あの焼き肉屋
文字数 1,311文字
その男の食べっぷりは凄かった…。
向かいに座った玲奈が唖然とする程だった。
無心に肉ダレと肉汁の染みた白飯をかきこみ、時折むせて、慌てて水を口の中に流し込む。
聞けば、3日間まともな物を食べていないと言う。
声を掛けられた際、その男は飴井と名乗った。
すぐそこのライブハウスで働いていた、らしい。
先月に辞め、以降はたまに自分が絡んでいたイベントの関係者に挨拶をしたり、私物の回収や片付け等をしに来ることがある、という。
玲奈はそのライブハウスを知っている。
知り合いのアイドルやってる子もそこによく出ていた。
「じゃあもしかして!」
と玲奈が聞いてみると、やはりそうだった。
飴井は、そのアイドルが質の悪い客に絡まれているところを、玲奈達が助けている場面を目撃したらしい。
そして後から本人から直接事情を聞いたという。
だから、今日は一人なんですね、と声を掛けたのだろう。
飴井が一方的だが玲奈を知っていたことと、自分と同じようなタイミングで退職した者に妙な親近感を覚えたことと、丁度いい話し相手が欲しかったこと…、それからタイミング良く飴井のお腹が鳴ったこと…。
一人焼肉の予定だったが、玲奈は飴井と一緒に店に入った。
*
「んでさー!その誘い方だとまるで私がさ…」
と玲奈は先程からずっと喋っている。
今日が自分の送別会であったことや、そこに至るまでにあった出来事、その背景、理由、そして自分がどんなに頑張ったか、自分がどれだけ辛かったか、等を延々とぶちまけていた。
その凄まじい勢いは、飴井の食べっぷりを遥かに凌いでいる。
飴井は食べる手こそ止めなかったが、玲奈の話に相槌をうった。
玲奈にとっては、久々に気兼ねなく話せる相手だった。
どんなにぶちまけても周囲の人間関係にはほぼ影響がない。
それにここ最近、オフィスの者達も自分と距離をおいているように感じていた。
だが、それも今日で終わりだ。
玲奈は先程までの鬱々した気分が、もうだいぶ晴れているのを感じた。
飴井が満腹になる頃には、玲奈のお喋りは次章に突入していた。
同僚の悪口、上司の愚痴、後輩への不満、その他諸々…。その勢いは一向に衰えない。
「でさ!そいつがもう酷くてさ!」
飲み干し、空にしたグラスを置く。
飴井はコールボタンを押して店員を呼んだ。
「お冷1つ下さい。」
飴井が水を注文した。
「帰るの?」
玲奈が明らかに不機嫌になった。
「じゃなくて…。大丈夫?」
「何が?」
「飲み過ぎてないかな、って…。」
「大丈夫らよ!」
元気に言うが呂律 が回っていない。
「迅 はさ、何駅?」
住まいは何処か尋ねているのだが若干おかしい。
それからいつの間にか名前で呼んでいる。
「俺は今日はネカフェ。」
「ネカフェ?」
「ネットカフェ。」
「そらしってるよ、え終電ないの?」
「や、家がないの。」
聞けば、もともと飴井は元職場のライブハウスの倉庫を片付けて寝泊りさせてもらっていたらしい。退職してからは友人宅を転々としたり、漫画喫茶など利用していたという。
「じゃあさ…うち来る?」
と玲奈は言った。
*
――私じゃん!私が家に入れてんじゃん…。
欠落していた記憶が急激に、鮮明に蘇る。
玲奈は手で顔をおおった。恥ずかしさで顔が熱い。
飴井はまだ寝息をたてている。
向かいに座った玲奈が唖然とする程だった。
無心に肉ダレと肉汁の染みた白飯をかきこみ、時折むせて、慌てて水を口の中に流し込む。
聞けば、3日間まともな物を食べていないと言う。
声を掛けられた際、その男は飴井と名乗った。
すぐそこのライブハウスで働いていた、らしい。
先月に辞め、以降はたまに自分が絡んでいたイベントの関係者に挨拶をしたり、私物の回収や片付け等をしに来ることがある、という。
玲奈はそのライブハウスを知っている。
知り合いのアイドルやってる子もそこによく出ていた。
「じゃあもしかして!」
と玲奈が聞いてみると、やはりそうだった。
飴井は、そのアイドルが質の悪い客に絡まれているところを、玲奈達が助けている場面を目撃したらしい。
そして後から本人から直接事情を聞いたという。
だから、今日は一人なんですね、と声を掛けたのだろう。
飴井が一方的だが玲奈を知っていたことと、自分と同じようなタイミングで退職した者に妙な親近感を覚えたことと、丁度いい話し相手が欲しかったこと…、それからタイミング良く飴井のお腹が鳴ったこと…。
一人焼肉の予定だったが、玲奈は飴井と一緒に店に入った。
*
「んでさー!その誘い方だとまるで私がさ…」
と玲奈は先程からずっと喋っている。
今日が自分の送別会であったことや、そこに至るまでにあった出来事、その背景、理由、そして自分がどんなに頑張ったか、自分がどれだけ辛かったか、等を延々とぶちまけていた。
その凄まじい勢いは、飴井の食べっぷりを遥かに凌いでいる。
飴井は食べる手こそ止めなかったが、玲奈の話に相槌をうった。
玲奈にとっては、久々に気兼ねなく話せる相手だった。
どんなにぶちまけても周囲の人間関係にはほぼ影響がない。
それにここ最近、オフィスの者達も自分と距離をおいているように感じていた。
だが、それも今日で終わりだ。
玲奈は先程までの鬱々した気分が、もうだいぶ晴れているのを感じた。
飴井が満腹になる頃には、玲奈のお喋りは次章に突入していた。
同僚の悪口、上司の愚痴、後輩への不満、その他諸々…。その勢いは一向に衰えない。
「でさ!そいつがもう酷くてさ!」
飲み干し、空にしたグラスを置く。
飴井はコールボタンを押して店員を呼んだ。
「お冷1つ下さい。」
飴井が水を注文した。
「帰るの?」
玲奈が明らかに不機嫌になった。
「じゃなくて…。大丈夫?」
「何が?」
「飲み過ぎてないかな、って…。」
「大丈夫らよ!」
元気に言うが
「
住まいは何処か尋ねているのだが若干おかしい。
それからいつの間にか名前で呼んでいる。
「俺は今日はネカフェ。」
「ネカフェ?」
「ネットカフェ。」
「そらしってるよ、え終電ないの?」
「や、家がないの。」
聞けば、もともと飴井は元職場のライブハウスの倉庫を片付けて寝泊りさせてもらっていたらしい。退職してからは友人宅を転々としたり、漫画喫茶など利用していたという。
「じゃあさ…うち来る?」
と玲奈は言った。
*
――私じゃん!私が家に入れてんじゃん…。
欠落していた記憶が急激に、鮮明に蘇る。
玲奈は手で顔をおおった。恥ずかしさで顔が熱い。
飴井はまだ寝息をたてている。