第65話 聞けば聞き腹

文字数 1,661文字

「俺がついて行くから」慌てたように蒲が後を追った。夏梅は振り向き、ベビースマイルで蒲を見た。それを見た天十郎が眉をひそめた。

「また、蒲が行くのか。わからんな、二十年も変わらない。育った家だから帰ると言うのなら説得力があるのだが、そんな理由でもないし」
 吐き捨てるように言った。


【騒ぎに後から入って来た、黒川氏夫婦が】

 その言い争いに近い声に、ため息をついた。
「天ママ、夏梅は蒲に任せてさ、ゆっくりお休みを楽しめばいいでしょ」
 日美子さんが言うと天十郎は
「いや、おかしいでしょ、死んだ奴を待っているのか?塁って奴の為に家を売りにも出さず、貸出す事もせずにいるのって、おかしくないですか?それにこうやって、時々、家に帰っているのは、どうしてですかね」

 母親に文句を言う子供のように、日美子さんに食ってかかった。天十郎の様子が、今までと違うので、僕は夏梅について行かずに留まった。

「天ママは本当に魅力的ね。典型的な内弁慶だから、家でのあなたを録画して公表したら、かなりの反響があるわね」
「おい、冗談でもやめろ。自分の身を売る商売は楽じゃない。せめて家の中では自由にしていたいよな」黒川氏が天十郎に同意を求めた。
「わかっているわよ」日美子さんが笑った。

「そんな事より、黒川さん達は蒲や夏梅と、付き合いは長いのですよね」
 話題をそらしたつもりの黒川氏夫婦だったが、いつもの天十郎のようにごまかされない。黒川氏はしかたなさそうに「そうだな、三十年くらいになるかな」日美子さんは隣で、うんうんと頷いた。

「元旦那の塁って誰です?死亡届けが出ているみたいですが、蒲は、まるで生きているように扱うし、こと夏梅はこんなふうに、待ち続けているし」
「うん、そうだな。聞けば聞き腹かも知れんが…。天ママも知っておいた方が良いかもしれないな、それに昔の話だしな」黒川氏は妻の日美子さんを見た。日美子さんは難しいというように小首をかしげた。

「聞けば聞き腹って…」不愉快そうな天十郎が、真っすぐ黒川氏を見た。

「聞かなければ、知らないから、平気だが、聞けば腹立たしくなる。ということだが…。正直いって、話していいかわからない。だからと言って、蒲や夏梅の口から話す事は、ないだろうからな…」


【黒川氏が困っているのがわかる】

「そうね」日美子さんも暗い声を出した。黒川氏は、ゆっくりと言葉を選ぶように、話し始めた。

「もともとは、奥さんが働いている美容室に、夏梅のお母さんが通っていた。夏梅達が小学校に、入学前だったかな?」と日美子さんに振った。日美子さんは、えー私?というリアクションしてから、引き気味に

「今は、塁がいなくなって、ご両親は引越をしてしまったけれど、塁、夏梅、蒲と三件件並んで隣同士だったの。夏梅の家の右隣の塁の家は、共稼ぎで学校から帰ると塁は、両親が夜遅くに帰るまで夏梅の家にいたのよ。
 夏梅のお母さんが隣の家の塁を預かっていたの。蒲の家は大きくてお金持ちだったけれど、毎日のように蒲は夏梅の家で過ごしていた。三人は同学年でとても仲が良かったわ。美容室にもよくきたし、家に遊びに行っても二階の奥、今の衣裳部屋になっているところが、子供部屋で三人はいつも一緒に、笑っていた記憶がある」

 懐かしそうに微笑んだ。黒川氏が、ため息をつきながらその話を引き継いだ。
「僕は、奥さんと結婚した時からだから、中学生になってから彼らに会っている」
「昔からの知り合いだったのですね」
「ああ、我々は子供がいないから、我が子みたいなものだな。夏梅のお父さんと釣り仲間だった立花編集長とは、そのころから一緒に出掛けていた」
「それで、僕が、蒲達と同居を始めた事に、立花編集長が驚いていたのは、そのせいですね」
「ああ、そうかも知れない」
「立花編集長も、事情を知っているからな」
「事情?ってなんです?」
「夏梅が大人びて来て、女っぽくなってきてからかな…。今のように周囲の男性に追いかけられるようになってきた。塁はいつも、そんな夏梅をかばっていたな。まるで小さなナイトみたいだった」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み