じゅうろく

文字数 987文字

 木曜日の朝、俺は少し後ろめたさを感じた。体調不良のテイとは言え、3日間も休んでしまったからだ。素早くスーツに着替えた後、財布や携帯を確認する前に退職届を胸ポケットにしまった。今日、俺はついにこれを出すことにした。正直これ以上打つ手は無い。この覚悟を持てば、3日間も会社を休んだ気まずさも少しは和らぐだろう。俺はドアの前で深呼吸して、家を出た。

 デスクに着くと、橋本が俺の元にやって来た。

「早乙女さん、大丈夫ですか?」

「3日間もごめんな。もう大丈夫だ。それより、仕事の方は?」

「早乙女さん達のプロジェクトがついに動き出しました。それで・・・なんかすごいんです」

「何がすごいんだ?」

 そう聞くと、半田さんが後ろから書類を持って現れた。

「早乙女、心配したぞ。大丈夫か?」

「すみませんでした」

 俺は頭を深く下げると、半田さんは「大丈夫だから」と言い、さらに続けた。

「今、教育側と協力して担当役員に説明するプレゼン資料を作っているんだ。もちろん、おまえの案だ」

 後ろで橋本が嬉しそうに頷いている。

「教育側がこんなに協力的なのは奇跡ですよ。しかも上野さん、早乙女さんのことをすごく褒めていましたよ。何かあったんですか?」

「いや・・・別に何もないよ」

「早乙女の頑張りの結果だ。これで、役員への説明もスムーズにできる」

 久し振りに出社すると、2つの派閥は無く、1つのチームが出来ていた。この結果は俺にとって不本意なはずだが、それとは違う気持ちが生まれた。俺はここ1ヶ月で自分のしたことを思い返した。自分の退職理由のためだけに派閥の溝を深めようとしたり、適当な理由でズル休みをしたり。結局、この中で1番、自分さえ良ければ良いと思っていたのは俺だったのだ。

「早乙女くん、体は大丈夫?役員への発表は明日だから、資料のまとめ、よろしくね」

 上野さんが珍しくこちらのデスクに出向いて来た。いつものように卒のない口調だったが、少し笑みが浮かんでいるような気がした。

「分かりました」

 俺はすぐさま作業に取り掛かった。板橋も、とりあえずは協力してくれているらしい。皆の力を借りて、夜遅くまでプレゼンの準備を続けた。22時を過ぎ、眠気覚ましの缶コーヒーの蓋を空けて、一息ついた。やっぱり、退職届を出すのは明日のプレゼンが終わってからにしよう。コーヒーをゆっくりと飲み干した後、俺は残りの作業に取り掛かった。
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