ラギュラポ
文字数 2,686文字
ある時、チャカデガルポの中で祖先たちが長い歳月をかけて作り上げた生命活動のサイクルから逸脱したいと考える世代が現れました。
今までのように樹木に擬態し、地上と地中で静かに暮らすのではなく、もっと能動的に他の生物と関わるべきだ、と主張する一派が出現したのです。
その一派はラギュラポと呼ばれました。
ラギュラポはチャカデガルポから離れ、独自の生息域を確立しようと試みました。
まず、擬態するものを変えました。
樹木に擬態し、地熱と日光からエネルギーを得て生きていたチャカデガルポに対し、ラギュラポは動物に擬態し、他の種の個体から食物や血液を与えてもらうことで命を繋ぎました。
ラギュラポはいろいろな生物になりすまし、いろいろな工夫で共存を試行錯誤しました。
その過程で思い知ったことがありました。
それは、結局最後に最も重要な決め手となるのは”人類との関わり”だということです。
どんな生き物に擬態したとしても、人類とうまくやらなければ、ただ生態系の歯車のひとつとして一生を終えることになります。
もちろん、それも尊い生命の在り様です。
でもラギュラポは知的生物です。
自分で食べる物を確保しない癖に好奇心と向上心だけアホみたいに持っている面倒な生き物です。
ラギュラポは探しました。
人類の敵にならない存在
人類と共存できる存在
人類から愛される存在
何千年、何万年という長い歳月を経て、その探求は続きました。
そして見つけました。
それは猫でした。
猫ほど人類から甘やかされている存在があるでしょうか。
猫以上に人類から優遇されている生き物があるでしょうか。
否です。
いや確かに犬も捨てがたいのですが、人間社会の中では猫ほど自由な行動を許されていません。注射もしないといけないし。
猫は俊敏で柔軟で高所も安定して歩けるし兎に角ハイスペです。
さらに小型なので、じっとしていれば消費エネルギーも少ないからコスパも最高。
こうしてラギュラポは猫になりすまし、人類と共存することに決めたのです。
さて次に、ラギュラポの習性や特徴について、いくつかお話いたします。
ラギュラポは食べ物をもらうと一定期間懐きます。具体的には約27.78日、期間内、提供者と連帯的な行動をとり、個々の能力によっては無意識レベルで連動することもあります。
また、ラギュラポにとって、もっとも効率の良い栄養食は”血液”です。血液を接種することで、チャカデガルポと一体であった時期に有していた能力や思考力を一時的に発揮することがあります。
容姿も、血液を提供した種に類似します。多くの場合、その種の幼生期から成体になる以前、人間でいえば、5歳から12歳くらい、の頃の姿に変じることが多いといわれています。
一言でいうとラギュラポは、
ラブリーキュートな人類の扶養家族!
なのです。
*
「ラギュラポってつまりアンタ達のことよね?」
動画資料をすべて見終わった玲奈がふたりに尋ねた。
「その通り。」
ムゥランが胸をそらす。
「この原稿って誰が書いたの?」
「我々が知恵を絞って書いたのだ。」
白シャツの男の子は、口元に自慢気な笑みをわずかにたたえた。
「ふーん。いろいろ突っ込みたいけど今日はもう疲れたからやめとくわ。」
「じゃあだいたい大丈夫ですかね?」
ユピテルが資料の内容が玲奈に理解できたか、を確認する。
「ええ、私も協力する。」
玲奈がふたりに微笑みかける。
「本当?!」
ユピテルもにわかにパッと表情を明るくする。
「だって嫌じゃん。樹人 の継 ぎ目 ってのが欲しいだけでさ、迅があんな柔道部の主将 みたいな女に狙われてさ。」
確かにそうだろう。玲奈は夕方見た光景を思い出し不快になった。
「その通りだ。奴らに継 ぎ目 を渡してはならない。」
ムゥランも右手に拳を固める。
「はい!絶対阻止しましょう!」
ユピテルも拳を突き出し応じた。
「だね!よしみんなで頑張ろう!」
ユピテルは玲奈の拘束を解いた。
が、
「…てなると思った?」
縛られていた両手をさすりながら玲奈は目を細めた。
「はい、二人ともそこに正座。」
「え?!」
「なん…だと?!」
ふたりは驚愕の表情を隠せない。
「主である私がどれだけ解いて欲しいと頼んでも解いてくれなかったよね。理由は明確な命令じゃなかったから、でしょ?」
糧契 や血契 を結ぶだけでラギュラポが従順に言うことをきくようになるわけではない。
命令には作法がある、玲奈はそう考えた。
「答えて。」
玲奈はムゥランを見た。
「…そうだ。」
と苦い表情のムゥランが答え、玲奈は確信した。
「やっぱそっか。命令は目を見て、短く簡潔に、でしょ?」
襲われた路地で初めてふたりに命じた時の事を思い出す。
