いち

文字数 414文字

 鮮やかにきらめく青葉が、ゆらゆらと揺れている。少し前に散った桜の面影は無く、太陽が一層存在感を増している。紫外線の量がグンと増し、街一帯を眩しくする。春でもなく、夏でもない。出会いの季節でもなく、別れの季節でもない。そんな5月は毎年やってくる。

 汗で湿ったワイシャツを、艶感のある群青色のスーツが包み込む。俺はそんなスーツの内ポケットに、退職届をこっそりと忍ばせている。こいつを胸に何日過ごしたろう。汗の染みと乾きを何度も繰り返し、白便箋が少しよれている。財布、携帯、退職届・・・と。最近、家を出る前の脳内チェックリストの最後に、必ずと言っていいほど浮かんでくる。

 別に会社を辞めたい訳ではない。上司に何かを言い渡されたわけでもなく、他にやりたいことがあるわけでもない。それでも俺は、7年勤めた会社を辞めなければならないのだ。行動を起こせてこそいないが、覚悟が無いわけではない。

 今俺が欲しいのは、たった1つのきっかけなのだ。
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