第11話(後) 〝否定はしません〟 ……そう言いました

文字数 5,779文字

登場人物
・メイリー・ジェンキンス:
 シング=ポラス自治大学の学生、19歳、女、革命政治家の娘

・"キム" キンバリー・コーウェル:
 テルマセク工科大学の学生、17歳、女、ハッカーの才能有
・アンナマリー・ムーフォゥ:
 メイリーの私設警護、26歳、褐色の肌のナイスバディ

・ミナミハラ・ヨウ: 宙兵78期 卒業席次17番、戦術科、24歳、男
・ツナミ・タカユキ: 同席次2番、戦術科戦術長補、22歳、男、艦長代理
・アマハ・シホ: 宙兵78期 卒業席次3番、主計長補、26歳、女、姐御肌

・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:
 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女

・ミシマ・ユウ: 宙兵78期 卒業席次1番、船務科船務長補、22歳、男

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6月6日 1530時 【航宙軍艦カシハラ/実習員講堂】

 メイリー・ジェンキンスは軍艦の大きな部屋の壁際に座り込んでいた。
 あのこと──大桟橋からの搭乗橋(ボーディング・ブリッジ)強制切離(パージ)──からもう随分と時間が経っているのだが、メイリーはあの瞬間に見たアンナマリーとアルレット、イラーリ姉弟の姿が脳裏から離れないでいる。
 11人でテルマセクから宇宙港に上がったのに、宇宙船に乗れたのは半分の6人だった……。

「──メイリー…………」
 キンバリー(キム)・コーウェルから遠慮がちなその声と共に紙製の食器(トレイ)を差し出されても、メイリーはそれを受け取ることが出来なかった。
 食欲はなかったし、今は誰とも話したくない。
 目線を上げることも出来なかった。
 メイリーが俯いたまま黙って顔を横に振ると、キムはそれ以上何も言わずにそっとトレイを置いてその場を移動していった。
 半瞬の後にメイリーが目線を上げると、キムは赤ちゃんをあやすレイチェル・ヴォーセルの許へと新しいトレイを届けようというところだった。
 そんなキムの背中に、メイリーはそっと心の中で謝る。
 
 ──ごめんね、キム……。あなただって辛いのに……
 それからこうも思っている。
 こんな時に、アンナマリーが居てくれたら……
 彼女の浅黒いキュートな顔が、〝You're welcome.(どういたしまして)〟──そう言って笑うのを思い描く。
 でも、そんな彼女はもういない。

 メイリーはぼんやりと頭を巡らし、部屋の中を見遣る。
 見覚えのある女性士官が避難民の間を行き来していた。
 メイリーは意を決するとのろのろと立ち上がり、近付いていった──。


6月6日 1545時 【航宙軍艦カシハラ/士官次室(ガンルーム)

「あの──」
 メイリーが声を掛けると、視界の中で航宙軍士官の青い制服の背がゆっくりと振り返った。
 目が合うと彼の目はハッキリと狼狽し、強張った表情(かお)になってメイリーを見返した。
 それから彼──あのときエアロックで、彼女の目の前で搭乗橋のパージの操作をしたあの士官だ──はメイリーの方に向き直ると、緊張の面差しで姿勢を正した。
「…──何でしょうか?」

 *

 少し前にメイリーは、避難民に解放された実習員講堂(へや)に居た女性士官──あの時のエアロックで誰彼となく航宙軍の軍人を責め立てていたメイリーを(なだ)めてくれた彼女──イチノセ・アヤ准尉に謝罪をしていた。
 優しい笑顔の彼女(アヤ)はすぐに受け入れてくれたのだが、あの場にいたもう一人にも謝りたいと伝えたところ、彼ならこの部屋にいるはずだと教えられたのだった。
 それでメイリーは、士官次室(ガンルーム)の窓際に一人立っていた彼──ミナミハラ・ヨウ准尉──に近づいたのだった。

