アントッティ
文字数 3,042文字
10月23日 月曜日
東中野 ムーンロード商店街
稲光 が合図であった。
それも黒鉛 の空に罅入 る轟音をまとった稲妻などではなく、目と鼻の先で放射される静寂を着こなした製図版でトレースしたような、魔法陣にもにた光の描画であった。
それでも確かにそれは稲光 で、整ってはいるけれど触れてはならない高音高密度のエネルギーであると、近くにいる者には分かるほどの重圧を放っているのである。
ムゥラン、ユピテル、アントッティ、玲奈、飴井はただそれを見上げた。
理解不能な現象に直面すると、人は考える事が出来ない。
思考が停止し、時間は静止する。
だが直後、見上げる先で爆発が起こった。
それこそ本当の始まりの合図。
終幕劇 開始の第二 ベルであった。
*
「ふんぎゃらぴーーーーー!!!」
現れたのは巨大なカタツムリだった。
黒煙を纏 い、銀色の粘液に濡れた身の丈3メートル程の、殻の大きさはワゴン車くらいもあるカタツムリの化け物であった。
「あれは…江草 連 ?」
ユピテルが誰にともなく問う。
「マルチネスと融合したんだろう。」
ムゥランが推測を口にした。
「しかも叫び方ってゆうか鳴き声が変わった!」
アントッティがあまり重要ではないけれども気付いた事を言った。
「ふぬぬごほーーーーーーぉ!」
カタツムリの化け物の咆哮。
それは轟いた。
怒りの雄叫びにも、救済を求める悲鳴にも聞こえる。
鳴き声にも、また泣き声にも聞こえる
「マズいです!逃げましょう!」
「駄目だ。ムーンロード商店街が壊れてしまう。」
「心配する範囲限定的!」
ユピテル、ムゥラン、アントッティも混乱し、会話の重点が揺らぐ。
ムブシャーーーーーーー!!
カタツムリの化け物の口から銀色の粘液がナイフの一振りのような速さで飛ぶ。
「気をつけろ!あの粘液に当たとヌルヌルするぞ!」
「…斬れたりしないんですかね…?」
「いや、ヌルヌルするだけだが、シャワーを浴びないととれない。」
「…厄介ね。」
ムゥランが仲間に注意を促す。戦闘が激化すれば、シャワーを浴びている暇はないだろう。
「玲奈!逃げよう!」
飴井が玲奈の手をとった。
「でも、連 さんやあの子達の友達を見捨てることは出来ない!」
玲奈は握られた手に力を込め飴井を見つめる。
「じゃ、取り敢えず安全なとこまで下がろう。」
ムゥラン達からは少し離れているが、ここにいれば絶対安全、という訳ではない。確実に粘液が飛んでこない、とは言えない。
ムブシャラーーーーーーー!!
再び粘液が飛ぶ。
「ジリ貧 です。何か打開策を…。」
「考えてる!」
「ただ倒すんじゃダメなんだからね!連 を助けることが第一!」
皆、俊敏な動きでカタツムリの化け物の攻撃を避けてはいるが、着実に体力は消耗していく。そして化け物になったとは言っても相手は仲間だ。迂闊な攻撃は出来ない。
クポーーーーン!
カタツムリの化け物は攻撃方法を変えた。
闇雲に仕掛けてきているわけではないらしい。
「知性を保っているのか…。」
ムゥランが呟く。
泡だ。無数の泡が空間を埋め尽くしていく…。
ユピテルが紙片を取り出し額に当てると、それは青白く発光した。
「は!」
右腕を振りぬく。
5本の光線が放射状に乱舞し、泡を幾つか消し飛ばした。
だが、泡の脅威は完全には去らない。
ユピテルは膝をつく。肩が上下し呼吸は乱れている。
「無茶をするな!」
ムゥランはユピテルを叱責するが、その声もかすれ疲れが見える。
クポポポヤーーーーン!
