第5話 ミートソーススパゲティ
文字数 2,188文字
「コロナの予防接種、受けた?」
イヴォンヌから電話があった。
「絶対受けに行きなよ! 無料だし、今を逃すと、若い子の接種も始まるから予約が取りにくくなるよ」
ほぼ強制的に予約を入れされられた。
イヴォンヌはコロンビア人だ。ノアの大親友、クリスのお母さんだ。クリスは両親は大金持ち、サッカーの一番強いチームに所属する得点王、ものすごく頭がよく、背も高くてハンサム、なんといっても、性格がいい。どういうわけか、このふたり、幼稚園のころからとても仲がいい。そして、お互いの家を行き来するうちに、私たちも仲良くなった。
予約の日、普段はテレワークをしている旦那が久々に出社したので、子供二人を車に乗せて接種会場に向かったところ、なんと偶然にもハメスに会った。
ハメスはイヴォンヌの甥で、アメリカの大学に通うために弟のハビエルと一緒にイヴォンヌの家に居候しているのだという。ふたりとも背が高く、目が覚めるほどのイケメンで、なんといってもものすごく優しい。
たまたま接種の時間が同じだったので、接種後の待機時間に世間話などをする。ビッキーは昔から男の子の友達が多くて女の子よりも気が合う、と言っていたのだが、普段はとてもおとなしいハメスもビッキーとなら楽しく話せるみたいだった。
家に帰ると、早速、イヴォンヌから電話があった。クリスと二歳年上のイーサンがうちに遊びに来たいという。
この二人がうちに来るときには、必ず食事もセットになっている。二人を車で送ってきたハメスとハビエルに、
「ご飯作るけど、食べたいんだったらここに残るか、後で戻っておいで」
と言ったら、考え込んでいたけれど結局ここに残った。
というのは、イヴォンヌは基本、料理をしない。家の中はいつもぴかぴかに磨かれているのだが、料理は嫌いだという。週五日、ほとんどファーストフードだ。週末は出来合いのものを買ってきてオーブンに入れて、サラダを出しておしまい。
けれども、週末だけでも自分で作るのだから彼女の自炊率は高い方だ。彼女は専業主婦だから別だとしても、ほかの共働きの家は大体、週五日ファーストフードで、週末はレストランに行く、というのがほとんどだ。だから、いくらノアがピザばかり食べたがると言ってもピザをお店で買うのは三か月に一度ほど、後はあたしがトマトソースにこっそり野菜を混ぜ込んで作ったピザソースを使ったピザを焼いているのだから、我ながら優秀だと思う。更に、アメリカ人にとってはポテトチップスは野菜だし、ピザソースはトマトを使っているのだから野菜だ、フライドポテトも野菜だ、というのだから、私のノアの栄養に関する懸念が一笑に付される。
そんな感じだから、うちのノアがお店のピザにあこがれるのと同様、イヴォンヌの子供たちは、私の料理に胃袋をつかまれている。今日はミートソースのスパゲティ。
彼らは家に足を踏み入れるなり、
「いいにおい!」
と、顔をほころばせたが、野菜嫌いの彼らはこのソースの中にどれだけ大量の野菜が入っているかは知る由もない。
合いびき肉一キロと、それと同等かそれ以上の野菜。ニンニク、玉ねぎ、にんじん、セロリ、ピーマン、マッシュルーム。それをフードプロセッサーで細かく粉砕し、トマトと一緒に煮込むのだ。
二時間ほど遊んで、食事の時間になった。イヴォンヌの家には皿がなく、いつも紙皿をつかっている。それを知っているから、イタリアで買ったきれいな絵付きのお皿に盛りつけてやると、子供たちは「わあ」と、歓声を上げた。
食事が始まった。子供六人がダイニングテーブルを囲んでいるので、大人の入る余地はない。キッチンで後片付けをしていると、
「イーサン! フォーク使えよ」
というクリスの声がした。ふと顔をのぞかせて驚いた。十二歳のイーサン、右手にフォークを持ってわずかながらのスパゲティをからませながら、左手でじかにスパゲティをつかんで口に運んでいるのであった。
どうやら、右手のフォークは使っている「振り」で、実際には手で食べるらしい。二人のいとこもぎょっとしたようにイーサンを見て、見なかったふりをするようにうつむきながら食事をしている。
しかし、イーサンはどこ吹く風。左手をソースでべちょべちょにしながらご満悦だ。
それもおそらくこの国の文化の一つなのだろう。というのも、この間、旦那の同僚を食事に招いた。あらかじめ、パスタはマカロニ系の短いやつがいいか、ヌードル系の長いやつがいいか聞いていたのだけれど、彼は「長い方がいい」と答えた。なので、普通に長いスパゲティを作った。
彼は自分の分をお皿に取り分け、フォークの横の部分で丁寧に切り始めた。スパゲティがほぼ、三センチぐらいの長さに切りそろえられたところで、フォークですくって食べ始めた。
自分で実践するかどうかはさておき、なるほど、スパゲティのこんな食べ方もあるのだなあ、と、感心したばかりだ。
おかわりができるように、大皿をテーブルの中央に置いていたのだが、みんな空になった皿を目の前に、物足りなそうにしている。ビッキーが日本語で、
「ママ、取り分けてあげて」
と言った。
「自分でやらせなよ」
「アメリカ人の子、自分で取り分けることができない子、多いんだよね。あたしもだけど」
アメリカ人と関わって二十年。まだ、カルチャーショックに慣れない日々である。