 *

 ミナミハラ准尉は、メイリーを警戒するように重い口を開いた。
「何でしょうか?」
 メイリーはそんな彼の顔を見上げると、おずおずと言葉を続けた。
「先程は……大変失礼しました。感情的になってしまって……」
 素直に頭を下げる。

 あのとき──大桟橋から搭乗橋をパージして離岸し(はなれ)たとき……、皆がそれぞれの立場でやるべきこと、やらなければならなかったことに、戸惑いながらも精一杯に取り組んでいたときに、自分の採った行動は何とも感情的で恥ずかしいものだったと、いまはメイリーも思っている。
 誰の責任というのでもないのに、あんな(ヽヽヽ)こと──〝人殺し〟と言ってしまうなんて……。

「……ひどいことを言いました。本当に ──ごめんなさい」
「あ、いえ… その──」
 ミナミハラはメイリーのその謝罪の言葉にしばらく言葉を発することが出来ず、少ししてから意を決したように口を開いた。
「あんたは謝らなくていい……少なくともオレなんかにはね ──そう(ココ)では理解できてます」
 言って笑って──その笑みは無理のあるものではあったが──自分の頭を握った拳で軽く叩いて見せた。「──オレが民間人ごと搭乗橋(はし)落と(パージ)したのは事実だから……」
 それには今度はメイリーがどういう表情(かお)をすればよいのかわからなくなって、ミナミハラを見返してしまった。
 そうするより他に、彼女には出来ることがなかったからだ。
 すると慌てたミナミハラは、苦い表情を飲み込むように違う笑い方をして言った。
「違います! そういう意味で言ったんじゃない……です…── ただ……その……」 上手に言い訳することができないと観念したミナミハラは、結局諦めて小さく息を吐いて言った。「──ありがとう…… 少し心が楽になりました」
 その言葉は、メイリーの心も少しだけ救われたような気持ちにした。
 泣きそうになったメイリーに向かい、少し柔らかい表情になったミナミハラが続けた。
「あと、ツナミのヤツ……〝艦長代理〟をやっている男には、同じことを言ってやってください」
 彼は友人(ツナミ)のために言った。
「──いいヤツなんだと思います……実際。不愛想で『ええかっこしい』だけど、そのくせナイーブで……こんなことにでもならなけりゃ、〝人殺し〟なんかにとてもなれない……そんなヤツです。大分参ってる」
「はい……」 そう言われてまた恥じ入ることになったメイリーは、もう一度ミナミハラに頭を下げた。「──あの、本当に、ごめんなさい」
 ミナミハラが、いまはもうサバサバとした表情になって頷いて返してくれたとき、メイリーはそのツナミ艦長にも謝ろうと思っていた。

 ──皆がやれることを精一杯やっている。その結果から目を逸らしたりしていない……
 私も、自分の出来ることをしなければ。

 他人(ひと)を責めてばかりの自分は嫌だと、メイリーは思った。



6月6日 1540時 【航宙軍艦カシハラ/特別公室】

 アマハ・シホ航宙軍士官候補生准尉は、〈カシハラ〉の士官室を出ると大股で数歩行ってから背後の扉を振り見やって睨みつけてやった。
 実際的なものの見方にいま一つ欠ける同期(クラス)の男どもに呆れるというか、溜息が出る思いを新たにする。
 ──まったく、宝島への地図を見つけたつもりの男ども(こども)ときたら……。
 アマハは鼻を鳴らすと、勢いよく目線を廊下の先へと戻して難しい表情(かお)になって歩き出した。

 だいたい帝国本星(ベイアトリス)までの航路上に、いったいどれだけの航宙戦力が待ち受けているのかも判らない。
 例え砲雷撃戦とならなくても優勢な宙兵戦力──というより〈カシハラ〉には皆無なの(全く無いの)だけれど──を持つ敵艦艇から絶えまない接触を受けることになるのは必至で、接舷移乗を避けるだけでいったいどれ程の推進剤の消費を見込まねばならないのか見当もつかないのだ。
 まして練習艦である〈カシハラ〉は加速(行き足)が遅く、より優速の帝国軍(ミュローン)艦を振切ることはまずできない。

