1-12. クリーム王子

文字数 1,709文字

 ほどなくしてオディーヌが現れる。
「レオにシアン、来てくれてありがとう」
 オディーヌはニッコリと微笑む。
「いえいえ、お招きありがとうございます」
 レオがそう言うと、シアンは、
「これ食べていい?」
 と、さっそく食い意地を優先させた。
「も、もちろん、どうぞ」
 引き気味のオディーヌ。
「どれにしようかなぁ……」
 そう言いながらシアンは、取り皿にいろんな種類のケーキを山盛りに盛った。
「いただきまーす!」
 そう言うとフォークで刺してパクパクと食べ始めた。そして、
「うま~っ!」
 と、目をつぶり、幸せそうな表情を浮かべる。
 その豪快な食べっぷりにレオもオディーヌも圧倒された。
「あれ? 食べないの?」
 シアンは口の周りにクリームをつけたままレオに聞く。
「た、食べるよ」
 苦笑いするレオ。
 レオは小さなショートケーキを一つとって食べ、
「うわっ! すごい美味しいね!」
 と、言って笑った。
「どうぞたくさん召し上がれ」
 オディーヌはうれしそうに言う。

     ◇

 ガチャ!

 いきなりドアが開いた。
 豪奢な装飾が施された服を身にまとった若い男が入ってくる。
「お、お兄様! どうされたんですか?」
 オディーヌは驚く。王子が来るなんて話は聞いていなかったのだ。

 王子は仏頂面で室内を見回し、ケーキをパクついているシアンを見ると、近づいた。

「おい、お前だな。怪しい魔法を使う魔女というのは?」
 王子は顔をのぞき込むようにして言った。
 シアンはチラッと王子を見て、
「僕は魔女じゃないよ、シアンだよ」
 そう言うと、王子を無視してフォークでケーキを刺して食べようとした。

「無礼者!」
 王子はフォークのケーキをはたき落とした。
 点々と床を転がるケーキ。

 凍り付くレオとオディーヌ……。
 二人にとって超人的な力を持つシアンを怒らせることは、もはや恐怖でしかなかった。

 シアンは、バン! とテーブルを叩きながら立ち上がる。
 ティーカップが転がり、紅茶がポタポタとテーブルからしたたった。

 そしてシアンは全身からブワッと漆黒のオーラを噴き出すと、燃えるような紅蓮の瞳を輝かせ王子をにらんだ。
 王子は気圧され、後ずさりし、腰の剣に手をかけながら(わめ)く。
「な、なにをする気だ! 俺は王位継承順位一位の王族だぞ! 不敬罪だ! 犯罪だ!」

 しかし、シアンは怒りをあらわにしながらフォークを王子に突きつけ、にじり寄る。

 オディーヌは立ち上がって叫んだ。
「お兄様! ダメ! 彼女は王族とか法律とか超えた存在なの。謝って!」
 シアンの漆黒のオーラが部屋中を暴れまわり、カーテンがバタバタと暴れ、花瓶が倒れた。
「あ、謝るだと! なぜ俺が謝らねばならんのだ! ふざけんな!」
 テンパった王子はそう言うと剣を抜く。
 しかし、シアンは表情一つ変えず真紅に瞳を輝かせながら王子に迫る。王子は気圧され後ずさりしたが、部屋の隅に追い詰められ、
「くっ! 無礼者め!」
 そう言うとシアンに斬りかかった。
 王子の剣は鋭い軌道を描いて一瞬でシアンに迫る。だが、シアンは表情一つ変えることなく、指先で持ったフォークでこともなげに受け止めた。
「へっ!?」
 焦る王子。
 シアンはもう片方の手を転がってるショートケーキの方にむけると、ふわりと浮き上がらせる。そして次の瞬間、ケーキが王子の顔に向かってすっ飛んでいき、パンッ! と顔面をクリームだらけにして王子を吹き飛ばした。
「ぐはぁ!」
 無様に転がる王子。
 そしてそれを、仁王立ちしながら見下ろすシアン。
 レオもオディーヌもあまりの事に言葉を失っていた。

 王子はゆっくりと起き上がり、顔のクリームをハンカチで拭きながら喚く。
「き、貴様、俺にこんなことしてただで済むと思ってんのか?」
「食べ物を粗末にしちゃダメって教わらなかったの?」
 シアンは王子をにらんで言った。
「ケーキ一つで大げさな!」
「ふぅん、あんたケーキ作れるの?」
「えっ!? お、俺はケーキ作るのが仕事じゃないし……」
「できないのね? なら謝りなさい! ケーキに、作ってくれたパティシエに!」
 王子は反論できずプルプルと震え、
「ふざけんな! 覚えてろよ!」
 そう喚くと部屋を飛び出していった。
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