第17話(それからしばらく)

文字数 974文字

 それからしばらく時が経った。舟木さんの容体は安定してきた。
 11月下旬だった。
 仙台の紀子の家の電話が鳴った。
 舟木さんの父親栄吉さんからだった。
 近いうち都合の良い日に仙台のご自宅に行かせていただきたい旨の電話だった。
 舟木事務所のマネージャーでもあり父親でもある栄吉は紀子と紀子の両親に、昔風にいえば松沢家に対して責任を感じていた。
 それ以上に、舟木自身が痛切な自責の念と悔恨(かいこん)を胸の内に感じていたのだ。紀子を心から愛しているのに自分勝手にもあんな行動に走ってしまった自分が情けなくそれは申し開きできないとことだと思っている。
 心神喪失のような状態でした、と後ほど会見では語っていたが愛する紀子の気持ちも考えずに自殺を図ったことなど許されることではないと、それは舟木自身が一番痛切に思っている。なんと言われても申し開きできないことだった。
 それを伝えたかった。
 二日後に父親の栄吉さんは舟木さんの使者として仙台の自宅にやってきた。
 今回の出来事に対するていねいな謝罪の言葉。
 そのあと息子上田成幸の気持ちを伝えに参りました。と、栄吉さんは沈痛な面持ちでこう言った。
 「このたびのことは申し開きのしようもありません。申し上げにくいことですが、紀子さんとの婚約はいったん白紙に戻させていただけませんでしょうか」
 拳を握りしめながら父親の栄吉さんはそう言った。
 紀子は思わず息を飲んだ。
 「こんな事態を引き起こしてしまった私どもにすべての責任があります、私どもには今や何も申し上げる資格はございません」
 栄吉さんは苦渋の顔をして話を続けた。
「いったん婚約は白紙に戻していただき、そのあとの事は松沢さんご家族のご判断にお任せしようと思います。本人が申しますには、紀子さんへの気持ちや紀子さんへの愛情は寸分も変わらないと申しております。
 けれども、おこがましくもこのような事を起こしたあとでまたもや結婚をしたいなどと言うのはあまりに身勝手とも思いますので、このあとのことはすべて松沢さんのご判断にゆだねたいと思っております。
 これが成幸本人の率直な気持ちです、私が本人になり替わって今日ここに成幸からの言葉を伝えさせていただきます、どうかよろしくお願いします」
栄吉さんは腰を折り、膝に頭をすりつけるようにしてじっと長い時間深く頭を下げていた。

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