第17話 務めは果たさねばな

文字数 3,183文字

登場人物
・カール=ヨーアン・イェールオース:
  戦艦ベーオゥ艦長、代将大佐、31歳、男、ベイアトリス貴族
・ガブリエル・キールストラ:
  巡航戦艦トリスタ艦長、大佐、32歳、男、イェールオースの腹心の友

・ルーラント・ベイエル: 戦艦ベーオゥ第一副長、中佐、37歳、男

・アーディ・アルセ: 装甲艦アスグラム艦長、大佐、39歳、男

・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:
  ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女

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 人類が到達した地球から最も遠い辺境星域であるエデル・アデンの、その更に辺境とされる星系を2隻の航宙艦が並行している。2隻は共に帝国宇宙軍(ミュローン)の主力艦であった。


6月9日 1345時 【帝国軍艦(HMS)ベーオゥ/第三艦橋】

「──〈トリスタ〉、衝突(コリジョン)コース! なお接近中‼」
 帝国宇宙軍(ミュローン)戦艦〈ベーオゥ〉の航行管制を掌る第三艦橋は、異様な緊張に包まれていた。主管制員の上擦った声に第二副長であるルーラント・ベイエル中佐も、いま一度手元の複合スクリーンに視線を遣る。そこには僚艦である帝国宇宙軍(ミュローン)の新鋭巡航戦艦──帝国軍艦(HMS)〈トリスタ〉の機動ベクトルが映し出されており、刻々と本艦(ベーオゥ)へと接近していることを告げている。速いし近すぎる──それは異常な速度と近さだった。
「バカな……正気か……?」 僚艦の〈トリスタ〉は先の大演習において操艦の部の表彰を受けた優秀艦であったが、流石にこれは不測の事態であると判断したベイエル中佐は急ぎ第一艦橋のカール=ヨーアン・イェールオース代将を呼び出した。「──艦長!」

 程なくベイエル中佐の手元のスクリーンに、ベイアトリス王国の誇りである不沈戦艦(〝ギガンティシュ〟)〈ベーオゥ〉の艦長であり、また当星系に展開する主力艦2、フリゲート4からなるベイアトリス王国小艦隊を率いる身でもある若きミュローン貴族の整った白い顔が小窓出力(ワイプ)された。
狼狽(うろた)えなくてよい──』 イェールオースは顔色一つ変えず言ってのけた。『慣性航行を維持せよ ──回避機動は不要だ ……キールストラは上手く寄せる』
 ベイエル中佐の憂慮に、青年提督はそう言って事も無げな微笑を浮かべてみせた。


 15分後、巡航戦艦〈トリスタ〉は、不沈戦艦(〝ギガンティシュ〟)〈ベーオゥ〉をも上回る巨艦にも拘わらず、搭載された大型の姿勢制御装置(モーメンタムホイール)の能力を最大限に発揮するとともに大推力の姿勢制御スラスタをも巧みに操り、まるで大型の肉食獣を想わせるしなやかさで〈ベーオゥ〉の真横にピタリと着けてみせた。
 それは〈ベーオゥ〉のベイエル中佐が思わず息を飲んだ、鮮やかな手並みであった。



6月9日 1345時 【帝国軍艦(HMS)ベーオゥ/艦長公室】

 〝強大な(ギガンティシュ)〟〈ベーオゥ〉へと移乗した帝国軍艦(HMS)〈トリスタ〉艦長ガブリエル・キールストラ大佐は、上官であり友人でもあるイェールオース代将をその公室に訪ねていた。
 二人は士官学校以来──十年来の友であり気の()けぬ仲である。
 また二人とも生粋のミュローン貴族であり『国軍』の次代を担う存在でもあった。

 従卒を下がらせると、イェールオースは気兼ねのない口調で言った。
「相変わらず〝乱暴な〟挨拶だな。うちの副長が肝を冷やした ──いつまでも巡航艦の艦長じゃないぞ……巡航戦艦(ヽヽ)で〝接舷移乗〟はないだろ」
 温かな紅茶の(カップ)を手に、先ずは迎える立場のイェールオースが苦言を呈した。そんな友の言にキールストラは面白くもなさそうに視線を向けた。
「〝ない〟とは限るまい。巡航戦艦は〝切り込み隊〟を率いる(ふね)だからな」 その言に杯を皿に戻して苦笑するイェールオースに、キールストラは精悍な顔の口元だけで笑ってみせる。「──備えがあれば憂いもない」
 当にミュローンという言葉だった。キールストラはさっそく本題に入る。
「シング=ポラスの件だが、どうなっている?」