 ──あの計画(プラン)では必ず戦闘が生起する……戦うこと前提だ。
 やっぱり、気に入らないな……

 それに、だ……。
 皇女殿下──エリン・エストリスセンの立場と現状を〝利用〟するといった……。
 利用される側の意思はこの際どうでもよいというわけか。
 ──お姫様を前に〝白馬の王子様(ホワイトナイト)〟を気取りたくて、当の姫様の気持ちは置き去りかい……ったく。

 そんなアマハが意外だったのは、それがイツキやマシバ辺りから出てきた話じゃなくて、あのミシマからの提案だったことだ。

 *

 アマハは大股で艦内通路を行き、特別公室まで行き着いた。公室の扉の前には警護をお願いしたユウキ・シンイチ(准尉/戦術科)が立っている。──1時間で戻るという約束だったのにもうずいぶんと過ぎてしまっていた。
 後で紅茶の一杯でも振舞わなきゃな……めんどくさ。
 そんなことを思いつつ彼女(アマハ)は歩哨役のユウキに敬礼すると艦内通話(インタカム)の回線を室内に繋いだ。官姓名を告げ入室の許可を乞う。
 返事が無かったがアマハはユウキに頷いて見せ、そのまま入室した。

 室内は明るいままだった。
 エリン皇女はと言うと、やはり長テーブルの端の同じ席にいた。──ただ、人形のように折り目正しく座っていたあの淑女の姿ではなく、いま殿下は椅子の上に両の膝を抱えてその小さな背を丸め、何か打ちひしがれているように見えた。
 それは彼女のような立場の者には決して褒められた居姿ではなかったが、十代の寄る辺のない少女の心細さが感じられて、同じ女性として同情せずに居られなかった。
 ──ミシマのやつは、いったい殿下に何を言ったのだろう……。
 そう思いながら皇女を見ていたアマハの視界の中で、椅子の上の膝に埋もれていた殿下の頭が持ち上がり、ふ、と仰いできた。視線が合うと彼女は、その細い綺麗な脚を下ろし慌てて居ずまいを正した。
「失礼しました ──見苦しい振る舞いでした」
 泣いてはいなかったようだ。──アマハは少し安心した。

 それにしても……、恥じ入るように伏せた顔に微かに朱がさしている皇女を見ると、なんだか親近感が湧いて少し微笑ましく思えた。アマハは娘時代(ハイスクールの頃)の自分を思い出していた。

「……いえ」 ──言ってアマハは、自分が優しい声と表情(かお)になっているのが解った。「うちの優等生(悪たれ)が何かお気に障ることを言いましたか?」
 ちょっとフランクに過ぎたか。と思う──。でも構わない。
 皇女の瞳がちょっと戸惑うふうに丸くなった中、アマハは室内側の艦内通話(インタカム)から食堂に繋いでお茶と軽食を持ってくるよう頼む。──これは主計長補の役得ということで良しとした。
 これから先はどうせ内内の会話だ。肩の凝るような会話よりも、いまの彼女(エリン殿下)にはこういう方がいいだろう──。
 アマハはそう思うと、後は笑顔になって皇女を振り見やった。


 ──結局、小一時間も話をすればもうすっかりと打ち解けることができるわけで、エリン殿下は第一印象(見た目)ほどには近寄り難いというわけではなく、むしろスレてない分素直なところが目につく〝可愛らしい〟娘であった。
 まぁつまり、品の良さが馴染んでいて嫌みに感じさせるようなことのない女性、ということで、そこのところにアマハが好感を持ったわけであった。
 と同時に、こういう皇女を必要ならば洗脳することも辞さない、という体制(ミュローン)に疑問も持つ。
 ──はたしてそこまでするだろうか……?
 当のミュローンである彼女が言ったのだからそうなのかもしれない。が、アマハにはなんともやり切れない。
 そしてそのミュローンである彼女(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)を嫌悪することのできないアマハもいた。

