第54話 美術館の再現

文字数 2,311文字

【開場が始まった】

 入場前から夏梅は嬉しそうだ。
「漫画で見たことある。お嬢様に執事が二人ついているみたいだ」と大喜びだ。

 ステージ袖で直前まで、蒲が夏梅について歩こうとするのを、天十郎が夏梅を引き寄せ、蒲を睨みながら夏梅にからみつくように、ベタベタとマーキングし、それを蒲が引き離そうと三人で絡み合っていた。

「執事、歩けないだろ。どうでもいいけど、腰押しつけるな」夏梅も含め小競り合いをしていた。
「あの三人どういう関係な訳?」コソコソとあちこちから声がした。

 その声に立花編集長がボソッと言った。
「蒲と天十郎が、夏梅を取り合っているように見えるけど、違いますね。これが…」
 となりにいた和樹が「なにが違うのよ?」と聞いた。
「あの二人、昔の蒲と塁に似ている。いや、少し違うかな」
「意味が、解らないわ」
「まあ、気にしなくていいよ。和樹さんはストレートだってね。蒲から聞いたよ」
「立花編集長、業界あるあるは、内緒でお願いよ」お姉言葉を発しながら、目は真剣だ。

「わかっていますよ。台本とキャラクター。創られた、真実のない、やらせの世界です。お互い、利益のためですから」立花編集長は、穏やかに答えた。


【ステージに閃光が走った】

 急遽、カバーガールとして夏梅は、開幕と共にひとりで閃光のステージに立った。ステージの上で、振り向きざまに、まるで、美術館の続きをしているように甘ったるく燕尾服の天十郎をステージの中央まで踊るようにエスコートした。

 天十郎もまた再現をするように、優しく、いとおしそうに夏梅を見つめ、愛しい女しか目に入らない愚直な男を演じた。二人共、一斉に全注目を集め、フラッシュシャワーを浴び、あまりにも完璧な、二人のツーショットは、会場をどよめきと羨望の渦に巻きこんだ。

 和樹は圧倒され
「黒川氏うまいですね。最初に天十郎と夏梅の登場で興奮気味の会場は、嫌でも盛り上がりますよ。あの人、才能があるかも知れないですね」

 紹介されるゲストの衣裳は、広告主のプレタポルテの新規参入のメーカーの担当者の尽力があり、タイアップが可能になった。会場で配布された、黒川氏の作成したリーフレットには、衣装のみ掲載され、この衣装をコーディネートした人を、会場で見つけて欲しいというキャッチコピーがついている。

 当然、パーティの来場者はリーフレットを見ながら、リーフレットの衣装を身に着け、ヘアとメイクをコーディネートすると、どうなるのか?
 使用前、使用後を確認する。黒川氏夫婦の仕掛けは上々だ。短期間で効率が良く、パーフェクトだ。

 もともと、表面的には可愛いタイプの蒲が、おしゃれな燕尾服を身にまとい、さらに可愛さをアップさせた。その蒲が、会場内を歩きまわり、ゲストを探し出してスポットライトを当てた。

 会場内を蒲が歩き回るたびに、会場からは黄色い声と歓声、ため息が聞こえた。それだけで、十分来場者の注意を引いている。

 フェイスメイクに使う化粧品はもちろん、茂呂社長の化粧品だ。夏梅は化粧映えのしない顔だ。実際にはベースメイクもしていないし、眉毛を整えたくらいだが、ナチュラルメイク(薄化粧)としてズルをした。

 当初、茂呂社長は、久々に会う天十郎が、夏梅にぴったりくっついているので、不愉快な表情を露わにしていた。しかし、ステージが終わる頃には、黒川氏が断念すると思ったこの企画が、想像以上に、周囲の反響が良かったせいか、満足そうにしていた。

 利益が大きいければ、問題を回避できることは多い。


 【ステージが終わり】

 天十郎と蒲が、両側に座るように設定された席に、夏梅はつき、日美子さんが傍についた。
「夏梅ちゃん、ステージに上がっても、堂々として、素敵だった」
 日美子さんは興奮気味だ。

「照明がついたら、天十郎しか見えなかったから、何も怖くなかった」
 日美子さんは、会場の熱気とステージ照明の暑さに頬を紅潮させ、汗ばんでいる夏梅のうなじを、手元のハンカチにフレグランスをつけて拭いている。

 日美子さんはよく理解している。血行が良くなると、周囲を巻き込む困った状態になるのだ。しかし、こんなに汗ばんでフレグランスくらいで回避できるのか?不安だ。すでに、天十郎は控室に居る時から少し変だ。

 フリータイムには、来場者が、ゲストを代わるがわる褒める輪と、それとは別に、夏梅の周りには遠巻きに男達の輪が出来た。


【料理が運ばれてくるようになってから】

 天十郎と蒲に挟まれて座っている夏梅は落ち着かなくなった。「お願いだから、静かにしてくれ」蒲が気にして、夏梅の方を向くと、天十郎が夏梅の肩を抱き寄せ、首筋にしなだれるようにくっつき、小さな声で夏梅になにか話しかけている。

「だからさ、おとなしくしていろ、蒲が落ちつかないだろ」
「何が」
「おとなしくしてないと、暴露してやるぞ!」
「なにを曝露するのよ、芸能人相手に暴露大会なら負けないわよ。天十郎より私のネタの方が大きいのは、ご存じですか?」
「知っていますよ!」
「だったら、私に指図をするんじゃあないよ」
 
 今日の天十郎の絡み方がいつもと違う。蒲が、横目で天十郎を睨んでいる。まずいな…。まさか蒲まで…。雄をゆすぶられているのか?

「ふざけるな、大声で叫んでやるから」
「やってみろよ、俺のモノを食わせるぞ」
「ええよ、美味しくいただきます。私さ、歯は丈夫だから、よくかみ砕いて、会場を血の海にしてやるからな」
「お前、乳歯のくせして怖いな」
「何を今さら、乳歯ではありませんよ、執事殿。執事が雇い主を侮るな」

 ベタベタにくっつきながら、互いに耳元で愛の言葉をささやき合っているように見えるが、実際には危なすぎる会話だ。
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登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

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