第69話 見えない思い

文字数 1,690文字

【日美子さんが、ため息をもらした】

「蒲は子供の頃から、夏梅に怪我させることが多くて、軽く見ているというか、物扱いするというかね。おもちゃは壊れると捨てるしかないけど、夏梅は何度、壊しても再生するからいいのだっていうのよ。どういう意味って聞いたら、怪我して血が出ても治るから、何度壊してもいいと言っていたの。夏梅が血を出しても僕は痛くないからってね」

「まさか」言いながら、天十郎は顔が硬直した。

「天十郎君、まだ聞くかい?知りたいか?」黒川氏が聞いた。天十郎は下を向いたまま、黙ってうなずいた。何度も、日美子さんが頷いて勇気を振り絞るように

「わかった、話すけど、聞きたくないなら、ストップかけてね。私の知っているだけでも、橋から落としたり、蹴り上げたり、椅子から落としたり、ブロック塀にぶつけたり、自動車で引いたこともある。軽い怪我の時が多いけれど、入院騒ぎになった事もある。それをかばって塁が怪我をする事もあった。
 夏梅って目薬が嫌いでしょ。目薬もコルセットも蒲が原因なのね。親御さんたちは蒲が夏梅の事が好きで、わざとやっているのではないかと、言っていたけどね…。だけどね。天ママ」日美子さんが迷いながら


【着物のモデルの時の事を、覚えている?】

 天十郎は考え込んでから、日美子さんの質問に「ええ」と生返事をしている。

「着物のモデルで夏梅が火傷とひどい汗疹と湿疹が出て、騒ぎになったのを覚えているよね。蒲は、夏梅に何が起こっているか知っているのに、貴方に、帯を回して取ってはいけないと止めなかったでしょ。知らない貴方は、帯を強引に回して、それで夏梅の皮膚が破れて血だらけになった。夏梅は丈夫な子だから、多少の傷くらいは、後も残らずきれいに治るからね。病院に行くほどでもなかったけれど、広い範囲で怪我をして、何日も痛みが続いたはずよ。その時、蒲は何と言っていた?」

「なにも…。笑っていたかも…。」
「多分、貴方にはそんなことしないでしょ」
「ええ、しませんね。いや、そうではなくて、日美子さん、おかしいですよ。あれは、日美子さんの美容室で起きた事ですよ。どうして、蒲が夏梅に起こっている事を知っているのですか?知っている訳はないでしょ」日美子は、さらにため息をついて

「天ママ、前日に吉江さんに、使い捨てカイロを渡したのは、蒲なの」
「えっ」
「それと、マタタビ女で騒いでいた時が、あったわよね」
「初めて、お会いした時ですか?」
「そうね、貴方が私たちに強引に押されて、困っていたのを夏梅が助けるために自爆したのは、わかっているわよね」
「あっ」

「そうよ、夏梅を小さい頃から知っているけど、あの子が人を助けるために自ら、自分を差し出したのは初めてだった。従順な塁にもしなかった。今ならわかると思うけど、あの子は楽な人生を送っていないでしょ。すべてが本人の意志とは別の所にある。貴方のように自分で選んだ道じゃなくて周囲に翻弄され、抑え込まれ、自分の気持ちをうまく表現できない不器用な子が、貴方に自分を差し出したのよ。
 結果、その気持ちを利用して、蒲はわざと事を大きくしたでしょ。サイズの合わない服をわざわざ着せて、あんな胸がはち切れそうな格好で、町中を夏梅一人で歩かせるなんて、どれくらい危険な事かわかるでしょ。私たちもそれがすぐにわかったから、休みの日を設定して、誰にも会わないようにして阻止しようとしたのよ」

 蒲は、夏梅をターゲットにすれば、必ず僕が反応する。その事を面白がっていた。僕はそれを知っていたが、蒲を無視し続けていれば、そのうちに諦めるだろうと思っていた。

「でも蒲にとって、夏梅は、子供で、妹で、姉で、妻で、母のようにすべてになりうる存在だと、言っていましたが…」天十郎は自分が言った端から、自信がなさそうに考え込んだ。

 日美子さんは笑いながら
「そんな言葉は、あの子のキャラじゃない。今まで起こった出来事を、まったく気が付いていなかった?そうじゃないでしょ。だから蒲が天ママにそんな事を言ったのよ。そして、あなたはその言葉で自分の持つ疑惑を晴らしたかった。違う?」

 天十郎は黙り込んだ。
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登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

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