 自由回廊の要衝であるシング=ポラス星系の制圧は、情報本部主導の騒擾工作と砲艦外交による揺さぶりの上、星域辺縁部での反乱鎮圧を名目に集結させた『国軍』の反転を以て可及的速やかに進駐を完成させる。
 これが参謀本部が描いた筋書き(シナリオ)であった。その計画(プラン)に従ってベイアトリスも〝虎の子〟である〈ベーオゥ〉〈トリスタ〉の2隻の主力航宙艦を出撃させた。その2隻は麾下(きか)の艦艇共々六月六日時点で回廊を反転、全力でシング=ポラスへ向かっている。

 状況が〝想定を超える様相〟を呈し始めたのは、その直後だった。
 病床にあった皇帝グスタフ22世の崩御、並びにアルヴィド皇太子殿下の逮捕拘束──。
 翌七日には1日のタイムラグを置いて皇位継承権第二位のオステア公の不慮の事故死と第三位たるモートルレ公の隣星域への出奔の報が入る。不手際の極みだが、その後の事態の推移は更に想定を超えることとなった。
 折しも星系同盟航宙軍の練習艦隊旗艦が機関不調のために第一軌道宇宙港(テルマセク)に単艦で入港していたことはともかく、シング=ポラス星系に遊学中の第4皇女エリンがその航宙軍艦に入り、(あまつさ)え艦長を勅命してベイアトリスへと向かった──などと言う、当に〝事実は小説よりも奇なり〟な続報をシング=ポラスよりの伝令艦が届けてきている。しかもエリンはこの時点で第一位にして唯一の皇位継承権者となっている。
 流石にこの展開を、参謀本部の誰も見通すことはできなかったわけである……。

 イェールオースは静かに応えた。
「装甲艦が1隻、追尾してる」
「〈アスグラム〉か ──指揮はアルセ大佐だな」
「あの人なら大丈夫だろう。有能だ」
 静かに続けたイェールオースに、キールストラも沈黙で同意の意を示した。
 アーディ・アルセは二人の指導教官だった男である。常道を積み上げ状況を利用(コントロール)することに長けた、生粋の航宙艦乗りである。

 キールストラは話題を変えた。
「……しかし意外だったな。まさかエリン・エストリスセンが航宙軍艦に逃げ込み、そのままベイアトリスに向かおうとは」
 そんなキールストラに、イェールオースは視線を向けずに独り言ちる。
「そもそも継承権保持者ではあるが、庶流の身であられるからな」
「庶流、ね…… 会ったことはあるのだろう?」
「昔、宮中で一度だけ」
「どんな姫君だったんだ?」
 当時イェールオースは士官学校に学ぶ身だった。エリンはまだ基礎学校前だったのではないか。正直、思い出せない。
「どうだったかな。覚えてなんかいない。まだ幼かったろうし」
 キールストラは公室の窓外に視線を転じつつ、冷めつつあった杯を口元に運んだ。
「何が不満だったのだろうな?」
 答えは、しばしの〝間〟が於かれることとなった。
貴き者(ミュローン)としての生き方に迷ったのだろうな……」
 イェールオースは、キールストラの他にあと幾人にしか見せない表情を浮かべ、やはり窓外に広がる漆黒の空間を見遣った。──宇宙の広がりは我らミュローンの世界だ、と単純に思えたのが遠い昔のことに思えるようになったのは、いったい何時からだろう……。

「…………」
 イェールオースは、キールストラの視線を無視して話を切り上げに入った。
「お父上と同じ信条からか…… お母上の教えか……」
「アドリアンネ様か」
「美しい方だったよ。本当のミュローン女性だった」
 母親の方はよく覚えていた。長らくミュローン社交界の華であったし、イェールオースの家はエストリスセンとは繋がりのある家系である。
 そんなイェールオースに合わせるように、キールストラも杯を卓に置き席を立った。
「ともかく、そのミュローンの女神の忘れ形見を、我らはお救い申し上げねばならなくなったわけだ」
 キールストラの目線を受けて、イェールオースはミュローンの(かお)に戻って言った。
「そうだ ──ベイアトリスの一門衆として、務めは果たさねばな」





                           ── 第2部へ つづく
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