第22話 納戸の男物

文字数 1,627文字

 あーあ、夏梅を逃がさないで、先にシャワー浴びさせないと、塩だらけでベタベタだ。
「おい、蒲、シャワーが先だ。捕まえろ」
「夏梅、預かり物は納戸に入れておくから、シャワーを浴びろ」
 蒲はわざとらしく、優しくいいながら、夏梅を追いかけて行こうとすると、天十郎がそれを遮り「俺が行く」と走り出した。

 僕も天十郎を追いかけた。

 ソファベッドに到着する前に、夏梅を捕まえると引っ張るように、浴室に連れて行った。夏梅も黙っていない「それ!さわるな、引っ張るな」と、叫び、天十郎も
「お前が、我がままをいうと蒲が、お前の世話を焼くだろ。我慢がならない」と、騒いでいる。しまいには、強引に洋服を脱がすと、風呂場に夏梅を押し込んで、洗い始めた。


【リビングに戻ると】

 二人の騒ぎを横目に黒川氏夫婦は、家に上がり込み、自分たちでお茶を入れ、キッチンカウンターでくつろいでいた。
「いったいこの騒ぎはなに?」
 蒲に聞いている。蒲は、仕方なく笑うだけである。

 夏梅を洗い終わった天十郎は、得意げに蒲の元に来たが、蒲があごで大きな袋を指した。天十郎は怪訝そうな顔をして、その袋の中身を見ると、釣り竿やリール、傘などが入っている。
「さっきのか?」
「うん、持って来いよ」

 蒲は天十郎に袋を持たせ、先に歩いた。


【二階の納戸にしまうためだ】

 歩きながら蒲が「男たちが夏梅に、強引に預けて行く」と説明している。

「なんで?」
「また、会う口実だろ」
「あーなるほど」
「せこいよな、男は単純で、全員同じことを考える。また会いたいという言葉ではなくてさ、下心が丸見え」といいながら、納戸を開けた。
「こんなところに納戸があったんだ」天十郎は興味深いようすで中を覗いた。

 二階の階段の横にある二畳ほどの広い納戸は、高級なお酒から、ありとあらゆる男物が溢れている。

「これはすごいや」
 天十郎が、面白そうに眺める。後から追いかけてきた黒川氏夫婦も、一緒に覗き込んで
「また増えたわね。やっぱりフリーマーケットだわね」
「しかし、出かけるたびに、これだと困るだろ」
「俺よりすごいかも」
「まったく夏梅ちゃんの言う通り、彼女が使えるものをくれればいいのに、役に立たない男物なんてあほらしいわね」
 日美子さんがため息をついた。

 シャワーから出て来た夏梅が、みんなが納戸に気を取られている間に、二階の奥の衣裳部屋に潜り込み、男物に身を包み出て来た。それに気が付いた日美子さんが
「素敵ね。蒲の洋服?」と聞いた。その声にいち早く反応した天十郎は
「うん?俺のか?」納戸から顔をだした。
「俺のだ、お前、自分のものを着ろ!」

 全員集合し、混雑している二階の狭い廊下のスペースで、天十郎が、夏梅に飛び掛かりそうになるのを、全員で止めた。夏梅は潜り抜けるように、一階に一人で降りて行った。そのあとを追いかけるように、みんな階下に降りて来た。


【リビングに戻ると】

「今日は、立花編集長とメイクアーティストの紅谷和樹氏も一緒だったのよね」
 日美子さんが話題を変えて夏梅に同意を求めた。夏梅は、コクコクと頷くとソファベッドに潜り込んだ。僕も夏梅のとなりに座り込んだ。僕は久しぶりに、立花編集長の名前を聞いて嬉しくなった。しかし、蒲は面白くない顔をしている。

「また、仕事の話をもらったね」
 日美子さんに言われて、夏梅は嬉しそうな顔をしている。
「立花編集長と知り合いですか?」天十郎が黒川氏に尋ねると
「ああ、夏梅も蒲も中学生くらいからね。知っているよ。釣り仲間だから」黒川氏がカッカッと笑った。

「蒲も知り合いですか?」
「そうね。昔からの知り合いでね、そうそうこの間の君とホテルのタイアップ記事が好評らしいね。おかげで夏梅に新しいお仕事が来たよ」
「えっ、ああ、そうなのですか!」
「天十郎君は蒲のお勧めだったのだろ?」
「あっ、いえ、蒲を通して立花編集長に提案してもらって…」

「えっ、そうか?」
 黒川氏が困った顔をした。僕はとっさに、なにかあった事に気が付いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

夏梅(なつめ)…フリーライター。

亜麻 天十郎(あま てんじゅうろう)…精悍な顔立ちのイケメン俳優。

真間 塁(まま るい)…夏梅の家で暮らしている僕。

蒲 征貴(かば まさたか)…夏梅の同居人。可愛い童顔に似合わない行動を起こす。

黒川 典文(くろかわ のりふみ)…だてメガネの黒川氏 夫婦で美容室を経営 僕たちのよき先輩。

黒川 日美子(くろかわ ひみこ)…黒川氏の奥さん 幼い頃から夏梅をみている。

積只 吉江(つみた だよしえ)…黒川氏の美容室スタッフ。夏梅と極端に反発しあう。

立花 孝之(たちばな たかゆき)…釣り仲間の先輩。雑誌編集長。

紅谷 和樹(べにや かずき)…メークアップアーティスト。僕らの関係に興味を持つ。

茂呂 鈴里(もろ すずり)…化粧品メーカーの社長。天十郎に固執している。

梶原 美来(かじわら みらい)…天十郎の元カノ。美術館で騒ぎを起こす。

吉岡 修史(よしおか しゅうし)…編集記者。夏梅達の関係を暴露しようとする。

亜麻 日咲(あま にこ)…20歳 別名ニコラッチ

亜麻 禾一(あま かいち)…19歳 早々に結婚して芸能界へ

亜麻 玉実(あま たまみ)…17歳 夏梅二世

亜麻 叶一(あま きょういち)…15歳 全寮制の男子校に通っている。大物

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み