第14話 バースデーディナー

文字数 2,903文字

 ビッキーの唯一ともいえる友達、ジェイドが、誕生日会を開く、と言った。彼女は白人で、美人で、男の子からもよくモテる。中学一年の時に引っ越してきたけれど、カーストの上の方のグループに入っている。一度同じクラスになり、宿題を教えてあげたことがきっかけで仲良くなったという。
 彼女は今年十六歳。今年はスイート・シックスティーン。アメリカでは最大にお祝いする日だ。
 誕生会を開くと言うので、自分のことじゃないのに、胃がキリキリと痛んだ。
 アメリカの若者の現実世界は、びっくりするくらい、映画とかドラマ、そのものだ。
 去年はコロナでダメだったけれど、おととしもジェイドは誕生会を開いた。グループ全員に招待状を出した。来たのは、ビッキーと、近所に住んでいるビルというゲイの男の子、そしてオンラインゲームで知り合った女の子が二人。同じグループの子は一人も来なかった。女の子はお泊り、というわけだったけれど、泊ったのは、ビッキーだけだったという。
「ちょっとあがっていかない?」
 とジェイドのマムが言うのでお邪魔してみた。たくさんの料理とバルーンがいつまでもまだ来ぬ客を待っているみたいで、いたたまれなかった。

 ビッキーが自分の誕生会を開かない、と決めたのは、彼女が五歳の時だった。でも、ほかの人のパーティに誘われたら、必ず出席する。どういうことだかずっとわからずに来たのだけれど、このジェイドのパーティがすべてを物語っている気がした。
「今回、ジェイドは十五人に招待状出したんだよ」
 信じられない、という風に首を横に振った。
「前回なんかさ、呼ばれた一人がその招待状、招待されてない子に見せびらかして、『ジェイドのパーティに行くのよ。あーら、あなた、招待されてないの? ウップス。かわいそうに』と、やったらしいのよ」
「でも、その子も来なかった」
「まあ、来なくてよかったけどね」
 ビッキーは笑った。
「なんで?」
「みんなが来てくれる、というのも必ずしもいいわけじゃないのよ。多くが来れば来るほど、ケンカになる。もしくはグループが三つぐらいに別れて、何の交流もないまま自分のグループ内だけでつるんで、そのままバイバイ。あたしにとっては気まずいけどさ、みんなけっこうふつうでさ。もう、見てる方が心臓ひりひりしちゃうわけよ」
 それが普通なのだというのだから、アメリカ人が強いのもわかる気がする。他人の心情をおもんぱかって行動する日本人が勝てないのは必定、ともいえる。
「すごいのはさ、あの人たち、懲りないんだよね。ひどい時には、招待客誰も来ないんだよ。運よく来てくれても、絶対ケンカになる。それでもパーティをやりたがんの。あたしもさすがに誰も来なかった、って後で聞いたら罪悪感あるから呼ばれたら必ず行くようにはしてんだ。だからといってその後、その子との仲が深まることも、カーストの順位が上がるわけでもないんだけどさ」
 じゃあ行くなや!
 と、言いたいのをぐっとこらえる。
「でもね、こんなのほんと、フツーだから」
「フツーじゃない!」
 というと、ビッキーもはっとしたように口を閉じ、困ったように笑った。
「だってさー、学校のダンスパーティに誘われて、『迎えに行く』って言われたけどすっぽかされたとかさ、ほかの人と行っちゃったとかさ、パーティが終わった翌日に別れを切り出されたりさ、パーティ会場行ったとたん、ほかの人に乗り返られたり、バックレられたり、そういうのふつうだし」
 ……この国の若者の常識には、日本人のおばさんの頭はついていかない。

 今年もおととしと同じく、ビッキーを送っていったら、
「ちょっと上がっていかない?」
 と、ジェイドのマムに言われた。恐ろしいくらいに胸を高鳴らせながら家に上がる。約束の十分遅れで来たのに、来たのはビッキーと、近所に住む、ゲイのビルだけだった。おととし以上の数のバルーンに、食べきれないほどの料理。
 でも。
「オーマイガー! これ、超うまい!」
ビルが歓喜の声を上げた。口のまわりがバーベキューソースでぎとぎとだ。
「これ! すっげえやわらかい!」
 スペアリブを指で持ち上げただけで肉が骨から滑り落ち、ほろほろとやわらかく崩れた。
「それ、昨日の夜からオーブンに入れてたのよ」
ジェイドのママが、ハラペーニョホッパー(ハラペーニョの中にメキシカンチーズを詰めてパンを粉をまぶして揚げたもの)をつまんで、ビールで流し込んだ。いつの間にか、知らない大人の人も来ていて、片手にそれぞれ別の飲み物を持っていた。
 ビルはその指で、ベーコンにまかれた小さなスモークウインナーをつまんで口に入れ、ついでにひき肉をつめて焼いたマッシュルールも自分の皿に取った。
 次から次へと大口を開けて食べ物を流し込むビルを見ていると、こっちも「負けてなるものか」と、なる。十六歳の、身長百八十、体重百キロあろうかという男の子と競ってどうする、と思うけれど、とにかくおいしそうに食べるのだ。
 ウイングにかぶりついたら、皮がパリッと音を立てる。中から肉汁があふれて、皿の上に滴り落ちた。つややかな赤いトマトのサルサに紫色のコーンチップス。
 一通りいただいて、一通り飲んで、一通りしゃべって帰ってきた。

 翌日迎えに行ったら帰りの車の中で、
「もしかしたら、ジェイドの両親、離婚するかもしれないんだって」
 と、ビッキーが言った。意外だった。明るくて話好きのお母さん。楽しいことをたくさんしてくれるお父さん。美人で優しいお姉さん。理想の家族にしか見えないのに。

「あたし、マムが嫌いなんだ。押しつけがましいんだよね。昨日の料理、見た?」
「あ、うん」
「あたしが好きなのは、ダッドが作ったウイングだけだよ。ほかのは、ママが作りたいから作ってるだけ。あたし、マムの料理で一番好きなのは、『エル カステーリャ』っていうレストランで買ってくる『ブリト―』だけだもん」

 ということらしい。しかし、レストランで買ってくる料理を「マムの料理」と分類するのはどうかと思うけれど。
「マムはあたしのため、みたいに言ってるけど、あれは、自分の見栄のためにやってるだけ。多分、ダッドもマムのそういうとこ、きついと思ってるんじゃないかな」
 というのだ。
 多分、お母さんはそういうつもりで作ったんじゃないと思うが。でも。
 押しつけがましい。
 でも、わからないでもない。今年もおととしも、ほとんど招待した人たちは来なかった。私だったら、こんなパーティ開くより、旅行したり、好きなものを買ってあげたいと思う。しかし、ビッキーが子供のころ、いつもママ友から、「今年、ビッキーのパーティどうするの?」と聞かれた。「やらない」というと、「信じらんない!」と、親失格みたいなことを言われる。「そんなこと言ったって、やってあげなきゃだめよ」とか「実際、パーティ開いてくれたら子供は喜ぶものよ」、「親なんだから、やってあげなきゃ」と、言われ、そんなものかな、と、思ってパーティを開く。言った本人は大体来ないけれど、外国人の方々は必ず来てくれる。

 日本人のおばさんは、いまだにカルチャーショック継続中なのである。
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