「答えて。」
玲奈はユピテルを見た。
「…そうです。」
ユピテルがうつむきがちに答えた。
「初めて下のバーに来た時の帰りにね、迅が言ったの。Bar14 は”敵”の本拠地なんだ、って。それってアンタ達が迅と敵対してる、ってことよね。」
「…。」
「…。」
ふたりは無言である。
「どうなの?答えて。」
玲奈はふたりを交互に見据えた。
*
10月21日 土曜日
高円寺 カモノハシハウス
カーテンを閉め切った薄暗い部屋に、珍しい形の猫と人の影。
家具らしい家具など殆どない殺風景な部屋である。
「では約束しろ。これが終わったら…。」
マルチネスは佐野場を睨む。
「うん分かったよ、もう連 には関わらない。」
佐野場は余裕の笑みをうかべて答えた。
――いつもヘラヘラとしていて胸クソの悪い男だ、
とマルチネスは内心で舌打ちをした。
「2、3日で片付ける。お前は俺の言う通りにしろ。」
「何か策でも?」
佐野場はカタツムリのような猫に問う。
「永井玲奈が〝継 ぎ目 〟を持っているか、確認してくる。」
「どうやるの?」
「飴井の血を読む。」
「成る程…。いつまでに判明 るかな?」
「すぐに動けば明日…明後日…、いや出来るだけ急ぐ。」
「分かったよ。で?僕は何を?」
「連 を飴井にけしかけるのはもう止めろ。永井玲奈に継 ぎ目 があれば無意味になる。」
「うん…。そうだね。」
*
早めに休もうと思って早めに風呂に入った。
「…連 。」
自分を呼ぶ声がした、気がしたので髪を拭く手を止めた。
「マルチネス?」
脱衣所のドアの向こうへ呼びかけた。
「ああ、入ってもいいか?」
深刻な話かもしれない、と彼女は思った。
部屋にはアントッティがいる。わざわざ連 が一人でいる時に話しかけてきたのだろうか。声色も重い。
「ええ…、どうかしたんですか?」
ガチャリとドアが開くとヌルリとマルチネスが入って来た。
「大事な話だ。」
と、尻尾でドアを閉める。
「何でしょう?」
パジャマの連 がしゃがみ込む。
マルチネスが彼女を見上げた。
「血をくれないか?」
今までのように樹木に擬態し、地上と地中で静かに暮らすのではなく、もっと能動的に他の生物と関わるべきだ、と主張する一派が出現したのです。
その一派はラギュラポと呼ばれました。
ラギュラポはチャカデガルポから離れ、独自の生息域を確立しようと試みました。
まず、擬態するものを変えました。
樹木に擬態し、地熱と日光からエネルギーを得て生きていたチャカデガルポに対し、ラギュラポは動物に擬態し、他の種の個体から食物や血液を与えてもらうことで命を繋ぎました。
ラギュラポはいろいろな生物になりすまし、いろいろな工夫で共存を試行錯誤しました。
その過程で思い知ったことがありました。
それは、結局最後に最も重要な決め手となるのは”人類との関わり”だということです。
どんな生き物に擬態したとしても、人類とうまくやらなければ、ただ生態系の歯車のひとつとして一生を終えることになります。
もちろん、それも尊い生命の在り様です。
でもラギュラポは知的生物です。
自分で食べる物を確保しない癖に好奇心と向上心だけアホみたいに持っている面倒な生き物です。
ラギュラポは探しました。
人類の敵にならない存在
人類と共存できる存在
人類から愛される存在
何千年、何万年という長い歳月を経て、その探求は続きました。
そして見つけました。
それは猫でした。
猫ほど人類から甘やかされている存在があるでしょうか。
猫以上に人類から優遇されている生き物があるでしょうか。
否です。
いや確かに犬も捨てがたいのですが、人間社会の中では猫ほど自由な行動を許されていません。注射もしないといけないし。
猫は俊敏で柔軟で高所も安定して歩けるし兎に角ハイスペです。
さらに小型なので、じっとしていれば消費エネルギーも少ないからコスパも最高。
こうしてラギュラポは猫になりすまし、人類と共存することに決めたのです。
さて次に、ラギュラポの習性や特徴について、いくつかお話いたします。
ラギュラポは食べ物をもらうと一定期間懐きます。具体的には約27.78日、期間内、提供者と連帯的な行動をとり、個々の能力によっては無意識レベルで連動することもあります。
また、ラギュラポにとって、もっとも効率の良い栄養食は”血液”です。血液を接種することで、チャカデガルポと一体であった時期に有していた能力や思考力を一時的に発揮することがあります。
容姿も、血液を提供した種に類似します。多くの場合、その種の幼生期から成体になる以前、人間でいえば、5歳から12歳くらい、の頃の姿に変じることが多いといわれています。
一言でいうとラギュラポは、
ラブリーキュートな人類の扶養家族!
