2-5. 静謐な神殿

文字数 1,968文字

 レオは樽を持って出てきたシアンを見ると、
「えっ? まだ飲むの?」
 と、あきれたように言った。
「二次会だよ二次会!」
 うれしそうに答えるシアンは、戻ってくるレヴィアを見つけると、
「レヴィア! お前んち行くぞ!」
 と、声をかけた。
「へっ!? う、うちですか?」
「お前、いい所住んでるんだろ? 招待しておくれ」
 ニコニコしながらシアンは言った。
「う、うち、何もないですよ?」
 レヴィアは冷や汗をかき、両手のひらをブンブンと振りながら答えた。
「えーと、宮崎ね……」
 シアンはレヴィアの言うことをスルーし、目をつぶって何かをやっている。
「あー、分かった、分かりました! ちゃんとご招待します!」
 レヴィアが焦って言う。
「え? もう魔法陣展開しちゃったよ?」
「その魔法陣にうちの神殿耐えられないのでやめてください!」
 レヴィアは泣きそうになりながらシアンに手を合わせる。
「え? 入り口作ろうと思っただけなんだけど?」
「いや、その魔法陣だと山ごと吹き飛ぶので本当にやめてください」
 そう言ってレヴィアは指先を空中でスッと動かして空間の裂け目を作ると、両手でグッと広げた。
「シアン様、どうぞ」
 するとシアンは
「樽が入んないよ!」
 そう言ってピンク色の大きな魔法陣をブワッと展開し、そのまま空間の裂け目を巨大な丸い穴としてぶち抜いた。そして、レオ達の方を見て、
「はい、二次会に行くよ~!」
 と言いながら穴を通って行った。レオ達もシアンに続いて行く。

 レヴィアは、
「これ……、どうやって閉じるのかのう……」
 と、ポッカリと開いた穴を不思議そうに眺めた。

     ◇

 穴の向こうは神殿だった。鍾乳洞のような巨大な地下の空間に作られた神殿は、純白でグレーの筋が優美に走る大理石で全面埋め尽くされており、静謐(せいひつ)で神聖な雰囲気に満ちていた。周囲には幻獣をかたどった大理石の像が配され、ランプの揺れる炎が陰影を浮かび上がらせている。

「うわぁ! すごぉい!」
 レオがそう言って感激していると、オディーヌは
「ねぇ、あっちの方に明かりが見えるわ!」
 そう言ってレオの手を引っ張って行った。
 神殿の出口の先は洞窟になっていて、少し行くと茜色の夕焼け空が見えてきた。外に繋がっていたのだ。しかし、洞窟の出口は断崖絶壁となっていて、下には湯気を上げる火口湖があり、ほのかに硫黄の匂いがする。神殿は火山の火口の脇に作られていたのだった。
 茜色から群青(ぐんじょう)色にグラデーションを描く空には宵の明星が明るく光り、静かな夜の訪れを彩っていた。
 オディーヌは瞳に夕焼け空を映しながら言った。
「ねぇ、国づくりが失敗したらこの星が消されるって本当……なの?」
「うん、勝手に決めちゃってごめんね」
「それって、私もみんなも全員死んじゃう……ってことだよね?」
「そうなると思う」
「責任重大だわね……」
 オディーヌは天を仰いで大きく息を吐く。
「ゴメンね。でも、逆にだからこそうまくいくと思っているんだ」
「え?」
「だって、この星の人全員が協力せざるを得なくなったんだよ?」
 レオはそう言ってニヤッと笑う。
「そ、そうなるわ……ね」
「レヴィア様も本気にならざるを得なくなったもん」
「確かに……」
「そして、『貧困のない世界』にして困る人なんて誰もいないはずだよね?」
「お金持ちは困るかも?」
「それは困ってもらっていいんじゃない?」
 レオはニコニコしながら言った。
 オディーヌはちょっと複雑な表情をしながら、
「王族としてはそこはあまり肯定したくないけど……、でも、父も、貴族のみんなもあまり幸せそうじゃないのよね……。あんなに財宝持ってるのに」
「え? あんなに毎日ぜいたくしてるのに?」
「ぜいたくなんてすぐに慣れちゃうのよ。しきたりにマナーに権力争い……、みんなウンザリしているわ」
「もっと格差をなくした方がいい、ってことじゃないかな?」
「本当はそうだわ。でも、一度得たものを失う恐怖は強烈なの。貴族は私たちの挑戦を全力で妨害するでしょうね……」
「でも、失敗したら滅ぼされちゃうから、協力せざるを得ないんじゃないかな?」
「んー、総論としてはそうなんだけどね、ずるがしこいのよ? 奴らは」
「うーん、その辺は外務大臣にお願い……させて」
「ふぅ、まぁ、仕方ない……わよね……」
 オディーヌは渋い顔をして肩をすくめた。
「僕はね、お金も権力も要らないんだ。ただ、みんなに笑顔でいて欲しいだけなんだ」
 レオはまっすぐな瞳でオディーヌを見た。
「みんなが笑顔……。確かにそうね。レオが言うことは正しいわ。後はそれをどう実現するか……ね」
「多分、世界には頭いい人いっぱいいるんだから、そういう人たちの知恵を集めたら何とかなるよ」
 レオはそう言って屈託のない顔で笑った。
「……、そうね」
 オディーヌは大きく息をつくと、静かにそう答えた。
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