第39話 橋から落とされるより怖い事

文字数 1,275文字

 美術館から帰って来てから、夏梅への興味が沸いたのか、演技をしたつもりが夏梅にのめり込んだのか?

【二階の寝室で】

 蒲との蜜月タイムに天十郎は突然、起き上がり「あ、我慢できない」裸のまま飛び出した。蒲が「おい」怒りの声を上げた。僕は「蒲、諦めろ、どうやってもあれが気になるみたいだ」隣の衣裳部屋を指さした。

 さっき、少し開いたドアの向こう側で、仕事中のボロボロの夏梅が通ったのだ。天十郎はそれに気が付き、サンルームで繋がっている蒲達の寝室から、衣裳部屋へと夏梅を追いかけたのだ。

 隣の衣裳部屋に入っていった、天十郎の向かった方を見た。バタバタと足音が響いた後に「ぎゃ~」夏梅の声がした。ベッドの中で蒲と僕は聞き耳を立てた。

「待て、動くな」天十郎の言う声と「嫌だ~、怖い~」夏梅の泣き声に近い悲鳴が聞こえる。
「お前がとめれば」蒲が、不服そうに僕をにらんだ。僕は、わざとにやりと笑い、蒲を刺激してから「僕に何が出来る?それとも前みたいにやっていいのか?」聞き返した。

 蒲は憂鬱そうに頭をかかえ「くそ」と布団の中に潜り込んで丸まった。こいつも、子供の頃からのこの癖が治らない。僕と夏梅が仲良くしていると、同じように布団の中で丸まっていた。いまだに同じ構図の中にいる。

「殺人を起こす奴の気持ちがわかる」蒲が布団の中からつぶやいた。
「それで、また殺すのか?」僕が声をかけると
「殺すなんて、ただふざけただけで、大げさだ」
 蒲の絞るような声がする。
「そうだな、ただのおふざけだよな。でもそのおふざけの代償は自分で払うって決めたのだろ」蒲は黙りこくった。
 
 僕は蒲に打撃を与え、おとなしくさせてから、天十郎と夏梅を見に行った。


【衣裳部屋では】

 天十郎は裸のまま、夏梅を抑え込んで、目薬を差そうとしている。

「怖い、怖い」叫ぶ夏梅
「何が怖い。たかが目薬を差すくらいどうってことがないだろう。お前がいくら自分で差しても、目には入らない」
 僕は辞めればいいのにと思いつつ、二人を傍観した。
「橋から落とされるより、怖い」
「なんだ?橋から落ちるより怖いって?橋から落とされる方が怖いだろ」
「橋から落ちるなんて一瞬だ」
「お前は馬鹿か、目薬も一瞬だろ」

 僕は、夏梅の幼い頃を思い出した。蒲のいう悪ふざけで、夏梅は二メートルほどの高さの橋から落とされて脳震盪を起こした事がある。現在でもコルセットが必要なのはそのせいだ。

 また、蒲が夏梅の目の前で鋭いハサミを振り回し、結局 止めに入った僕がハサミの先で手首を怪我して血だらけになった。それ以来、目の近くに物がある事を怖がる。眼科はもちろん目薬さえも差せずにいる。目薬をささなければ、わからないほどの小さなトラウマだが心の傷は深い。

「まったく、面白い奴だな」
 天十郎は何も知らず、平気で押さえつけて目薬を差した。
「どうだ、怖くなかっただろ?」
「怖いよ」
「これからは俺がつけてやるから、一人で目薬を差そうとするな」
「なんで?」
「イライラする」
「なんで?」
「なんで?なんで?って、オウムみたいにうるさい」
「じゃあ、別の切り口で…」
「なんだよ」
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登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

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