なのです。
*
「ラギュラポってつまりアンタ達のことよね?」
動画資料をすべて見終わった玲奈がふたりに尋ねた。
「その通り。」
ムゥランが胸をそらす。
「この原稿って誰が書いたの?」
「我々が知恵を絞って書いたのだ。」
白シャツの男の子は、口元に自慢気な笑みをわずかにたたえた。
「ふーん。いろいろ突っ込みたいけど今日はもう疲れたからやめとくわ。」
「じゃあだいたい大丈夫ですかね?」
ユピテルが資料の内容が玲奈に理解できたか、を確認する。
「ええ、私も協力する。」
玲奈がふたりに微笑みかける。
「本当?!」
ユピテルもにわかにパッと表情を明るくする。
「だって嫌じゃん。
確かにそうだろう。玲奈は夕方見た光景を思い出し不快になった。
「その通りだ。奴らに
ムゥランも右手に拳を固める。
「はい!絶対阻止しましょう!」
ユピテルも拳を突き出し応じた。
「だね!よしみんなで頑張ろう!」
ユピテルは玲奈の拘束を解いた。
が、
「…てなると思った?」
縛られていた両手をさすりながら玲奈は目を細めた。
「はい、二人ともそこに正座。」
「え?!」
「なん…だと?!」
ふたりは驚愕の表情を隠せない。
「主である私がどれだけ解いて欲しいと頼んでも解いてくれなかったよね。理由は明確な命令じゃなかったから、でしょ?」
命令には作法がある、玲奈はそう考えた。
「答えて。」
玲奈はムゥランを見た。
「…そうだ。」
と苦い表情のムゥランが答え、玲奈は確信した。
「やっぱそっか。命令は目を見て、短く簡潔に、でしょ?」
襲われた路地で初めてふたりに命じた時の事を思い出す。
「答えて。」
玲奈はユピテルを見た。
「…そうです。」
ユピテルがうつむきがちに答えた。
「初めて下のバーに来た時の帰りにね、迅が言ったの。
「…。」
「…。」
ふたりは無言である。
「どうなの?答えて。」
玲奈はふたりを交互に見据えた。
*
10月21日 土曜日
高円寺 カモノハシハウス
カーテンを閉め切った薄暗い部屋に、珍しい形の猫と人の影。
家具らしい家具など殆どない殺風景な部屋である。
「では約束しろ。これが終わったら…。」
マルチネスは佐野場を睨む。
「うん分かったよ、もう
佐野場は余裕の笑みをうかべて答えた。
――いつもヘラヘラとしていて胸クソの悪い男だ、
とマルチネスは内心で舌打ちをした。
「2、3日で片付ける。お前は俺の言う通りにしろ。」
「何か策でも?」
佐野場はカタツムリのような猫に問う。
「永井玲奈が〝
「どうやるの?」
「飴井の血を読む。」
「成る程…。いつまでに
「すぐに動けば明日…明後日…、いや出来るだけ急ぐ。」
「分かったよ。で?僕は何を?」
「
「うん…。そうだね。」
*
早めに休もうと思って早めに風呂に入った。
「…
自分を呼ぶ声がした、気がしたので髪を拭く手を止めた。
「マルチネス?」
脱衣所のドアの向こうへ呼びかけた。
「ああ、入ってもいいか?」
深刻な話かもしれない、と彼女は思った。
部屋にはアントッティがいる。わざわざ
「ええ…、どうかしたんですか?」
ガチャリとドアが開くとヌルリとマルチネスが入って来た。
「大事な話だ。」
と、尻尾でドアを閉める。
「何でしょう?」
パジャマの
マルチネスが彼女を見上げた。
「血をくれないか?」