巨大カタツムリは再び泡を吐き、ユピテルが消しきれなかった泡と相まってムゥラン達に迫りくる。
ムゥランが宙に浮くディスプレイ状の光を巧みに操作する。
「ムゥさん!」
ユピテルが叫ぶ。いくらムゥランでも力を使い過ぎた。
「泡まみれは嫌だろう?」
ワイシャツの少年は自嘲気味に笑い人差し指が宙をきる。
「圧縮 !」
途端、周囲の空気が重みを増し、見えない手に押し潰されたように泡が一気に弾けた。
だが直後ムゥランがよろめく。
その体をユピテルが支えた。
「ジリ貧 どころじゃないな…。」
「これ…けっこうやばいですね。」
グヌワーーールルル!!!
「…大きな攻撃が来るぞ。」
空気が薄くなり、殺気が漲っている。
「ムゥさん…いけます?」
ムゥランを支えていたユピテルが膝をつく。逆にムゥランはユピテルを支えようとしたが、上手くいかなかった。
「…すまない、無理だ。」
ついに二人とも両膝を地面に預けた。
支え合っているのか、もたれ合っているのか、わからない。
「ユピテル、お前は逃げろ。あとは引き受けた。」
「いえ。あなたと共に。アントッティは逃げてください…あれ?」
ユピテルは後ろを振り返ったがそこにムササビ猫の姿はない。
「まったく…最後まで勝手なやつだ…来るぞ!」
ムゥランは呆れながらも、ホッとしたように笑い、覚悟を決めた。
直後、黒い爆風。
今までのものとは比較にならないほどの威力であった。
風ではなく、硬い空気の壁の激突、というほうが言い得ているだろう。
ムゥラン達を直撃した。
土煙 が高く上がる。
吹き飛んだ小石がフェンスを叩く。
そして、徐々に視界が開けてゆく。
そこに
4つの人影があった。
*
45秒前。
「永井玲奈!」
「あれ、連 が飼ってた猫じゃない?」
玲奈と飴井はムーンロード商店街入口付近の駐車場に避難していた。
「アントッティよ。」
ムササビ猫は短く名乗った。時間がない。
「ねぇ、あの子たち大丈夫?」
ムゥランとユピテルが気になるが飴井と玲奈はあの場にいても何も出来ない。
「お願いがあるの。」
アントッティは玲奈の質問には答えずに要件だけ伝えた。時間がない。
「うん。分かってる。」
だが猫にそれを言わせない。既に知っているのだから。時間がない。
「え?!」
アントッティは驚くが時間がない。
「行こう!急ごう!」
玲奈は猫を抱き上げ駆け出す。
「あ、ちょっと玲奈、危険だよ!」
飴井が後ろから呼び止めるが、
「大丈夫だから!」
彼女は立ち止まらなかった.
工事用フェンスは倒れたり傾いたりして隙間が出来、容易に侵入できた。
裏から回るとムゥランとユピテルの後ろ姿が確認できた。
満身創痍、立っているのが精一杯に見える。
玲奈は駆け寄り、少年二人を後ろから抱き締めた。
強く抱きしめた。
「死なせないよ。大事な従者だもん…。」
直後、黒い爆風。
凄まじい漆黒の衝撃。
「伏せて!」
颯爽 と長い金髪の少女が3人の前に立つ。
少女の指先と手のひらから光が放たれる。
光というより、粘り気を持った眩しい塗料のような…、発行する画材のような。
少女はそれを巧みに操り刹那のうちに図形を描いた。
黒い爆風は確かに直撃したが、衝撃が全くなかった。
金髪の少女が描いた幾重もの図形が、爆風を相殺した。
「アントッティ…?」
「玲奈と血契 を結んだのか…。」
「…助かった…。」
ムゥランとユピテルがその場にへたりこんだ。
「ふたりも早く。いいよ。」
ムゥランとユピテルの背後から玲奈が囁く。
ただの囁きではない。
覚悟と決意に満ちた静かな勝鬨 であった。
「ありがとう。玲奈。」
「主 よ、命の恩は命をもって報いよう。心から感謝する玲奈。」
「だから…玲奈さん、ね。」
二人を抱き締める玲奈の腕にほんの一瞬痛みが走る。
