感応移伝
文字数 2,219文字
10月12日 木曜日 10時少し過ぎ
高円寺 カモノハシハウス
「飴井くん…。」
コーヒーをすすりながらスマホを見ている飴井に連 が話しかける。
「ん?」
スマホから顔をあげずに飴井が返事をする。
「玲奈さんって綺麗な人ですよね。」
連 もマグの中の玄米茶を見つめながら言った。
「連 さ、約束じゃなかったっけ?」
ことん、とスマホをテーブルに置いて飴井が連 に向く。
「え?」
彼女は驚いて飴井を見上げる。
「俺を呼ぶときは、呼び捨てか、でなきゃ”お父さん”だろ?」
「ど、どっちも嫌です!」
連 とて努力している。ここ数日で”飴井さん”から”飴井くん”にようやくなった矢先である。
「ハードルが高すぎます…。」
連 は顔をマグで隠すように玄米茶を飲んだ。
「で玲奈が、何だっけ?」
笑いながら飴井が話を戻してやる。
「いや…、ですから…綺麗な方だな…と。」
「それって見た目の話、だよね?」
「ええ、見た目…ですね。」
飴井はしばらく思案し、或いはした振りをし
「ん~…、あんまり考えたことがないな、日々変わるものだしな、調子いい時はまあまあで、気を抜いてるとそれなり、ってだけだからな。」
「…え、はい…。」
そう言われると連 は何も返せない。
またうつむきかけた彼女に飴井が小さい爆弾を投げる。
「見た目で言うなら、連 のほうが可愛いんじゃないか?」
「ちょ、飴井くん!」
思わず大きな声が出てしまった。飴井がキョトンとしている。
「…あ、あの、や…私…もし彼氏が自分の知らないところで、別の女の人を可愛いとか言ってたら、嫌だな…と…。」
そう言った本人がしどろもどろしてしまう。
「そっか…ごめん。優しいんだな連 は。」
と飴井。
そうではない、自分でも嫌になるほど嫉妬深いのだ、と彼女は思った。
「…私こそ…ごめんなさい…。」
飴井と話していると、些細な言葉がきっかけで気まずい空気になることが多い。
「連 、今日何時からだっけ。」
飴井は彼女の淹れたコーヒーを飲み干し立ち上がった。空のマグを流し台で濯 いで水切り籠に置く。
「14時30分からです。」
今日のバイトは遅番だった。
「後で少しだけ合わせておかないか?可能なら佐野場さんにも声をかけたいが…。」
「佐野場さんは夕方まで寝かせて欲しいそうです。」
連 が申し訳なさそうに答えた。
「今日もか…了解!」
飴井が台所を出て行って数分ほどしてから、連 は自室に戻った。
「連 !」
毛の長い猫が駆け寄って来る。
「アントッティ、ひとりですか?」
彼女は答える。
「うん。どうだった?」
アントッティと呼ばれた毛の長い猫がそう質問すると、連 は力なくため息をついた。
「…変な感じになっちゃいました…。」
彼女がパイプベッドに腰を下ろすとアントッティと呼ばれた毛の長い猫が膝に飛び乗ってくる。よく見ると毛が長いのではなく、前足と後ろ足の先端部分を繋ぐように飛膜 がある。その姿はムササビを連想させた。
「へんな感じ?怒らせた、とか?」
「ええ、まあ、そんな感じです…」
「ねえ連 、あんまり無理しちゃだめよ?」
「…でも」
「大丈夫だよ。来週にはあいつが戻って来る。珍しくなんか名案があるんだってさ。」
「分かりました。。あなたたちも無理、というか無茶してはいけませんよ?」
「了解!」
アントッティは背筋を伸ばして良い返事をした。
*
10月23日 月曜日 夜
東中野 ムゥランとユピテルの隠れ家
「なあに?感応移伝 って…」
考える気がない人がよくそうするように、分からない言葉があると秒で質問してくる。
「ん~、〝継 ぎ目 〟を得るための行為…いや行事…儀式?かな。」
ユピテルが何とか上手く言い得ようと言葉を選びながら話す。
「なあに?〝継 ぎ目 〟って…」
また秒で質問する、が、この文脈ではそれが意外な言葉であることは確かだ。
「繋がっている部分だよ、つまり接点…ん~…」
ユピテルが言葉に窮しているとムゥランが説明の続きを引き受けた。
「人間同士でも、幾度か触れ合えば心が通じた、と感じることがあるだろう。]
「ええ、あるわね。」
「一緒にいる時間が長かったり、言葉を交わし合ったり、あと……、つまり、物理的にま、まじ、ユピ…頼む。」
ムゥランが途中まで話し、今度はユピテルが引き受ける。
「物理的に、特に体液が交わるというか…。」
「ああ、エッチのことね。」
と玲奈。
「だからさ!そのまんま言い過ぎなんだよ!」
ユピテルが顔を真っ赤にして怒る。赤面は怒りのためか、羞恥ゆえか…。
「何よ!ハッキリ言ったほうが清々 しくて伝わりやすいの!だいたいアンタ達こういうことに興味持つの早すぎなのよ!それにね、そんな風に言い淀 んでるってことは、頭の中でやらしい想像してるって証拠でしょーが!」
「黙れ色情魔 !我々が今議題にしているのはそんな公序良俗 に反する内容ではない!」
