第13話 チャーハン

文字数 2,551文字

 アメリカ人は、チャーハンが大好きだ。

 私にとってチャーハンは、長い夏休み、母が適当に作るお昼ご飯の定番メニューで、野菜くずと卵と冷やご飯を醤油とかソースとかケチャップなんかで炒めた、あんまりうれしくない食べ物だった。
 もちろん、中華料理屋で食べるとおいしいのだけれど、親も、「焼き飯なんかにお金を払ってもったいない」という感じだったので、あまり食べたことはない。おいしいのだけれど、あんまりありがたくない記憶の方が大きいので、ついつい頼まずに終わってしまう。
 しかし最近ではチャーハン用の調味料なんかも出ていて、家で作っても私以外の家族は大喜びする。色々手をかけて食事を作っても、おにぎりとチャーハンの時だけやけにテンションが上がるようだ。

 そんなわけで、イヴォンヌがパーティをするというのでチャーハンを持って行った。外国生活も長いので、アメリカ人がどんなチャーハンを好むか、というのは、よく知っている。今まで作った中で一番の人気は、細かく切ったベーコンをカリカリになるまで炒め、ベーコンから出た油で小口切りにした大量のネギと、みじん切りの大量のにんにくをそこそこ炒める。卵を投入し、ご飯を投入し、なんらかのブイヨンを加え、最後に焦がし醤油でフィニッシュ、というやつだ。アメリカ人は、とにかく好き嫌いが多い。野菜が少ない、というのが一番のポイントだ。
 その日も私のチャーハンは、ふたを開けた途端、「うわああっ」という、まるでごちそうを見たかのような反応で出迎えられた。
 とくにイヴォンヌのご主人のデトルフは大喜びだ。
 そして、デトルフと言えば、いつ会いに行っても、嫉妬も起こらないほどの金持ち伝説を聞かせてくれる。

 まず、デトルフの今住んでいる家は、買った当時は一億円。アメリカの家はほとんど値段が下がることはない。今は近所に三億クラスの家が建っているので、彼らの家も値段が上がっているはずだ。裏庭は庭園のように美しい、イヴォンヌは正確な数字は教えてくれなかったけれど、「家が一軒建つくらいの値段」をかけて、そのように整備したという。ちなみに、外に置いてある暖炉は、器の天然石だけで三百万。カリフォルニアから運んできたのだという。この暖炉の値段が庭園の総額に含まれているかは不明である。先日も、家の中のペンキの色が飽きた、といって、三百万ほどかけて全部色を塗りなおした。毎月のお庭のお手入れ代は二十万(前は四十万払っていたそうだが、業者を変えて、安くなった、と、喜んでいる)。
 そして、アラバマにもこれと同じクラスの家を持っていて、イヴォンヌの実家のあるコロンビアにも家を持っている。日本で言うところの東京のタワーマンションみたいなものだ。それも、ある日突然、ある筋の人から、「この家を買ったら値段が上がるよ」と言われたので、その場で即決。ただ、二週間後に為替レートが変わるので、イヴォンヌに「来週になるまで支払いをするな」と言った。なのに支払いを伸ばしたくないイヴォンヌが現金で即、支払ってしまった。しかし、二週間後、本当にドルが高くなり、「今払え!」と言ったのに、すでに支払い済み。為替レートで五百万損をした、という。それが約十年前。今は倍以上の価値になっている。イヴォンヌの親族もデトルフに言われてその時にそのマンションを買ったので、今は価値が上がって大喜びだという。
 そして、イヴォンヌの弟の息子が二人、大学に通うというので居候しているのだが、二人とも目の覚めるようなイケメンで、性格も穏やかで、紳士である。彼らはすでに免許を持っているので、家にじっとしているのはかわいそうだと言い、ディーラーに連れて行き、その場で五百万クラスの車を買い与えた。弟のほうが、「時計がない」というので、「ちょっと待ってろ」と近くのモールに行って、スイスの高級腕時計を買い与えた。
 イヴォンヌが、「デトルフに、この間、誕生日プレゼントを一日でなくされた」というので聞いてみたら、どうやら三百万クラスの時計だったらしい。そういうイヴォンヌも片耳数カラット分の大粒サファイアのピアスをなくしてしまい、代わりに最高級エメラルドのピアスとペンダントと指輪のセットを買ってもらえたのだが、いま私たちが住んでいる家と同じくらいの値段だという。
 去年、フロリダの高級住宅地に家を買ったのだが、建物だけで二億(本人は安い買い物ができてよかった、と喜んでいた)、内装のアップグレードと家財道具一式で五千万。……だったのだが、スイミングプールが狭すぎて、家も狭い、というので、一階と二階にキッチンがある家を買いなおした。今は建設中だからわからないけれど、元の家は買った以上の値段で売れて、次の家はおそらく、前の家の倍はする。それも、「なんで買いなおしたの? いい家だったのに」といったら、「たまたま見てたら気に入っちゃったのよ」ということらしい。
 デトルフはドイツの高級車の一番高いやつにすべてのアップグレードを施したものを三年おきに買い替える。イヴォンヌは、アメリカの高級車の一番高いやつのすべてのアップグレードを施したものを二年おきに買い替える。テニスウエアを着たままディーラーに行き、「あの車が欲しいんだけど。フル装備でね」と言ったら、ディーラーに「お前に支払えるのか」とさんざんバカにされた。腹が立ったので隣のディーラーで買った。帰りにその車で最初のディーラーに乗り付け、「これ、今、隣で買ってきたの。現金一括払いでね」と言ってやったという。家が一軒買えるほどの値段の車なものだから、ディーラーは真っ青になったという。
 この間のクリスの誕生パーティーはリゾートホテルで、一泊七万円。招待客は十人。「安い部屋が空いててよかったわ」とのこと。
 とまあ、こんなのは序の口。ほかにも彼らは毎月、聞いたら気絶するほどたくさんのお金を使い、経済を回してくれている。
 そういう人が、あたしの作ったチャーハンを「おいしい、おいしい」と、ほおばるのだ。

 日本の観光業の皆さん。隣の国だけでなく、世界中にはこういう人たちがごろごろしています。そして、こういう人たちは、金に糸目はつけない代わりに日本で最高の経験がしたい、といつも言っていますよ!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み