エンドロールに添えて……
文字数 5,191文字
──それぞれのエピローグ…──
【エリン2世 (エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン)】
ベイアトリスでの戴冠の3年後、カール=ヨーアン・イェールオースと結婚。国母として3人の皇子と1人の皇女をもうける。
帝政ミュローン=ベイアトリス・エストリスセン朝としては最後の皇帝。彼女の子『カール=ヨーアン3世』の代よりベイアトリス王国=帝政ミュローンはエストリスセン=イェールオース朝となる。
彼女の治世は20年に及ぶ〝内戦〟とそれに続く〝地球帝国との闘い〟という戦乱の時代の幕開きであったが、その中で星系自治権を拡充し議会の権限の保護に努めた。
【ツナミ・タカユキ】
王立航宙軍勅任艦長宙佐として軍歴を再開。
王立航宙軍〝戦列一番艦〟〈カシハラⅡ〉の艦長として戦乱の
帝政ミュローンにおける最年少での艦長であり艦長名簿の筆頭の立場を終身保持した。(勅任艦長に退役はないため。)
【ミシマ・ユウ】
王立航宙軍軍令部附き参謀として軍歴を再開。
ベイアトリス国籍を得てオオヤシマを離れた後は、新たにミュローンの家門たる〝ベイアトリス・ミシマ家〟(〝オオヤシマ・ミシマ家〟に対しこう呼ばれる)を開く。しかしながら彼自身は生涯独身を通した。
戦乱の
独身を貫いたミシマ・ユウが子を残さなかったためベイアトリス・ミシマ家は一時断絶となったが、9年後、『エリン2世』の実子、第3皇子コンラード・ヨルゲンを養子に迎えることで再興された。女王の強い意向であったという。なお、その際に女王より下賜された〝銀時計〟がベイアトリス・ミシマ家の家宝となっている。
この後ベイアトリス・ミシマ家は、皇帝家に連なる帝政ミュローンの名家として、また〝皇女〟の身位を保持し得る特別な家として、永くベイアトリスを支えていくこととなる。
【アマハ・シホ】
彼女は軍歴を再開せずに王立航宙軍を退役した。
その後、エリン2世の
【ハヤミ・イツキ】
王立航宙軍上席宙尉として軍歴を再開。
以降、戦乱の
【クリハラ・トウコ】
王立航宙軍上席宙尉として軍歴を再開。
個艦戦術の
シンジョウ・コトミとの友誼は死ぬまで続き、コトミの2人目の娘の名付け親は彼女である。
【シンジョウ・コトミ】
星系同盟航宙軍の軍籍に復帰。数年の地上勤務の後に除隊する。
親友クリハラ・トウコとの友誼はその死まで続いた。
【クゼ・ダイゴ】
王立航宙軍上席宙尉として軍歴を再開。
カシハラⅡをはじめ多くの新鋭主力艦の機関長を務めた後、機関学校の教官として後進の指導に当たった。
【マシバ・ユウイチ】
王立航宙軍上席宙尉として軍歴を再開。
後、王立技術院に出向となり最終的には王立航宙軍を退役し、科学局次長となっている。
キンバリー・コーウェルとのその後は、三度の結婚と離婚を繰り返した後、四度目の再婚でようやく落ち着いている。実子はおらず、三人の養子のうちの一人が家を継ぐこととなった。
【コウサカ・マサミ】
王立航宙軍宙尉として
ほどなく退役し民間航宙船の船長となるも〝内戦〟の激化により応召、軍務に復す。最終階級は宙佐。
【シュドウ・ナツミ】
王立航宙軍宙尉として
キャリアコースを辿り10年後には巡航艦の第一副長(上席宙尉)となっている。いずれは有力艦の艦長とも噂されるが、本人はごく普通の結婚生活に憧れている模様である。
【ユウキ・シンイチ】
戦闘機動機兵器学校にて再教育を受けた後に戦術機動機
〝内戦〟における公認撃墜数14機は当時の両陣営を合せた
【タカハシ・ジュンヤ】
王立航宙軍宙尉として
〝内戦〟を生き残った後、退役。最終階級は宙佐。その後に一般人と結婚。四人の子の父となる。
【ジングウジ・タツカ】
王立航宙軍宙尉として軍歴を再開するも、艦隊勤務には就かず
ハヤミ・イツキと一時交際し一児を得るが、結局、入籍することなくシングルマザーとして育て上げている。
【ミナミハラ・ヨウ】
王立航宙軍宙尉として
その後〝内戦〟をいくつかの航宙艦にて防空管制士、砲術長、戦術長として戦歴を重ねる。
【シノノメ・サクラコ】
王立航宙軍宙尉として
数年後、アデイン連邦へ外交武官として赴任、そこでアデイン貴族のコンドラート・サーヴィチ・ベルディフに見初められ結婚、航宙軍を退役する。現在は幸福な玉の輿生活を送っている。
【イチノセ・アヤ】