それはやがてむず痒く、暖かく、甘やかな痺れを伴って彼女の身体に広がっていった。
二人は、ムゥランとユピテルは玲奈の腕を離れ、アントッティと共に向かい合う。
ワイシャツの少年と巻き毛の少年、長い金髪の少女としっかり目を合わせて、玲奈は、3人の主は静かに、しかし重々しく言った。
「二人を助けて。」
「ああ。」
「必ず!」
「任せて!」
3人は化け物に向かって飛び掛かっていった。
東中野 ムーンロード商店街
それも
それでも確かにそれは
ムゥラン、ユピテル、アントッティ、玲奈、飴井はただそれを見上げた。
理解不能な現象に直面すると、人は考える事が出来ない。
思考が停止し、時間は静止する。
だが直後、見上げる先で爆発が起こった。
それこそ本当の始まりの合図。
*
「ふんぎゃらぴーーーーー!!!」
現れたのは巨大なカタツムリだった。
黒煙を
「あれは…
ユピテルが誰にともなく問う。
「マルチネスと融合したんだろう。」
ムゥランが推測を口にした。
「しかも叫び方ってゆうか鳴き声が変わった!」
アントッティがあまり重要ではないけれども気付いた事を言った。
「ふぬぬごほーーーーーーぉ!」
カタツムリの化け物の咆哮。
それは轟いた。
怒りの雄叫びにも、救済を求める悲鳴にも聞こえる。
鳴き声にも、また泣き声にも聞こえる
「マズいです!逃げましょう!」
「駄目だ。ムーンロード商店街が壊れてしまう。」
「心配する範囲限定的!」
ユピテル、ムゥラン、アントッティも混乱し、会話の重点が揺らぐ。
ムブシャーーーーーーー!!
カタツムリの化け物の口から銀色の粘液がナイフの一振りのような速さで飛ぶ。
「気をつけろ!あの粘液に当たとヌルヌルするぞ!」
「…斬れたりしないんですかね…?」
「いや、ヌルヌルするだけだが、シャワーを浴びないととれない。」
「…厄介ね。」
ムゥランが仲間に注意を促す。戦闘が激化すれば、シャワーを浴びている暇はないだろう。
「玲奈!逃げよう!」
飴井が玲奈の手をとった。
「でも、
玲奈は握られた手に力を込め飴井を見つめる。
「じゃ、取り敢えず安全なとこまで下がろう。」
ムゥラン達からは少し離れているが、ここにいれば絶対安全、という訳ではない。確実に粘液が飛んでこない、とは言えない。
ムブシャラーーーーーーー!!
再び粘液が飛ぶ。
「ジリ
「考えてる!」
「ただ倒すんじゃダメなんだからね!
皆、俊敏な動きでカタツムリの化け物の攻撃を避けてはいるが、着実に体力は消耗していく。そして化け物になったとは言っても相手は仲間だ。迂闊な攻撃は出来ない。
クポーーーーン!
カタツムリの化け物は攻撃方法を変えた。
闇雲に仕掛けてきているわけではないらしい。
「知性を保っているのか…。」
ムゥランが呟く。
泡だ。無数の泡が空間を埋め尽くしていく…。
ユピテルが紙片を取り出し額に当てると、それは青白く発光した。
「は!」
右腕を振りぬく。
5本の光線が放射状に乱舞し、泡を幾つか消し飛ばした。
だが、泡の脅威は完全には去らない。
ユピテルは膝をつく。肩が上下し呼吸は乱れている。
「無茶をするな!」
ムゥランはユピテルを叱責するが、その声もかすれ疲れが見える。
クポポポヤーーーーン!
巨大カタツムリは再び泡を吐き、ユピテルが消しきれなかった泡と相まってムゥラン達に迫りくる。
ムゥランが宙に浮くディスプレイ状の光を巧みに操作する。
「ムゥさん!」
ユピテルが叫ぶ。いくらムゥランでも力を使い過ぎた。
「泡まみれは嫌だろう?」
ワイシャツの少年は自嘲気味に笑い人差し指が宙をきる。
「
途端、周囲の空気が重みを増し、見えない手に押し潰されたように泡が一気に弾けた。
だが直後ムゥランがよろめく。
その体をユピテルが支えた。
「ジリ
「これ…けっこうやばいですね。」
グヌワーーールルル!!!
