第11  〇ッキー

文字数 3,174文字

 とうとう、春のサッカーシーズンがやってきた。レクリエーションサッカーなので、うまい下手は関係なく、全員が平等にフィールドに上がることになっている。ノアが得点をする、という期待はすべて捨て、自殺点だけは入れないでくれ、と、祈るのみだ。ノアも九歳になり、ようやく自分がサッカーというスポーツが好きでない、ということに気づいたらしく、今年はシーズン前から、
「やりたくない。絶対ヤダ」
 と、ごねはじめた。早く気づけや! と、怒鳴ってやりたい。
 こっちのシーズンは秋と春の二回あるのだが、秋の時点では、
「サッカー好きだよ。試合の後に、お菓子がもらえるから」
 と言っていたのだ。その時点で「好きなのはサッカーではなくお菓子だ」ということはわかっていたはずなのに、まんまと秋と春、二回分の参加費を支払ってしまった。ただでさえ家にいてゲームばっかりして、最近は妙に太ってきた。どうにか説得して今シーズンだけは無理やり連れて行っている。
 レクリエーションサッカーのいいところは、足が遅くてやる気がないのは、ノアだけはない、ということである。田舎で、楽しいことはほぼほぼないこの土地で、子供が外で運動する理由と言えばスポーツ以外にはない。親もわかっているから、ノアのような子供も何人か参加している。そのうちの何人かは、得点に貢献できないのなら、試合後のお菓子で挽回しよう、と思っているようだった。
 アメリカのいいところは、一人がそうやったら、全員がそうやらなければいけない、という無言の圧力がないところだ。もらったほうも「今日は豪華でラッキー」ぐらいの感覚しかないから、かえってやりやすい。いいお菓子をあげたい人はあげるし、ケチりたい人はとことんケチる。だから、あげたい人たちのお菓子はどんどん豪華になっていく。
 ハノーアーは白人も黒人でもない。ビッキーと同じで、ぱっと見では人種が特定できない。彼はノアと気が合うらしい。ノアほどひどくはないけれど、走るのも練習も好きではない。ボールが来れば蹴るし、シュートできそうだったらするけど、というくらいの熱量で参加している。
 彼のお菓子はいつも豪華だ。一シーズンに一度しかお菓子の担当が回ってこないせいか、気合の入り方が違う。おととしの春はカップケーキとチップスと大きなスポーツドリンク。秋はクッキーとチップスと大きなスポーツドリンク。去年の春はドーナツ二個とスポーツドリンク。
 というわけで、うちもせめて得点できない代わりに子供が喜ぶお菓子はないか、と、考える。
 そこで、〇ッキーをあげることにした。そう。日本人の国民的と言えるほどのお菓子。細長いビスケットに、薄くチョコレートをくぐらせた、あれだ。私も子供のころは大変お世話になった、大変歴史のあるお菓子でもある。
 なにをかくそう、アメリカ人は〇ッキーが好きだ。それも、ちょっと高級感があるんだけど、手が届かないわけではない。特別な時に食べるお菓子、という位置づけだ。去年のハロウイーンも、〇ッキーを配ったら、「あの家で〇ッキースティック(アメリカ人は〇ッキーをこう呼ぶ)配ってるぞ」というのが二時間の間に噂で広まり、どういうわけか隣のハウジングエリアからも子供が押しかけて、最後には足りなくなってかわいそうな思いをさせたくらいだ。

 その日のサッカーのお菓子はうちの担当だったので、せっせと〇ッキーとジュースの用意をしていると、大人たちは何やら少し離れたところで神妙な顔で顔を突き合わせている。

 何のことはない。
 学校の予算に関する住民投票が近づいているからだ。
 とにかく、この住民投票については訳が分からない。ほかのすべてのことと同じく、カオスである。
 どうやら、一度この投票で可決されれば五年間は有効なのだという。けれども、過去四年間否決され続けている。そのせいかわからないけれど、学校のカリキュラムがだんだんお粗末になり始めている。小学校はまだいいのだけれど、中学校、高校になると悲惨を極めている。
 どうやら、この地域の教育費の予算の割り当ては、地域の世帯収入によって違うという。うちは、イヴォンヌたちのような大金持ちもたくさんいる地域なので、
「あんたたち、お金あるんでしょ。だったら予算はいらないね。自分たちでどうにかして」
 というわけで、少ししかお金を割り当ててもらえない。