軍歴を再開せず王立航宙軍を退役。ミナミハラ・ヨウの兄、コウと結婚し、ミナミハラ・アヤとなる。三児の母。
後に〝内戦〟の被害者、特に戦災孤児への支援活動を行う
【イセ・シオリ】
王立航宙軍宙尉として軍歴を再開するも、妊娠していることが判り退役する。出産後、父親はフレデリック・クレーク シング=ポラス邦議会議員であることが議員自身の口から公表され、議員からの
【オダ・ユキオ】
カシハラ離艦後はオオヤシマ防衛庁の技官職に復帰。
定年退官後、カシハラ号の航宙について回想録『星の海原』を記す。カシハラで得たラシッド・シラとの親交は生涯に亘るものとなった。
【ソウダ・シュンスケ】
カシハラ離艦後はオオヤシマ防衛庁の技官職に復帰。
その後任意退官し、軍用の艦載艤装を手掛ける会社を設立、成功を収める。
【キミヅカ・サチ】
カシハラ離艦後はオオヤシマ防衛庁の技官職に復帰。
二年後に職場の同僚と婚約し寿退官。結婚後、二児の母になる。
【ラシッド・シラ】
カシハラ離艦後はシング=ポラスに戻り開業医を再開。〝内戦〟の激化により応召、
【ガブリロ・ブラム】
エリン2世のベイアトリス帰還と〝事変〟の収束に法務官として尽力。
星域法の権威とされ、後に大法官・国璽尚書に二度任命されている。
後年、エリン2世暗殺未遂事件の際の対応により剛毅な人物との印象を持たれているが、当人と実際に接した者は皆一様にその線の細さに驚かされたという。
生涯独身であった。
【メイリー・ジェンキンス】
ベイアトリスでの〝事変〟の収束の後、故郷クリュセに帰国。父ミカエレの偽善と政治的犯罪行為を指弾して決別することとなる。一年後、
翌四八八年のクリュセ邦議会議員選に
このときには過激な政治活動家に銃撃され夫ヨウが重体となる事件が起きている。いくつかの記録映像等で気丈に振舞う彼女の姿を確認することができるが、動揺し憔悴した妻を励ましたのは他ならぬヨウ本人であったという。
最終的には帝政議会に活動の場を移し、エリン2世の治世の中、中道左派の代表として三度の内閣を組閣している。
子はおらず、養子を二人迎えている。
【キンバリー・コーウェル】
ベイアトリスでの〝事変〟の収束の後、テルマセク工科大学に一時戻り、その後、王立技術院客員研究員となっている。
老朽化の著しかった帝都ベイアトリスの
【ベッテ・ウルリーカ・セーデルブラード】
ベイアトリスでの〝事変〟の収束の後、女官としてエリン2世に仕える。
明るく快活で、出自に拘泥の無い彼女は誰からも好かれたという。
彼女の宮廷における立場は、非公式なその称号──〝女王陛下の義妹君〟──からも読み取れるよう、別格であった。
6年間女王に仕え、その後『チェキ伯爵夫人』の称号を賜り懐かしき〝
彼の地で総督となっていたビダル・クストディオ・ララ=ゴドィと再会、晴れてベッテ・ウルリーカ・チェキ=ララ=ゴドィを名乗ることになる。余談であるが〝女王陛下の義妹君〟として国民的な人気のあった彼女との結婚に逡巡する
子は男児1人である。
【フレデリック・クレーク】
エリン2世のベイアトリス帰還と〝事変〟の収束に尽力後、シング=ポラスに戻る。その年に邦議会議員を辞し、翌年の同星系選出の帝政議会代議員選に出馬、帝政議員となる。
政治的
妻は元HMSカシハラの乗組員イセ・シオリで、彼女との間に二男三女がいる。
【マシュー・バートレット】
エリン2世のベイアトリス帰還と〝事変〟の収束を記録し、その翌年の『タールフェルト賞』──星域の報道機関の互選による最も権威ある賞──を受賞する。
その後はエデル=アデン星域で最も著名なジャーナリストとなり多くの著作を残す。代表的な著作は『ミュローンの黄昏』『皇女の銀時計~ミシマ家の物語』『正義の中の嘘』。
死後、彼が〝当時〟の帝国宇宙軍情報本部と星系同盟情報局の双方と繋がりを持ち、それぞれの政治的な思惑の元に働いていたことが判明している。
〝
『ヴィスビュー星系辺縁の戦い』で大破し、
当初はアカシ基地軌道内に重力懸垂され解体を待つものとされたが、篤志家による保存運動が起こると静態保存さることとなった。後に、アカシの破棄・解体に伴いシング=ポラス星系テルマセク大桟橋に回航、記念碑として公開され、現在でもその姿を見ることができる。
エリン2世の旗のもとでカシハラを操艦した元候補生18名は叙爵され、一代限りの
そのうち『ミシマ』『ツナミ』『マシバ=コーウェル』『ユウキ』の四家は功績を重ね、世襲を認められたミュローンとなっている。
── 終 ──