第1話(木枯らし)

文字数 860文字

*最初にこの小説は完全フィクションであることをお断りしておきます。大倉明氏著「舟木一夫の青春讃歌」を参考に想像を交えて創作したものです。
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 木枯らしが窓際を吹き抜けた。どんよりと曇った空の狭間(はざま)に隣家のケヤキの枝が揺れている。
 それへ目をやりながら紀子はそっと居間のカーテンを閉めた。荒れ模様の天気になったな、と思った。
 少し時刻は早いがすでにパーティの準備は整っている。
 12月9日、今日は息子の純の誕生日。息子家族がまもなく来ることになっている。
 6歳になる孫を連れて息子は嫁と一緒にうちで自分の誕生パーティをするとのこと。
 おばあちゃんのところへ行きたいと孫も言っているから、そっちに行って俺の誕生祝をやるよ、息子からそんなうれしい連絡が入ったのは一週間前だった。
「ところで、おばあちゃん達、来年は結婚50年金婚式の年じゃなかったっけ、いろいろあったけど、よくぞ長く続いたもんだよなあ」
 息子はついでにそんなことを言ってくれた。受話器の奥で息子は明るく笑っている。
 息子の純は今日で43歳。結婚6年目に授かった子どもだった。
 今日は土曜日、
 この天候の中を都心からこの武蔵野まで車で来るには少し時間もかかるだろうに。
 料理もケーキもしつらえてすでにテーブルに並べてある。
 夫の成幸(舟木)は今日も公演で地方へ行っている。
 もうここのところしばらく家には帰っていなかった。
 夫は1年のうち家にいるのは三分の一ぐらいだろうか、こんな生活にはもう慣れている。
 紀子は掛け時計に目をやった。5時。もうすぐ来るだろう。
 こうして息子家族とうちで会食するのは1年ぶり。
 紀子自身は息子たち家族の所へはしばしば行っているがそれもこの頃は少し遠慮している。
 息子たちには息子たちの生活がある。
 一人息子の純はずっと私の生きがいだった。
「そうね、来年はもう金婚式ね・・・。」
紀子はテーブルに肘をつきながら誰に言うともなく独り言をつぶやいてみる。
再び窓の外で風の音が鳴った。

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