街に買い物
文字数 1,613文字
10月1日 日曜日
昨日はあれから2人でだらだらと過ごした。
玲奈が好きな海外ドラマDVDを観たり、近所を歩いたりした。
最寄り駅への近道や利用しやすいコンビニをいくつか案内した。
公園のベンチでコンビニで買ったサンドイッチを食べながら、夕方近くまで立て続けに観た海外ドラマについて話した。
意外にも、飴井はその海外ドラマをとても気に入った。
主役の女優のちょっとした仕草にも、相手役の俳優のジョークにも、裏の裏をかく展開にも、玲奈が気に入っている場面で彼女以上に驚いたり笑ったりした。
自分が作った訳でも、出演している訳でもないが、玲奈は何だか嬉しかった。
並木の木々の葉に、淡い秋の色合いを見た。
もう風は少しばかり冷たい。
飴井が肌寒そうにしているので、明日は秋物の上着を買いに行こう、ということになったのだ。
今日も気持ちのよい秋晴れである。
飴井が路面電車に乗ったことがない、というので、さくらトラムで大塚駅まで移動し、そこから山手線内回りに乗り換え新宿まで来た。
百貨店に入っているいくつかのブランドを見る。
玲奈はデパートのファッションフロアの匂いが好きだった。そもそもここは、自分を磨こうとしている人々が行き来する。お客でも店員でも、何だか不思議と同志のように感じることがあった。
手足の長い飴井は、正直何を着せても似合った。
そうなると逆に決められない。
それに彼は、もっとリーズナブルなファストファッションのブランドでいい、と言った。
「ええ…。そうなんだ…。」
服には人間性が表 れる
玲奈はファッションに頓着しない男がちょっと苦手だ。そういう男は多くの場合、身だしなみも気にせず、暮らしぶりもだらしないことが多い。
もちろん全てではないが…。
2人は街を少し歩き、機能的かつシンプルなデザインで定評のある大手衣料店に入った。
この時期はやはり、秋物の上着の売り場は前面にせり出している。
「これにする。」
と言って飴井が選んだのは、黒いレザージャケットだった。
この価格だから確実に合成皮革なのだろうけれど、彼が着ると、敢えて手間暇をかけてフェイクレザーっぽい質感に仕上げた職人の手作りに見えなくない。
確かに服には人間性が表 れるが、飴井 迅は、何が表れてもものともしない容姿のスペックを持っているのだ。
「じゃあ、それにしよう。」
似合うのだから玲奈に否やはない。
その他に数点、下着や靴下を買ってその店を出た。
*
「はい出来たよ、お口に合ってね。」
エプロン姿の玲奈がカレーライスの盛られた皿を飴井の前に置いた。
「なにそのプレッシャー!」
という飴井の突っ込みに2人は笑った。
買い物から帰って玲奈は台所に立ちカレーライスを作った。
「いただきます。」
飴井がスプーンをとり一口食べる。
「うまい!」
「やった!嬉しい!」
本当に素直に嬉しかった。
「あ、けっこう後からジワジワくる。」
「ガラムマサラっていうの使ってみたの。」
飴井が辛党と知って、いつか誰かの旅行のお土産でもらったきり、キッチンキャビネットの奥にしまわれていたスパイスを引っ張り出してきたのだ。
飴井はカレーライスを2杯お代わりした。玲奈は彼の豪快な食べっぷりが好きだった。
自分の作ったご飯を、美味しそうに食べてくれる人がいることで、こんなにも満たされた気持ちになるのを玲奈は初めて知った。
玲奈の頬を涙が流れた。
「…玲奈?」
「ごめん…。思い出しちゃって。」
「元カレのこと?」
「…振られた人のこと。」
以前同じように手料理を振舞った男性がいたが、玲奈の自尊心をひどく傷つけ、悔しい記憶となっていた。
「玲奈。」
飴井の腕が彼女の背にまわされる。
それだけで良かった。
問い質すでもなく、慰めるでもなく、ただ触れてくれるだけが良かった。
言葉では埋められないものがある。
飴井はそれを知っている。
知ってくれている。
背にまわされた腕に力がこもり、玲奈はぐっと抱き寄せられる。