 特に小学校の学区の人たちは金持ちが多い。なので、公立の小学校なのに、「寄付してください。目標は四百万」と言ったら、三日ぐらいで目標を達成する。高額寄付をした家の子供は、リムジンの送迎つきで、ピザレストランにご招待、という特典まであるのでガンガンに寄付が集まる。けれど、中学校になると学校に通ってくる子供たちの範囲が広がり、そんなにお金持ちでない地域の子たちも含まれる。寄付はほぼ、集まらない。高校はいわずもがなだ。
 ここに最初に来た頃、高校はきれいで、園芸部が育てた花が咲き乱れ、校舎も古いながらきちんと手入れをされていた。今では掃除をしているのはトイレだけで、教室はゴミだらけ、天井の電球は切れたまま、子供が乱闘して壊した壁は穴が開いたまま、部活動はほとんど廃止。なので、委託された人たちが行うクラブ活動にかなりのお金を払って参加し、それをやり遂げれば体育の単位がもらえる。ちなみにビッキーはその活動でパニック障害の発作を起こして挫折し、体育の単位と五万円を無駄にしたのだが。

 そんな状況なのに、高校のPTAが、二年先までの予算をすべて陸上競技の試合のお金につぎ込んでしまった、という噂が駆け巡っている。
「うちらの税金を、なんで教育じゃなくて陸上競技に使うんだ! 断固反対する!」
 というのも、予算割り当ての住民投票が過去四年間、否決され続けている理由になっているという。だったらPTAも疑惑を晴らすために情報を出せばいいのに、情報は非公開のまま、無駄遣いをしていると思われるPTA役員はそのまま弁明することもなく、だんまりを決め込んでいる。そもそも、その噂自体が本当かどうかもわからない。
 しかし、もし、今年の住民投票で否決されれば、いままで無料で走っていた高校のスクールバスが廃止、すべての学校で音楽、体育、芸術の授業が廃止、二百人近い先生が解雇される。それも、勤続年数の浅い人から辞めさせるから、いい先生は残らない。特進コースは全部が廃止、クラブ活動も皆無。となる。学校の修繕費用など捻出されるはずもない。

 学校側も今回こそは可決させなければいけないので、
「可決しても税金は増えません」
 とアピールしているが、「だったらどこから予算を出すんだ」という話になり、「家を買った時の税金が増えるんじゃないか」とか、「消費税が上がるんじゃないか」と、住民は不安を募らせる。そこで今度は、
「いやいや、この予算は二〇一〇年からずっとキープされていて、皆さんが可決してくれれば使えるようになるんですけど、否決されたら全部なくなるんです」
 と言いはじめた。けれども疑心暗鬼になっている住民は、「十年以上も前に取っておいた予算がいまだに手つかずで置いてあることもおかしいし、なんで急にそんなこと言いだしたんだ。裏があるに違いない」と、騒いでいる。その一方で、「可決されないのは、こんな住民投票、くだらない」と思っている住民が多く、投票に行かないから必然的に否決になる、という話もあり、まるで、闇鍋をつついているような状況なのである。

 大人がみんな神妙な顔で住民投票について議論している横で、私は〇ッキーの箱を開けた。子供たちが、
「〇ッキースティックだ!」
 黄色い声をあげて箱に群がる。
 ノアがスコアをしなかった気まずさを、こっちで紛らわせる。
 住民投票は五月四日。
 さて、どうなることやら。
 

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