イヴォンヌから電話があった。
「絶対受けに行きなよ! 無料だし、今を逃すと、若い子の接種も始まるから予約が取りにくくなるよ」
ほぼ強制的に予約を入れされられた。
イヴォンヌはコロンビア人だ。ノアの大親友、クリスのお母さんだ。クリスは両親は大金持ち、サッカーの一番強いチームに所属する得点王、ものすごく頭がよく、背も高くてハンサム、なんといっても、性格がいい。どういうわけか、このふたり、幼稚園のころからとても仲がいい。そして、お互いの家を行き来するうちに、私たちも仲良くなった。
予約の日、普段はテレワークをしている旦那が久々に出社したので、子供二人を車に乗せて接種会場に向かったところ、なんと偶然にもハメスに会った。
ハメスはイヴォンヌの甥で、アメリカの大学に通うために弟のハビエルと一緒にイヴォンヌの家に居候しているのだという。ふたりとも背が高く、目が覚めるほどのイケメンで、なんといってもものすごく優しい。
たまたま接種の時間が同じだったので、接種後の待機時間に世間話などをする。ビッキーは昔から男の子の友達が多くて女の子よりも気が合う、と言っていたのだが、普段はとてもおとなしいハメスもビッキーとなら楽しく話せるみたいだった。
家に帰ると、早速、イヴォンヌから電話があった。クリスと二歳年上のイーサンがうちに遊びに来たいという。
この二人がうちに来るときには、必ず食事もセットになっている。二人を車で送ってきたハメスとハビエルに、
「ご飯作るけど、食べたいんだったらここに残るか、後で戻っておいで」
と言ったら、考え込んでいたけれど結局ここに残った。
というのは、イヴォンヌは基本、料理をしない。家の中はいつもぴかぴかに磨かれているのだが、料理は嫌いだという。週五日、ほとんどファーストフードだ。週末は出来合いのものを買ってきてオーブンに入れて、サラダを出しておしまい。
けれども、週末だけでも自分で作るのだから彼女の自炊率は高い方だ。彼女は専業主婦だから別だとしても、ほかの共働きの家は大体、週五日ファーストフードで、週末はレストランに行く、というのがほとんどだ。だから、いくらノアがピザばかり食べたがると言ってもピザをお店で買うのは三か月に一度ほど、後はあたしがトマトソースにこっそり野菜を混ぜ込んで作ったピザソースを使ったピザを焼いているのだから、我ながら優秀だと思う。更に、アメリカ人にとってはポテトチップスは野菜だし、ピザソースはトマトを使っているのだから野菜だ、フライドポテトも野菜だ、というのだから、私のノアの栄養に関する懸念が一笑に付される。
そんな感じだから、うちのノアがお店のピザにあこがれるのと同様、イヴォンヌの子供たちは、私の料理に胃袋をつかまれている。今日はミートソースのスパゲティ。
彼らは家に足を踏み入れるなり、
「いいにおい!」
と、顔をほころばせたが、野菜嫌いの彼らはこのソースの中にどれだけ大量の野菜が入っているかは知る由もない。
合いびき肉一キロと、それと同等かそれ以上の野菜。ニンニク、玉ねぎ、にんじん、セロリ、ピーマン、マッシュルーム。それをフードプロセッサーで細かく粉砕し、トマトと一緒に煮込むのだ。
二時間ほど遊んで、食事の時間になった。イヴォンヌの家には皿がなく、いつも紙皿をつかっている。それを知っているから、イタリアで買ったきれいな絵付きのお皿に盛りつけてやると、子供たちは「わあ」と、歓声を上げた。
食事が始まった。子供六人がダイニングテーブルを囲んでいるので、大人の入る余地はない。キッチンで後片付けをしていると、
「イーサン! フォーク使えよ」
というクリスの声がした。ふと顔をのぞかせて驚いた。十二歳のイーサン、右手にフォークを持ってわずかながらのスパゲティをからませながら、左手でじかにスパゲティをつかんで口に運んでいるのであった。
どうやら、右手のフォークは使っている「振り」で、実際には手で食べるらしい。二人のいとこもぎょっとしたようにイーサンを見て、見なかったふりをするようにうつむきながら食事をしている。
しかし、イーサンはどこ吹く風。左手をソースでべちょべちょにしながらご満悦だ。
それもおそらくこの国の文化の一つなのだろう。というのも、この間、旦那の同僚を食事に招いた。あらかじめ、パスタはマカロニ系の短いやつがいいか、ヌードル系の長いやつがいいか聞いていたのだけれど、彼は「長い方がいい」と答えた。なので、普通に長いスパゲティを作った。
彼は自分の分をお皿に取り分け、フォークの横の部分で丁寧に切り始めた。スパゲティがほぼ、三センチぐらいの長さに切りそろえられたところで、フォークですくって食べ始めた。
自分で実践するかどうかはさておき、なるほど、スパゲティのこんな食べ方もあるのだなあ、と、感心したばかりだ。
おかわりができるように、大皿をテーブルの中央に置いていたのだが、みんな空になった皿を目の前に、物足りなそうにしている。ビッキーが日本語で、
「ママ、取り分けてあげて」
と言った。
「自分でやらせなよ」
「アメリカ人の子、自分で取り分けることができない子、多いんだよね。あたしもだけど」
アメリカ人と関わって二十年。まだ、カルチャーショックに慣れない日々である。
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