甘やかな温もりと心地よい息苦しさ…。
ただ…、
キスは辛かった。
昨日はあれから2人でだらだらと過ごした。
玲奈が好きな海外ドラマDVDを観たり、近所を歩いたりした。
最寄り駅への近道や利用しやすいコンビニをいくつか案内した。
公園のベンチでコンビニで買ったサンドイッチを食べながら、夕方近くまで立て続けに観た海外ドラマについて話した。
意外にも、飴井はその海外ドラマをとても気に入った。
主役の女優のちょっとした仕草にも、相手役の俳優のジョークにも、裏の裏をかく展開にも、玲奈が気に入っている場面で彼女以上に驚いたり笑ったりした。
自分が作った訳でも、出演している訳でもないが、玲奈は何だか嬉しかった。
並木の木々の葉に、淡い秋の色合いを見た。
もう風は少しばかり冷たい。
飴井が肌寒そうにしているので、明日は秋物の上着を買いに行こう、ということになったのだ。
今日も気持ちのよい秋晴れである。
飴井が路面電車に乗ったことがない、というので、さくらトラムで大塚駅まで移動し、そこから山手線内回りに乗り換え新宿まで来た。
百貨店に入っているいくつかのブランドを見る。
玲奈はデパートのファッションフロアの匂いが好きだった。そもそもここは、自分を磨こうとしている人々が行き来する。お客でも店員でも、何だか不思議と同志のように感じることがあった。
手足の長い飴井は、正直何を着せても似合った。
そうなると逆に決められない。
それに彼は、もっとリーズナブルなファストファッションのブランドでいい、と言った。
「ええ…。そうなんだ…。」
服には人間性が
玲奈はファッションに頓着しない男がちょっと苦手だ。そういう男は多くの場合、身だしなみも気にせず、暮らしぶりもだらしないことが多い。
もちろん全てではないが…。
2人は街を少し歩き、機能的かつシンプルなデザインで定評のある大手衣料店に入った。
この時期はやはり、秋物の上着の売り場は前面にせり出している。
「これにする。」
と言って飴井が選んだのは、黒いレザージャケットだった。
この価格だから確実に合成皮革なのだろうけれど、彼が着ると、敢えて手間暇をかけてフェイクレザーっぽい質感に仕上げた職人の手作りに見えなくない。
確かに服には人間性が
「じゃあ、それにしよう。」
似合うのだから玲奈に否やはない。
その他に数点、下着や靴下を買ってその店を出た。
*
「はい出来たよ、お口に合ってね。」
エプロン姿の玲奈がカレーライスの盛られた皿を飴井の前に置いた。
「なにそのプレッシャー!」
という飴井の突っ込みに2人は笑った。
買い物から帰って玲奈は台所に立ちカレーライスを作った。
「いただきます。」
飴井がスプーンをとり一口食べる。
「うまい!」
「やった!嬉しい!」
本当に素直に嬉しかった。
「あ、けっこう後からジワジワくる。」
「ガラムマサラっていうの使ってみたの。」
飴井が辛党と知って、いつか誰かの旅行のお土産でもらったきり、キッチンキャビネットの奥にしまわれていたスパイスを引っ張り出してきたのだ。
飴井はカレーライスを2杯お代わりした。玲奈は彼の豪快な食べっぷりが好きだった。
自分の作ったご飯を、美味しそうに食べてくれる人がいることで、こんなにも満たされた気持ちになるのを玲奈は初めて知った。
玲奈の頬を涙が流れた。
「…玲奈?」
「ごめん…。思い出しちゃって。」
「元カレのこと?」
「…振られた人のこと。」
以前同じように手料理を振舞った男性がいたが、玲奈の自尊心をひどく傷つけ、悔しい記憶となっていた。
「玲奈。」
飴井の腕が彼女の背にまわされる。
それだけで良かった。
問い質すでもなく、慰めるでもなく、ただ触れてくれるだけが良かった。
言葉では埋められないものがある。
飴井はそれを知っている。
知ってくれている。
背にまわされた腕に力がこもり、玲奈はぐっと抱き寄せられる。
甘やかな温もりと心地よい息苦しさ…。
ただ…、
キスは辛かった。