 そんな殿下の口から聞いたミシマとガブリロ・ブラムの『献言』は、先の士官室での提言と同じものだった。
 なるほど…… 少なくとも王子様(ミシマ)は、お姫様に〝直球〟を投げたわけだ……
 それはちょっと意外だった。
 アマハにはそういうのはむしろツナミのやり方のイメージで、ミシマならばもっと〝変化球〟を投げ分けるものと思っていた。
 ミシマのことを誤解してたか、それともツナミのやつに感化されたのか……。

「──そう言ったんですか? ミシマは」
 殿下がミシマに対して不審の思いと癇癪(ヽヽ)とをぶつけた(くだり)をアマハが訊ねると、エリンは気取りなく応えてみせた。
「はい、ハッキリと」 ミシマの口調を真似てみせる。「──〝否定はしません〟 ……そう言いました」 
 ──その声の調子と木で鼻をくくったような表情(かお)の真似は、ミシマの特徴をよく捉えていて興味深い。
 アマハは噴き出してしまい、つられたエリンと声を殺して笑い合った。
 ひとしきり笑い合うと、エリンは目線を伏せて言った。
「〝ミュローンのような〟方ですね…… あの方は……」

 この場合の〝ミュローン〟とは、どういう意味合いだろう──。
 ……『貴族的』? ……『合理的』? ……『冷徹な』?
 ……『骨の髄までの軍人』? ……『打算的』?
 たぶん、そのどれというものではなく、寧ろすべて、といったところか……。

 少し躊躇われたが、アマハは言っていた。
「実際── 〝ミュローン〟のような人間(ひと)です」
 エリンの怪訝な視線が仰いでくるのを待ってアマハは続ける。
「──〝ミュローンの誰よりもミュローンらしくあれ〟……ミシマ家の家訓だそうです」
「そうなのですか?」
 慎重そうな視線を向けてきたエリンのその問い掛けに、アマハは黙って肩を竦めて肯定した。
 ミシマ家は母星系(オオヤシマ)の名家だ。政界、財界、軍閥に多くの人材を送り出している……。

「……信じられる方なのでしょうか?」
 再び俯いたエリンから漏れ聞こえた言葉は、問い掛けるというよりも自問するふうのもので、その一途な表情に皇女の心細さが見て取れた。
 ──なるほど。これはまぁ、オトコなら何とかしてあげたくなるもんだろうか。

男性(オトコ)としては知りませんよ」 
 アマハはわざと品位に欠ける言い方で、その殿下の思い詰めた表情に微笑みかける。
 彼女の頬にサッと朱がさすのを見ると、そんな初心(ウブ)さすら愛おしいと思わせるものとは何なのかと、アマハは改めて彼女の顔を見遣ってしまう。
 彼女の視線が先を促すようにこちらを向いたので、アマハは彼女の主観で同期首席(クラスヘッド)を寸評してみせた。
「──少なくとも78期の首席(ヘッド)()でした。大抵のコトは涼しい表情(かお)して(こな)します ──憎らしいくらい…… 野心は内に秘めるタイプですね。無理はしません。事の道理はよく(わきま)えますし、(したた)かです」

 エリンは少し逡巡するような表情(かお)をしてから、小首を傾げて訊いてきた。
「無理はしませんか?」
 アマハは答えた。
「少なくとも、士官学校で(これまで)はそうでした」

 ──ひょっとしたら、皇女(あなた)のためにミシマは無理をしようとしているのかも知れませんけれど……
 心中に涌いたそんな考えは、さすがに言わないでおいたが。
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