第1話 アロス・コン・ガンドゥーラス(南米の豆入り炊き込みご飯)

文字数 1,926文字

 旦那が久しぶりにアロス・コン・ガンドゥーラスを作った。
 これは、旦那の両親からじきじきに教えてもらったレシピで、彼が作れる数少ない料理だ。パエリヤに似た料理で、シーフードの代わりにガンドゥーラス(英語ではピジョンピー。日本語はわからない)という豆をいれ、主な味付けにソフリトという、ニンニクと玉ねぎと、名前は知らないのだけれど南米特産のハバネロに似た風味の辛くないピーマンみたいなものと、ブルーホという種類のオレガノとパクチーをペースト状にしたソースで風味付けする。

 なぜ今日、それを作ったのか。
 長女のビッキーがまた、パニック障害の発作を起こしたからだ。

 うちは旦那がアメリカ軍を数十年勤めあげたあと、オハイオ州に来た。今までずっと人種のるつぼで、転勤の激しい軍人の学校からいきなり、田舎の、ほとんど軍人もいなくて、クラスの九十パーセント以上が白人、という環境に、ラテンの父に日本人の母というマイノリティのサラブレッドが小学校の最終学年である五年生の時に編入させられたのだ。悲惨以外の何物でもない。
 さらに、彼女はとても学校の成績は良かったけれど、スポーツらしいスポーツをさせてあげられなかったこともあり、この、スポーツが盛んな土地で大変つらい思いをした。学校行事で学校に行くたび、みんなが塊になって楽しそうに話す中、一人ぽつんと真っ青な顔で震えていた姿を思い出す度、胸が痛む。
 何度もホームスクールに変えよう、と、本人に言ったものの、「ここで学校に行かなくなったら、一生行けなくなる」と、我慢した挙句、二年後にとうとうパニック障害の発作を起こしたのだった。

 精神科にも通い、ハムスターも飼いはじめ、ようやく元気になったと思ったのに、なぜ十五歳の今になってまた発症したのか。

 クラブ活動である。応援団みたいな感じで、旗を振ったりライフルを飛ばして踊ったりするカラーガードというものに参加した。本当は参加したくなかったけれど、これに出たら体育の授業に出なくても単位をもらえるのだという。
 最初は下痢が止まらず、食欲をなくした。ビッキーが入部した時にはすでに友達グループが出来上がっており、仲間には入れてもらえなかった。グループ同士で陰口をたたき合っていたのも知っていたから、ちょっと遠巻きに見ていた。突き指しても鼻を旗でぶつけて青あざになっても、「我慢しろ」と言われ、とうとう試合の当日に発作を起こした。

「あたし、カラーガードクラブのケイトレンを裁判で訴えてるの」
 もともと、このクラブ活動に参加する前から、友達に言われていたらしい。
「あたしのあることないこと誹謗中傷されたの。あの子、最悪よ」
 ……なぜわかっているのに、そういう子がいるところに自ら近づいていくのか。
「だってほかにやりたいクラブがなかったから」
 確か去年はテニスをやって、コーチからもひどいことを言われ、相手チームからもさんざん意地悪をされたとかで、去年いた子たちがビッキー以外全員やめた。友達がいないんじゃ面白くない、というんでビッキーもテニスをあきらめた。その後でのカラーガードだった。
「じゃあ、諦めて学校の体育の授業出たら?」
 と聞いたら、
「先生はポピュラー(スクールカースト上位者)にひいきして、あたしはそうじゃないから、ポピュラーの子たちに馬鹿にされるだけ。先生もポピュラーじゃない子たちには意地悪だから、それよりはましだと思ったんだけど、もう、学校の授業に出るしかないみたい」
 と、肩を落とした。ちなみに、この田舎でポピュラーになれる子は、幼いころからこの土地に住んでいてみんなと顔なじみの子か、ものすごくスポーツができる子で、そういう子たちは親が先生と友達なのだそうだ。
 速攻、カラーガードをやめさせた。

「アメリカ人の女の子は意地悪だ」
 それは、女の子を持つ母親全員が等しく口にする言葉で、明らかに意地悪な子の親までそういうことを言うから、どうやらビッキーが意地悪されたのも、マイノリティのサラブレッドだから、というわけでもないらしい。
 そこでちょっと安心したのだけれど、彼女の心の痛みが消えるわけではない。
 せめて親が何かできないか、と、女の世界を知らない旦那が、
「ビッキーのために、ガンドゥーラス作るよ」
 と、腕を振るった、というわけだ。
 うちのアロス・コン・ガンドゥーラスは、オリーブとケイパーがたくさん入っている。ソフリトもビンに入っているインスタントではなく、専門店から取り寄せたハーブと野菜の種を、ひと夏かけて育てたものを使用した特別版。豆も缶入りではなく、旦那の実家で育てたものを送ってもらった。

 親は、見守ることしかできない。こんなことしかできない。
 
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