた時、瞬時に適応することが割と不得意だ。
熟考する猶予がない状態こそ、永井玲奈の、女性としての最大の弱点かもしれない。
ゆえに、
「ブラックでいいですか?」
などというように言動がやけに小さくなってしまう。
お湯を注ぐ。
――どれー!1か2か3か!?それとも考えもしなかった4か…、5か…。
玲奈の思考は依然としてフル回転するも、何も導き出せない、もはや空回りであった。
ブラックのコーヒーをテーブルに置く。
飴井はそれを一口飲み、マグをテーブルに置く。
そして彼が発した言葉は、上手い、でも 不味い、でもなかった。
「あのさ、本当に俺なんかでいいのかな?」
キッチンで玲奈は考える。
考えながらケトルをすすぎ、新しい水を入れる。
――しでかしてしまったことはもう仕方ない…
時は巻き戻せない。昨日には戻れないのだ。
ケトルを台座に置きスイッチを押す。
――大切なことは、今からのこと、だ…。
この出来事に、可能な限りポジティブな解釈を与え、少しでも好ましい展開に向かう対策をしなければならない。
目を閉じて深呼吸する。
――1,完全に無かったことにする…。
昨日のことには一切触れず目が覚めたらそのまま出て行ってもらう。
叩き出す必要はないが適当に対応し、その後、記憶の闇に沈めて二度と思い出さない。
忘れてしまうことにすれば、それが一番ラクなのかもしれない。
フィルターをマグにセットする。
――2,事故として処理し今後かかわらない。
一応は事実を受け入れ、お互い大人になるための勉強だったということにする。
玲奈も自分に非があるのは認めるが、それでも男を責めたい気持ちは拭えない。もちろん彼だけが悪いのではないのも理解している。
コーヒー豆をフィルターに入れる。
――3,予期せぬハプニングと見なし、これをきっかけに交際を始める。
ここまで考えて玲奈は急に結論に至ってしまった。思考の迷路の角を何気に曲がったすぐそこに解答がいた。不意に捕まえた解答をつい声に出してしまった。
「そんなの相手の出方次第じゃん!」
お湯が沸いた事を知らせる電子音が"正解"を告げるように鳴った。
だが、
「何が?」
と独り言のつもりのセリフに応える声があった。
「ひゃ!?」
思わず玲奈は短くて変な悲鳴を上げてしまった。
いつの間にか飴井が背後にいたのだ。
玲奈がひとり考え事をしている間に起きて服を着たらしい。
2人はしばし向き合い、見つめ合う。
今、玲奈の思考は焼き切れんばかりにフル回転している。
最初の一言が肝心だ。
玲奈は身構えた。
――昨晩の事、覚えてる?
いきなり本題すぎるか!
――ごめんね全然覚えてなくって
いやいや謝る必要はないか!
――シャワー浴びてきたら?
ダメダメ事実を全部受け入れちゃってる風!
――よく寝てたね。
本当よく寝てた!
「おはよう。」
と飴井が言う。
「?!おは、おはようございます。」
不意をつかれ何故か敬語になってしまった。
――そっか!その手があった…。クッソ…負けた…。
「俺ももらっていい?」
「え?」
「コーヒー、淹れるんでしょ?」
飴井がキッチンのフィルターをセットされたマグを指す。
「え、あ…、はい…。」
完全に会話のイニシアティブを奪われている。
――これはどれだ!1か2か3か!?
マグをもうひとつ用意しフィルターをセットする。
玲奈は作戦を立てるのが好きだった。
こと恋愛にかけては、あれこれ考えてプランを作り、それを実行し、遂に成功を勝ち取った時の悦びは何にも代え難い。
綿密な計画があってこそ、玲奈は大胆に行動できた。
木さじで細挽きのコーヒーをフィルターに入れる。
だが逆に、不測の事態が起きた時、瞬時に適応することが割と不得意だ。
熟考する猶予がない状態こそ、永井玲奈の、女性としての最大の弱点かもしれない。
ゆえに、
「ブラックでいいですか?」
などというように言動がやけに小さくなってしまう。
お湯を注ぐ。
――どれー!1か2か3か!?それとも考えもしなかった4か…、5か…。
玲奈の思考は依然としてフル回転するも、何も導き出せない、もはや空回りであった。
ブラックのコーヒーをテーブルに置く。
飴井はそれを一口飲み、マグをテーブルに置く。
そして彼が発した言葉は、上手い、でも 不味い、でもなかった。
「あのさ、本当に俺なんかでいいのかな?」