じゅうご

文字数 1,125文字

 コンビニで買った4本の缶チューハイをテーブルの上に並べる。髪を掻きむしりながら部屋中を右往左往する。俺は今までになく、焦っている。派閥の不仲を利用した作戦は完璧なはずだった。しかし上野さんは俺たち採用チームに歩み寄ってきた。さすがにこの作戦は、もう使えない。

 俺は缶チューハイを乱暴に開けて半分くらい飲み干した後、徐ろにポケットの中のメモを取り出した。とにかく会社を辞めたい。辞めなければいけない。しかも、面接で話せるような正当な方法で。俺はもう一度チューハイを流し込み、しわくちゃになったメモを顔に近づけた。残りは『待遇が悪い』が2人、『転勤』が1人か。俺は給料に特別不満を持っている訳では無いし、転勤になる訳でもない。こんな理由ではあまりにも薄すぎるし、事実、この3人は確か不採用だったはずだ。だからといって酔いが回ったこの状況で、新しい作戦など生み出せるはずはない。俺はすぐに2本目を開け、思考から逃げようとした。普段同じ缶チューハイしか買わないが、先週飲んだものと同じ味とは思えなかった。


 鳴らない目覚ましに2日酔いの体。嬉しいのか嬉しくないのか分からない。土曜日はたまに、複雑な気持ちの曜日になることがある。昨日はついつい飲み過ぎてしまったようだ。天井からテーブルの方に目を向けると、空き缶が4つ転がっている。テーブルの上のメモを見て、我に返った。この週末は、新たな作戦を考えなくてはいけない。シトシトと雨が降りしきる中、俺はベランダの椅子に腰掛け、梅雨空をボーッと眺めた。

 結局、月曜日の朝になっても作戦は思い付かなかった。今日はプロジェクトの会議がある。このまま出社をすると俺の思い通りに事が進まなくなる。俺の意見が採用されているのに、それは狙い通りではないというジレンマに陥ることになる。とりあえず今日は体調不良ということにして休もう。


 とりあえず時間稼ぎができたので、一旦頭の中を整理することにした。俺は会社を辞めなければならず、退職理由を『上司との意見の食い違い』に設定した。きっかけを派閥争いの中に見出して上野さんに仕掛けたところまでは良かった。しかし、ある程度溝が深まったところで上野さんが俺に心を開くようになってしまった。つまり、他の方法を考えなければならないということだ。

 天井を眺めていると、大胆なアイデアが頭に浮かんできた。明日も会社を休んでしまえ。どうせ自分さえ良ければ良い人たちの集まりだ。久し振りに出社したところで、俺がいなければプロジェクトは何も進んでいないはずだ。教育側は必ずそれを指摘してくる。そこから言い合いに発展すれば、再び険悪な雰囲気に持ち込めるはずだ。結局俺はこの日を入れて3日間、会社を休んだ。
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