第４話　トストーネス（プランテーンの揚げ物）

　キッチンから、バーン、バーン、と、家でも壊してるんじゃないかと思われるほどの騒音が聞こえてくる。なんのことはない。旦那がトストーネスを作っているのだ。

　トストーネスはラテン系の食べ物で、プランテーンという、ちょっと大きめのバナナみたいなものを使っている。うちはプエルトリコ系なので、まだ青いプランテーンを使用する。皮をむき、塩水につけ、ぶつ切りにして低温で素揚げし、やわらかくなったところで油から取り出して、バーン、バーンと、平たくして、もう一度ぱりぱりになるまで揚げる。塩をふり、ケチャップなどをつけて食べる。

　うちの旦那がラテン系だ、というと、
「うわー、浮気の心配大変そう」
　という人がいる。
　確かに、女をとっかえひっかえ、というラテン系の男の人は結構多い。でも、そういう人は大概ハンサムでマッチョで背が高い。
　いったい、何を勘違いしているのか。
「その辺は大丈夫。血はラテンだけど、顔は中東系」
　と言うと、
「なに？　義実家、金持ち？」
　たしかに、正規の手続きを経て、自らの意思でアメリカに来て国籍を取得した中東の方々は私たちの想像を絶するほどのお金持ちが多い。
　だから、ちがうのだ。ラテン系だけど顔が中東なだけで、本物の中東の人ではない。というと最後に、
「ああ、移民ね」
　となる。
　そうじゃない。アメリカ生まれのラテン系のアメリカ人で、顔が中東の人に似ている、というだけだ。

　こんなことがあった。
　結婚前、一緒にエジプトに旅行した。アメリカ人のツアーに入っていたのだけれど、市内観光の時にいきなり露店の人から声を掛けられ、拉致されてどこかに連れ去られた。ガイドが驚いて後を追いかけると、露店の人が、
「おまえ、なんでアメリカ人のツアーなんかに参加してんだ。おまえのツアーはさっき通りかかったぞ。今なら間に合う、ほら、あっちだ」
　といって、親切にもエジプト人のツアーのほうに連れて行かれ、無理やり観光バスに乗せられそうになっていたのだという。ガイドから「この人はアメリカ人だ」と言われても「何言ってんだ、こいつのどこがアメリカ人だ。エジプト人にしか見えないだろ」と、信用しなかったらしいけれど、十数分後、頭に布を巻かれて、現地の人化して戻ってきた。

　その旅行の帰りのことだ。彼は当時オランダに住んでいた。私はまだ日本に住んでいた。ヒースローの乗り換えで、彼のほうが飛行機が早かったので、ゲートに入り、手荷物検査を受けている彼を見送っていたら、いきなり数人の警察官に取り囲まれて、どこかに連れていかれてしまった。後で聞いたら、テロの首謀者を探していたとかで、なにをかくそう、犯人だと疑われて拘束されていた。運の悪いことに、彼の名前はテロリスト界隈ではかなりよくある名前なのだそうだ。

　結婚した時、一度アメリカに戻ってきたときに、私のグリーンカードの申請用紙を持って空港を歩いていたら、係員にじろっとにらまれ、
「移民はあっち！」
　と、ひどく威張られて、
「移民じゃない！　アメリカ人だ！」
　と言い、
「あんたまだアメリカ人じゃない！」
　と口論になったこともある。（もちろん、アメリカ人である）

　そのあと同時多発テロが起こって、軍に勤務していた旦那は、アフガニスタンに駐屯した。六か月の駐屯後、軍の制服を着て民間機でほかの軍人と一緒にもどってきたら、ニューワークの空港で六時間も拘束された。偽造パスポートと偽ＩⅮで入国しようとしたテロリストと間違えられたのだ。

　挙句の果てには、私の家族を連れて日本からアメリカに入国した時も、日本人である私の家族三人と私と子供たちはするっと入国できたのに、なぜかアメリカ国籍を持つうちの旦那だけ、また空港で拘束された。もちろん、疑いはテロリスト。

　ビッキーが一年生の時のハロウイーンでは、ビッキーがこともあろうかアラジンのジャスミンの衣装を着たので、旦那はアラビアンプリンス風の衣装を着てしまい、その日だけで職質三回。

　枚挙にいとまがない。

　最近、拘束されることがなくなった、と思ったら、同じパスポート保持者は四回拘束されて無実が証明されたら次からはようやく容疑が解けるのだそうだ。その間に、一体何度、本物のテロが起こったことか。

　ようやく、バーン、バーン、という音がおさまり、揚げ物のにおいが漂ってきた。
　トストーネスはカロリー爆弾だ。外側はカリッとしていて中はほくほくした感じもある。特徴的な味はない。かすかにまだ青いバナナの香りが鼻に抜ける程度。噛んでいくうちにわずかにねっとりとしたあのバナナの感じがあり、飲み込んだ後に残るかすかな酸味。どうというわけでもない味なのに、ついつい続けて食べてしまう。一緒にラムコークなんか飲んでしまった日には翌日から一週間ほどは、恐ろしくて体重計には乗れない。