第46話 珊瑚礁でハプニング ~美し過ぎて計画ミス~

文字数 2,193文字

心を奪われるという言葉がある。
あまりの美しさに心を奪われ思わぬ事態を招くこともある。

ケアンズでのこと。
ここは美しいグレートバリアリーフの入り口、海のアトラクションが盛んな街。
この海での一番のアトラクションは何と言ってもシュノーケリング。
シュノーケリングではJ字型の呼吸菅を使い海面に顔をつけ海の中を眺める。
ダイビングとは異なり講習も無く、誰でも安全お手軽に海中観察が楽しめる。
オーストラリアの旅も残りあとわずか。ここで思いっきり楽しみたい。
――何をしようか……
「やっぱシュノーケリングだろ」広沢が言った。
「そうだな」私も即答。すでにワクワクがとまらない。
私たちはシュノーケリング・ツアーに参加することに決めた。
沖合にあるポントゥーンと呼ばれる浮き桟橋までクルーズ船で行き、そこを拠点にシュノーケリングはおこなわれる。
ポントゥーン浮き桟橋の周囲の海は大きく頑丈な網で囲まれている。
これはサメの侵入を防ぐ為のもの。
この網のおかげで安心して沖合でシュノーケリングが楽しめる。
ツアー参加者たちがスタッフから「呼吸菅」「足ヒレ」「救命具」を受け取り、船から浮き桟橋へと降りていく。
私は泳ぎには自信があったので「救命具」は受け取らなかった。
(ところが、これがとんでもない事態を引き起こすことになる)
せっかくの美しい海であれば、しっかり深く潜り海中を観察したい。
救命具を着けると強制的に身体が浮いてしまい、海中に潜ることができない。
それゆえ救命具を受け取らなかったわけである。
浮き桟橋に降り立つと、すでに参加者たちがぷかぷかと海に浮かび、海面に顔を浸し海中を覗き込んでいる。
皆は救命具をつけているので身体が完全に海面に浮いている。
私は浮き桟橋から海面へ、ドボン、と飛び込むと、一旦、立ち泳ぎで体勢を整え、そこから腰を折り勢いよく一気に海中に潜った。
救命具を着けていないので、海の中をぐんぐんと深く潜っていける。
十分な深さまで潜り、そこで辺りを見渡した。
すると、なんと!全身に衝撃が走った!
――う、美しい……
言葉を失うほどの美しさ。思わず目を瞠る。
透明な美しい水中、色彩鮮やかな珊瑚を背景に、色とりどりの魚たちが、目の前を行き来する。手を伸ばせば、美しい魚たちに触れられそうだ。
なんとも龍宮城のような世界が現実の海の中に広がっている。
そのあまりの美しさに、ぼ~~っ、と見惚れていた。
この時、私は不思議な感覚に陥った。
信じがたいことだが、その美しさに見惚れるあまり、自分が海の中にいることすら忘れてしまうのである。
心を奪われるとは、こういうことを言うのだろう。
ところが、ここでまたもや思いもよらぬ……
――ハプニング!
今回はなんと!海の中である!
美しい珊瑚や魚たちに見惚れていた私は、ふと、気がついた。
「あ、いけねぇ、ここ海の中だ……」
見事に自分が海の中にいることを忘れてしまっていた。
少しばかり海中に長く居過ぎた。すると、当然、息が苦しくなってくる。
「やべ、そろそろ浮上しなくては……」
酸素が無くなってきた。急いで浮上。頭上には海面が見えている。
ところが、ここでとんでもないことが起きた……
――うぐっ……!
完全に息が足らない!めちゃくちゃ焦る!
「(うおおおっ!酸素がない!くそやべえぇええ!)」
めちゃくちゃ苦しい!手足の力も抜けてきた!
それでも懸命に海面目指して浮上する!
がんばれ!あと少しだ!あと少しで海面から顔を出せる!
――ザッパァーン!
ハァー、ハァー、ゼェー、ゼェー、ハァー、ハァー……
なんとか海面に辿り着き、急いで息をした。
「マジで、ヤバかった……」
これは本当に危なかった。ヤバかった。
あやうく美しいオーストラリアの海の藻屑となるところであった。
ことの真相はこうである。
あまりの海中の美しさに心を奪われ見惚れてしまい、酸素を使い果たしてしまった。
勿論、浮上するにも時間が掛かり、その為の酸素も必要となる。
ところが、私は「浮上する時間を計算に入れるのを忘れていた」のである。
完全に……
――計算ミス!
「俺はバカなの?バカなのか?浮上の時間も計算に入れておけよ!」
と、思ったが……
――あまりの美しさに海中にいることを忘れてしまったとは!
それほどまでに美しい海ということである。
ちょっと面白い体験ができ笑いが込み上げてきた。
その後は浮上の時間も考慮しつつ、海中世界を十分楽しんだ。
終了時間となり、浮き桟橋に上がり、足ヒレを取り、クルーズ船に戻った。
「すごく綺麗だったな」広沢が感動の面持ちで言う。
「そ、そうだな。本当に!」私も含みのある言葉で同意。
この海中でのハプニングは恥ずかしかったので広沢には黙っておいた。
これまでの人生で一番美しいと感じた景色がこのオーストラリアの海中。
これもまた、とても良い思い出となった。(苦しかったけど)

海中にいることすら忘れ見惚れるほどの美しい世界。
地球にはこれほどまでの驚愕の絶景があるものだと知った。
そうである。

――じつのところ誰の人生にも「まだ見ぬ驚愕の絶景」が無限にある

旅はそれを私たちに教えてくれるのである。

次回、私たちはオーストラリアの豪華料理を食べる夢が叶うこととなる。

【旅のワンポイントアドバイス46】
美しい海に潜る時は「浮上する時間」も計算に入れておく。そうすることで、十分の酸素を確保し安心して楽しく、海の中に広がる龍宮城の世界を堪能することができる。


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