文字数 857文字

「おはようございます」

 オフィスに入り、席の2メートル手前で挨拶をする。

「おはよう」

「おはようございまーす」

 上司や部下の挨拶が返ってくる。午前8時55分。いつもとなんら変わりのない朝だ。彼らに目をくれることなく、一直線に席についてパソコンの電源を入れる。起動するのを少し待ち、パスワードを入力する。1日の予定を確認している最中に、始業のチャイムが鳴る。ウチの部では、チャイムの音と同時に社員が一斉に立ち上がることになっている。GW明けで一段と気怠い今日は、立ち上がるのに皆より2拍ほど多く時間がかかった。
 
 あくびをし、前髪を掻き分けながら時計の方を見る。そこには、今年の4月に入社した新入社員の相原という子が立っている。最近、ようやく名前を覚えた。無地で黒のスーツが、彼女を一層初々しく感じさせる。部内の雰囲気には少し慣れてきたようで、配属当初のぎこちない作り笑いと比べると落ち着いた表情になっている。

「おはようございます。連絡事項ある方はいらっしゃいますか?」

 皆キョロキョロと周囲を見渡している。こういうときは大体何も無い。そもそも、連絡事項は社内メールとか掲示板とかではダメなのだろうか。わざわざ時間を合わせて朝礼なんてやる意味があるのだろうか。そんなことを思っていたら、何か言いたげな表情になっていたのだろう。相原が少し背伸びをしながら俺の方を見て言った。

「早乙女さん、何かありますか?」

「いや、何もないです」

 とりあえず表情を引き締めて、短めに答えた。相原は「あ、はい」とだけ返し、「それでは、今日もよろしくお願いします」と淡々と締めた。

 挨拶が終わると、部内は少し慌ただしくなる。急に電話が鳴り出し、書類の音がペラペラと響いてくる。まるで朝礼が、背中にあるサラリーマン専用のスイッチを押したかのようだ。俺はその姿を嘲笑うかのように、最近ネットで買った高性能のタンブラーを手に取る。そして、大して美味しくもないコーヒーを淹れに給湯室の行くのが日課だ。こうして俺のつまらない日常がスタートしていくのだ。
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