「こら白シャツ!難しい言葉で悪口言ってんじゃないわよ!アンタ達絶対お尻たたくからね!真っ赤だからね!明日椅子に座れないからね!」
玲奈が椅子をガタガタいわせまくしたて、それにムゥランが顔を真っ赤にして反論しているが、そこへユピテルが、二人をなだめるように落ち着いた声で割る。
「とにかく、飴井 迅と君の間に、既に〝継 ぎ目 〟が作られていれば、感応移伝 が出来ていることになる。…でも、もし、まだ君への感応移伝 が出来ていなかったのなら…。」
ユピテルが言葉を切る。これ以上は怖くて言葉にできない、というように。
「江草 連 に〝継 ぎ目 〟を奪われている可能性が高い。」
深刻な面持ちでそう言ったのはムゥランだった。
高円寺 カモノハシハウス
「飴井くん…。」
コーヒーをすすりながらスマホを見ている飴井に
「ん?」
スマホから顔をあげずに飴井が返事をする。
「玲奈さんって綺麗な人ですよね。」
「
ことん、とスマホをテーブルに置いて飴井が
「え?」
彼女は驚いて飴井を見上げる。
「俺を呼ぶときは、呼び捨てか、でなきゃ”お父さん”だろ?」
「ど、どっちも嫌です!」
「ハードルが高すぎます…。」
「で玲奈が、何だっけ?」
笑いながら飴井が話を戻してやる。
「いや…、ですから…綺麗な方だな…と。」
「それって見た目の話、だよね?」
「ええ、見た目…ですね。」
飴井はしばらく思案し、或いはした振りをし
「ん~…、あんまり考えたことがないな、日々変わるものだしな、調子いい時はまあまあで、気を抜いてるとそれなり、ってだけだからな。」
「…え、はい…。」
そう言われると
またうつむきかけた彼女に飴井が小さい爆弾を投げる。
「見た目で言うなら、
「ちょ、飴井くん!」
思わず大きな声が出てしまった。飴井がキョトンとしている。
「…あ、あの、や…私…もし彼氏が自分の知らないところで、別の女の人を可愛いとか言ってたら、嫌だな…と…。」
そう言った本人がしどろもどろしてしまう。
「そっか…ごめん。優しいんだな
と飴井。
そうではない、自分でも嫌になるほど嫉妬深いのだ、と彼女は思った。
「…私こそ…ごめんなさい…。」
飴井と話していると、些細な言葉がきっかけで気まずい空気になることが多い。
「
飴井は彼女の淹れたコーヒーを飲み干し立ち上がった。空のマグを流し台で
「14時30分からです。」
今日のバイトは遅番だった。
「後で少しだけ合わせておかないか?可能なら佐野場さんにも声をかけたいが…。」
「佐野場さんは夕方まで寝かせて欲しいそうです。」
「今日もか…了解!」
飴井が台所を出て行って数分ほどしてから、
「
毛の長い猫が駆け寄って来る。
「アントッティ、ひとりですか?」
彼女は答える。
「うん。どうだった?」
アントッティと呼ばれた毛の長い猫がそう質問すると、
「…変な感じになっちゃいました…。」
彼女がパイプベッドに腰を下ろすとアントッティと呼ばれた毛の長い猫が膝に飛び乗ってくる。よく見ると毛が長いのではなく、前足と後ろ足の先端部分を繋ぐように
「へんな感じ?怒らせた、とか?」
「ええ、まあ、そんな感じです…」
「ねえ
「…でも」
「大丈夫だよ。来週にはあいつが戻って来る。珍しくなんか名案があるんだってさ。」
「分かりました。。あなたたちも無理、というか無茶してはいけませんよ?」
「了解!」
アントッティは背筋を伸ばして良い返事をした。
*
10月23日 月曜日 夜
東中野 ムゥランとユピテルの
「なあに?
考える気がない人がよくそうするように、分からない言葉があると秒で質問してくる。
「ん~、〝
ユピテルが何とか上手く言い得ようと言葉を選びながら話す。
「なあに?〝
また秒で質問する、が、この文脈ではそれが意外な言葉であることは確かだ。
「繋がっている部分だよ、つまり接点…ん~…」
ユピテルが言葉に窮しているとムゥランが説明の続きを引き受けた。
「人間同士でも、幾度か触れ合えば心が通じた、と感じることがあるだろう。]
「ええ、あるわね。」
「一緒にいる時間が長かったり、言葉を交わし合ったり、あと……、つまり、物理的にま、まじ、ユピ…頼む。」
ムゥランが途中まで話し、今度はユピテルが引き受ける。
「物理的に、特に体液が交わるというか…。」
「ああ、エッチのことね。」
と玲奈。
「だからさ!そのまんま言い過ぎなんだよ!」
ユピテルが顔を真っ赤にして怒る。赤面は怒りのためか、羞恥ゆえか…。
「何よ!ハッキリ言ったほうが
「黙れ
「こら白シャツ!難しい言葉で悪口言ってんじゃないわよ!アンタ達絶対お尻たたくからね!真っ赤だからね!明日椅子に座れないからね!」
玲奈が椅子をガタガタいわせまくしたて、それにムゥランが顔を真っ赤にして反論しているが、そこへユピテルが、二人をなだめるように落ち着いた声で割る。
「とにかく、飴井 迅と君の間に、既に〝
ユピテルが言葉を切る。これ以上は怖くて言葉にできない、というように。
「
深刻な面持ちでそう言ったのはムゥランだった。