第86話 攻撃の理由

文字数 1,551文字

【お前も、馬鹿だな】

「言葉で表現できない関係だっていいじゃないか。かえって、言葉に出来る関係の方が疑わしいと思わないか?それぞれが必要で、それぞれに頼り、反発し、それでも離れられず、相手を求める関係の方が、真実味があるさ。そうじゃないのか?」
「そうだけど」
「答えはすでに、出ているんだ。僕は夏梅を嫁に出した気分だよ。それに、蒲がこの結婚を言い出した時は、どうかと思った。不安だったよ。だけど、結婚は小さなコミュニティ、集合体だ。現状の法律や行政のシステムを上手に利用して、僕らは結婚という形態を選んで、自分達のコミュニティを作っただけだ。すべてにおいて、こちらが利用するように、考え方をシフトすればいいのだと思う」


【そうかな…?それにしても】

「なぜ、蒲はそれまでして夏梅を攻撃する。やっぱり精神的におかしいのか?」
「そうでもないさ、夏梅に義理立てて、女は抱かないだろ?」
「えっ?」
「みんな紙一重だ。誰もかれも優劣が重要だ。蒲は、自分以外に夏梅に手を出す奴は許せない」
「はあ?蒲は夏梅が好きなのか?」
「所有欲でも、好きという言葉に置き換えられるのならな…」
「…」
「所有欲だから、手を出した奴に対して攻撃するのではなく、夏梅に対して、攻撃の鉾先がむいているだろ?SEXの評価が気になって、夏梅に聞いてしまう、お前みたいな感情は、ないと思うよ」
「…」
「さっき、夏梅を本気で、殺そうとした蒲を見ただろう」
「ああ」
「奴は、自分のせいで、からだを無くした僕が、その代償として、夏梅を抱いていると勘違いをしていた。お前が、夏梅に無関心を装ってくれていたから、二十年間、夏梅は無事にいたと思うよ」
「…」
「それに、あいつは人生の長さを誤算した。一時の感情でも間違うと、多くの時間をあてがう事になること。そして、自分が優位に立っていると、思い違いをして、多くの物を、失った。僕もまた、からだを捨てる事で、多くものを失っているが、得ている物もあるかな…」


【どんなものを得た?】

「自由と偽りのない関係かな」
「塁、幽霊のくせして、たいそうな事をいうな」
「思いだけを残して、漂っている幽霊と、意志を持ち、行動している僕を一緒にするのか?幽霊に子供たちの相談役が出来るか?子守りが出来るか?からだはなくとも、僕は実体として存在しているのだ」
「実体と言われても…。幽霊自体、よくわからないからな…。確かに 幽霊だと怖いけれど、塁は違和感がない…」


【天十郎は素直に納得している】

 しばらく、考えながら、黙ったまま僕を見つめていたが
「ひょっとして、お前は、蒲の首に、ぶる下がった時に、蒲が一緒に落ちるから、からだを捨てたのか?」
「随分と飛躍したな」
「よく考えると、お前も蒲も、夏梅に執着しているようで、していない。夏梅が自分の物なら簡単にあきらめるはずがない。俺に渡したのは違和感がある。最初から二人共、難しい夏梅に会う男を探していた。というならすべてに辻褄があう。全部、お前と蒲の愛情の縺れなんじゃないのか?蒲とお前が互いに固執しているのか?」

 僕は、その天十郎の問いに答えずに、
「口から真実は出てこない」という黒川氏の言葉を思い出して思わず、ニヤリと笑った。叶一が突然。

「天ママはさ、なんか、複雑にしすぎだよ。すべてにおいて、好きなもの同士が結婚できるわけじゃない。うちの親たちにとって、結婚は、家族を作る儀式だった。ようはお互いを支えあって子を育てていくことが重要で、その内容がどのようであっても、かまわないと思う。ただ、一緒に居たかったから、便宜上の形を整えただけだろ。それぞれの役目をすればいいだけだ」
「はい、その通りです。お前、大人だな」

 天十郎は叶一の言葉に深く頷いた。僕は黙ったまま、彼らを残し蒲の後を追って、部屋を出た。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み