第18話(舟木さんの父親)・・・以後は次回に続く

文字数 1,770文字

 舟木さんの父親栄吉さんが東京へ帰ったあと、紀子のうちではまた家族会議が開かれた。
 紀子の父親も母親も結婚には反対の立場だった。
 こんな事が二度も立て続けに起きている。
 とりわけ芸能人との結婚には最初からあまり乗り気ではなかった父親が難色を示した。
 もともと堅実なサラリーマンとの結婚を望んでいた紀子の父親は収入も安定せず人間としても風来坊のような集団の芸人世界の男に娘を嫁にやるのは反対だった。
 不安定な芸能人との結婚は紀子を必ず不幸にすると思っている。
 流行歌手や芝居の役者の仕事などは普通、堅気のやる仕事ではない。吹けば飛ぶような風の塵(ちり)のようなもの、賭け事の世界と同じ。
 今回のことでいよいよ紀子の父親は舟木さんの人間性にいささか失望したような口ぶりだった。そんな男性に安易に娘を託すには将来があやぶまれると危惧していた。
 客観的に見てみればあるいはそうかもしれなかった。
 親ならば手塩に育てた愛娘を、たとえ今がどうであれ、将来どうなるともわからぬ芸能人に嫁がせるのは二の足を踏むのも無理はなかった。
 まして自殺騒ぎが二回もある舟木さん。
 この騒ぎで芸能界からはじかれて復帰は難しいだろうという憶測も流れている。
 両親は娘の将来がおおいに不安だった。
 そんな舟木さんのところに嫁にやるのは案じられた。娘の不幸がまざまざと目に見えた。
 「紀子、今度こそこれは考え直した方がいいよ、結婚は女にとって人生の一番大事なこと。芸能界なんてのは将来どうなるか全くわからない不安定な仕事だ、
 それにこう言っては何だけど、舟木さんは優しいけど繊細で線の弱そうな感じだし、父さんは紀子のことが心配でならないんだ」
 紀子の目を覗き込むようにして穏やかな口調で父親はそう言う。
 「それに舟木さんの父親栄吉さんも言ってたけど、舟木さんは芸能界に復帰することは難しいだろう、ってね。栄吉さん自身も今回のことでもう舟木さんを芸能界に戻したくないみたいだよ。 紀子、冷静によく考えてごらん。そんな状態で結婚してどうするの?
将来この先きっと後悔することになると父さんは思うんだ」
父親はわが娘を真剣に諭している。
紀子は唇をかんでじっとうつむいている。
「私もそう思うよ、紀子。舟木さんはいい人だけど何だかこれからが心配でならないのよ」
母親も横からそう言った。
紀子は目を閉じてうなだれたままだ。
しばらく沈黙が流れた。
「私、意見言わせてもらうよ」
 姉の昌子が突然口をはさんだ。
「私は紀ちゃんの思うとおりにすればいいと思う。
 紀ちゃんが舟木さんを、ただの憧れとしてでなく本当に心から好きなんだったら、どんな苦労も乗り越えられるはずよ。好きでもない人の所へ嫁ぐほうがそれこそ逆に人生を後悔することになるんじゃないの。紀子の気持ちをもっとわかってあげてよ」
抗議するように昌子は父親の顔を見つめてそう言っている。
「舟木さんもまだ若いしそこまで駄目な人だとは私は思わない。紀ちゃんが舟木さんを信じてあげることが今は一番大切なんじゃない。最愛の娘だからこそ好きな人のところに嫁がせるのが親の務めなんじゃないの?」
「これ、昌子!」
母親が姉をちょっとにらみつけた。
その時紀子は姉のその言葉にふと顔を上げた。
紀子は決心したように口を開いた。
「私、何度も言ってるように・・・」
そこまで言ってしゃくりあげるように言葉を飲んだ。
「舟木さんと結婚する・・・。その思いは変わらない!」
腫れあがった目頭を父親と母親の方に向けながら、紀子は思い切って一気に言い切った。
「お父さんお母さんの心配もよくわかるけど・・。今、こんなことになった今こそ、舟木さんを支えることができるのは、私だと思う・・・。思い上がりかもしれないけど、ほかに誰がいるというの?舟木さんと私は婚約者同士なのよ。私は舟木さんを心の底から愛してる・・・」
そう言うと紀子は唇をかみ締めた。あとは言葉にならなかった。
うう、とその口から嗚咽(おえつ)が漏れた。
「私は、私は、・・・、舟木さんと結婚・・・します!」
声にならない声で紀子は絞り出すようにそう言った。
紀子の父と母は困惑したように顔を見合わせた。
紀子は両手で顔を抑えた。激しい嗚咽だけが背中に突き上げてくる。
紀子は肩を震わせて泣き崩れた。
  ・・・・・(次回に続く) ・・・・・・
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