「…大きな攻撃が来るぞ。」
空気が薄くなり、殺気が漲っている。
「ムゥさん…いけます?」
ムゥランを支えていたユピテルが膝をつく。逆にムゥランはユピテルを支えようとしたが、上手くいかなかった。
「…すまない、無理だ。」
ついに二人とも両膝を地面に預けた。
支え合っているのか、もたれ合っているのか、わからない。
「ユピテル、お前は逃げろ。あとは引き受けた。」
「いえ。あなたと共に。アントッティは逃げてください…あれ?」
ユピテルは後ろを振り返ったがそこにムササビ猫の姿はない。
「まったく…最後まで勝手なやつだ…来るぞ!」
ムゥランは呆れながらも、ホッとしたように笑い、覚悟を決めた。
直後、黒い爆風。
今までのものとは比較にならないほどの威力であった。
風ではなく、硬い空気の壁の激突、というほうが言い得ているだろう。
ムゥラン達を直撃した。
吹き飛んだ小石がフェンスを叩く。
そして、徐々に視界が開けてゆく。
そこに
4つの人影があった。
*
45秒前。
「永井玲奈!」
「あれ、
玲奈と飴井はムーンロード商店街入口付近の駐車場に避難していた。
「アントッティよ。」
ムササビ猫は短く名乗った。時間がない。
「ねぇ、あの子たち大丈夫?」
ムゥランとユピテルが気になるが飴井と玲奈はあの場にいても何も出来ない。
「お願いがあるの。」
アントッティは玲奈の質問には答えずに要件だけ伝えた。時間がない。
「うん。分かってる。」
だが猫にそれを言わせない。既に知っているのだから。時間がない。
「え?!」
アントッティは驚くが時間がない。
「行こう!急ごう!」
玲奈は猫を抱き上げ駆け出す。
「あ、ちょっと玲奈、危険だよ!」
飴井が後ろから呼び止めるが、
「大丈夫だから!」
彼女は立ち止まらなかった.
工事用フェンスは倒れたり傾いたりして隙間が出来、容易に侵入できた。
裏から回るとムゥランとユピテルの後ろ姿が確認できた。
満身創痍、立っているのが精一杯に見える。
玲奈は駆け寄り、少年二人を後ろから抱き締めた。
強く抱きしめた。
「死なせないよ。大事な従者だもん…。」
直後、黒い爆風。
凄まじい漆黒の衝撃。
「伏せて!」
少女の指先と手のひらから光が放たれる。
光というより、粘り気を持った眩しい塗料のような…、発行する画材のような。
少女はそれを巧みに操り刹那のうちに図形を描いた。
黒い爆風は確かに直撃したが、衝撃が全くなかった。
金髪の少女が描いた幾重もの図形が、爆風を相殺した。
「アントッティ…?」
「玲奈と
「…助かった…。」
ムゥランとユピテルがその場にへたりこんだ。
「ふたりも早く。いいよ。」
ムゥランとユピテルの背後から玲奈が囁く。
ただの囁きではない。
覚悟と決意に満ちた静かな
「ありがとう。玲奈。」
「
「だから…玲奈さん、ね。」
二人を抱き締める玲奈の腕にほんの一瞬痛みが走る。
それはやがてむず痒く、暖かく、甘やかな痺れを伴って彼女の身体に広がっていった。
二人は、ムゥランとユピテルは玲奈の腕を離れ、アントッティと共に向かい合う。
ワイシャツの少年と巻き毛の少年、長い金髪の少女としっかり目を合わせて、玲奈は、3人の主は静かに、しかし重々しく言った。
「二人を助けて。」
「ああ。」
「必ず!」
「任せて!」
3人は化け物に向かって飛び掛かっていった。