第71話 隠れていたもの

文字数 1,829文字

【翌日、天十郎は仕事の合間に立花編集長に会いにいった】

 僕も付いて行った。立花編集長は天十郎を見るなり
「昨日、蒲がつきそって、夏梅の実家に帰るところを写真に撮られたよ。少し蒲との距離をあけた方が良いかも知れない」新たな報告をした。
「昨日は、塁の事で口喧嘩になって、収拾がつかずに、蒲が付いて行く事になりました」

「塁の事を聞いたのか?」
「ええ」
「今日は、その事か?」天十郎はゆっくり首を縦にふった。立花編集長は、諦めたように「そうか」と頷いた。

「黒川氏夫妻から、立花編集長も塁とコンタクトがあったと聞いたので…」
「そうだよ。先に黒川氏から聞いたのか。ダブルかも知れないけれど、何が知りたいのかな?塁の事かな?蒲の事かな?なんでも聞いてくれ」

「ホテルのタイアップ記事は、立花編集長からの提案だったのですよね」
「あれか?あれは蒲からだよ」
「蒲が…。どういう経緯で」
「夏梅が、僕らの仕事の手伝いをしているのは、知っているだろ?」
「ええ、時々、ぼろ雑巾のようになって、徹夜しています」

「ふふ、そうか。がんばっているな。夏梅の仕事は、クライアントの要望を我々が聞いて、編集社スタッフの代わりに電話やメールで取材して、原稿を作成する仕事だから、いわゆる下請けだな。まあ大変な仕事だよね。もともと、この仕事を依頼してきたのは、塁なのだ。外に出られない夏梅が、自宅で出来る仕事はないか?と、夏梅の両親が亡くなってから、塁から相談があった」

「ああ、そうか、夏梅は外で就職できないから、生活面で困るからな。よく考えている奴だな」
「いや、そういう事ではなくて、塁は夏梅と結婚して生活費は自分で稼ぐから、お金の心配はさせないつもりだけど、今までは、夏梅と学校でも家でも一緒だった。自分がいない時間でも、両親がいた。四月から就職も決まった。自分が仕事に出れば、夏梅が一人で過ごさなくてはいけなくなってしまう。孤独にならないように、なんとかしてあげたいと…。言う事だった」

「塁が心配していたのは、孤立しない事だったのですか?」
「私も事情はよく知っていたから、多くの給与はだせないけれど、クライアントや取材対象者と直接会わずに行える、校正や僕の外部助手みたいな仕事を考えた」
「そういう事ですか」
「最初は、細かな調整が必要な時は塁が私の所に来て、やっていたが、塁がいなくなってから、蒲が代わりにやっていたのだ」
「蒲はどうして、夏梅の生活をみているのですか?」
「それは、わからないが、私には蒲が塁のやっていた事を、そのまま引き継いだように思えた」
「では、あの時、立花編集長は、なぜ俺に親切にしてくれたのですか?」
「あの七月のタイアップ記事は、ホテル側からイメージに合う数名の俳優リストが上がっていて、ホテルでの取材記事が条件だった。通常は夏梅の仕事ではないのだけど、蒲から天十郎が夏梅を指名してきた。この際、夏梅をぶつけてみたらどうだろうか?と話があった」


【蒲から?】

 天十郎が驚いていると立花編集長は、意外な顔をした。

「おい、どういうことだ?」
「六月十日だったか、立花編集長の所で蒲に初めて会いました。その日に帰りがけに蒲から呼び止められて、立花編集長から、アルバイトだけど腕のいいライターが、一緒に仕事をする人を探しているから、会ってみれば?と提案されたと…」
「ああ、六月というと、ああ、うちの女性スタッフともめた時か?そういえば、蒲もいたな。私の提案だと聞いたのか?」

「ええ、あの頃、茂呂社長や元カノの美来の脅迫が、五カ月以上も続いていて…」
「確かに荒れていたな。しかし、なんで夏梅を指名したのだ?」
「いや、夏梅の事は知らなくて、蒲が女性に感心がなかったみたいなので、アルバイトが、男性だと思い込んでしまって…」

 天十郎はどんどん歯切れが悪くなる。

「まあ、そうか、しかし、仕事なら事務所を通すだろ?内緒でするつもりだったのか?」
「いや、そういう事ではなくて、専属のライターがいれば、トラブルが減るかと思って、顔合わせのつもりだったけれど、実際には違っていたので…」
「まあ、考え方としてはあっているな。うちの社内でも問題になった日から、暫くして、蒲から紹介があった。蒲の紹介でも、君の取材記事は二の足を踏んだ。社内でも、テストケースでやってみようと言う事になって、夏梅の仕事なので当然、クライアントと事務所の間に私が入ったよ。そんな調整が必要だった事もあって、確定したのは六月半ばの事だよ」
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登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

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