第47話 ──不服かね?
文字数 4,760文字
登場人物
・ツナミ・タカユキ: HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男
・ミシマ・ユウ: 同副長兼船務長、22歳、男、『ミシマ家』御曹司
・イセ・シオリ: 同船務科管制士、22歳、女
・アマハ・シホ: 同主計長兼皇女殿下付アドバイザ、26歳、女、姐御肌
・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:
ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女
・フレデリック・クレーク:
シング=ポラス選出の帝政連合議会の議員。40歳、男
・マシュー・バートレット:
自称フリーランスのジャーナリスト。35歳、男
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7月4日 1945時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】
そろそろ直交代の時間という艦橋で、イセ・シオリは〝子供 〟っぽく見えてしまう笑顔の下に憂鬱な表情 を隠し周囲を窺う。
それから連絡員 よろしく同僚のシュドウ・ナツミから最新の通信情報を受 取 る と、それをフレデリック・クレークが持つ自 分 に 貸 与 さ れ た 個人情報端末 へと転送する準備をした。
もうこ う い う コ ト を す る 自 分 に〝抵抗〟がなくなってしまっていた。
あの男 の求めに応じるようになってから、いまはもうここまで堕ちてしまっている自分……。そんな自分にシオリは泣きたくなる。
──コトミになら…… 話せてたのかな?
そんなふうに思いつつ、シオリは〈転送開始〉のアイコンの上に指を置いた──。
7月4日 2100時 【H.M.S.カシハラ/艦長公室】
「すると…… 副長が私を更迭して艦 を指揮すべく動いている、と……?」
〝皇女殿下の艦 〟〈カシハラ〉の艦長公室。
部屋の主となってまだ日の浅いツナミ・タカユキは、長テーブルに座った〝自称フリーランスの記者 〟マシュー・バートレットに視線を遣ると、漸 く落ち着きと活力の戻ってきた声の調子で訊いた。
「──それを望む一派が〈カシハラ〉にはいて、クレーク議員がそれを裏でまとめている……?」
いきなり訪ねてきてそんなよくわからない話をするバートレットに、正直にツナミは疑問の表情を向けた。
「…………」
視線を向けられたバートレットとしても、やや居心地の悪そうに苦笑を浮かべて、その〝事実〟を肯定してみせるだけである。
ツナミは本当に困ったような表情になり、あらためてバートレットを見返した。
「よくわかりません── 今さら艦 の指揮を私が執ろうとミシマが執ろうと、議員 にとってそれほど変わりはしないと思うのですが……」
バートレットは溜息の出そうになるのを堪え、忍耐強く応対する。
「──『艦長』に期待される〝機能〟と〝能力〟に限って言えば、まあ、君の言う通りだがね……」
「…………」
ツナミは黙って先を促す。
「この場合の考慮点は二つある……」 バートレットは指を折って続けた。「──まず一つ目…… 君は『勅任艦長』でエリン皇女殿下個人の意思を尊重する ……まぁ、勅任云々以前に、〝個人の尊厳は尊重されねばならない〟と生真面目に考 え る 〝口 〟だ ──そう顔に書いてある」
言われたツナミは、こう切り返した──。
「それはミシマだって同じでしょう」
何をか言わんやという感じにバートレットを睨 め付けてみせる。
「…………」 バートレットは肩を竦め、言葉を探しながらツナミを見返した。「──確かに〝ミシマ・ユウ〟その人は、そういうオトコかも知れん…… だが同時に彼は、〝ミシマ家〟の男でもある……」
「…………」 ツナミは漏れ出そうになる息を飲み込んだ。
「──そこまで理解できたところで二つ目だ ……星系同盟は、ミュローンの主流派に〝取り入る〟ことを決したようだぞ」
「…………⁉」
それは初耳だった──。〝扯旗山 〟でもその後の宙賊との定期連絡でも、その類いの話は聞いていない。
──通信関係は船務長兼副長のミシマが掌握する第2分隊の管掌であるが、それが傍証とでも言いたいのだろうか。
「すでに『第一人者 』はエリン殿下の排除の方向で調整を始めたとのことだ ──ミュローンは水面下ではもう割れている……」 バートレットはと言うと、後は淡々と続けている。「──同盟……〈オオヤシマ〉としては、殿下の価値が下落する中、損益分岐点を割り込む前に〝売れるトコロに売り飛ばしたい〟んだよ」
ツナミは、その結びの言葉に引っ掛かるものを覚えた。
(──人をモノか何かのように……)
バートレットにあからさまに不満げな視線を返す。
「──不服かね?」
「〝気持ちのいい話〟じゃないですから……」
訊いた問いにそう返されたバートレットの方は、予想の範疇を一歩も出ることのないツナミという男の回答に安心を覚えている。
「まぁ… そうだな……」 苦笑をしたいのを堪えながら言う。「……だが、これで解かったかな? クレーク議員を介して〈オオヤシマ〉がこの艦 を動かしたい理由と、その方向性──」
視線を外したツナミが、低く呟くように引き取る。
「──ミシマに、殿下 を『連合 』に〝売り渡せ〟……と……」
「こ の ま ま だ と 殿下は、存在そのものを抹殺される…… 君ら航宙軍艦 の乗組員 もね。そうなる前に、せめて〝元手〟くらいは取り返したいのさ …──〈オオヤシマ〉も航宙軍も」
そう言って、一向に記者らしからぬ言動を締めくくったバートレットは、肩を竦めて若い勅任艦長を見遣る。
そのタイミングで執務机上の艦内通話機 が鳴った──。
通話機 の表示窓が、当 のミシマ・ユウその人の来訪を告げていた。
ツナミはバートレットに視線を戻すと、この一幕に何 ら か の 共 謀 があることを理解し、黙って公室の扉の開閉操作をした。
公室のドアが開き 、若干やつれた表情のミシマが現れるとバートレットは頷いて彼を迎えた。
「──説明の方はして頂けましたか?」
室内に歩を進めるやミシマはバートレットに訊く。バートレットはツナミを見やってから肯いて応えた。
「大 体 の ところは……」
ツナミはと言うと、そんな二人の芝居掛かったやり取りをただじっと見遣っている。
「…………」
ミシマはツナミに向き直った。
──ツナミの表情と目に〝明らかな思い違い〟を感じ取りはしたが、いまは〝その流れ〟に乗って成り行きを受け入れた方がいっそ楽に思える。
それに……、もしツナミが〝立ち直っている〟のなら、それを任せるのに適任と思えた。
「皇女殿下を引き渡すと聞いたが……?」
ツナミは公室の執務机の脇からゆっくりと近づくと、ミシマの前に立って訊いた。
その声音と表情──それに目の光から、どうやら〝立ち直っている〟ことがわかったので、ミシマは覚悟を決めた……。
「……ああ──」
が、最初の肯定の語り始め で、ツナミにもう遮られてしまっていた。
「貴様……っ‼」
次の瞬間には、ツナミの左の手はミシマの胸ぐらを掴んでいた。バートレットがやれやれと苦笑いの浮かぶ顔で視線を泳がす。
「確か貴様はこう言ったな──〝背伸びは自覚してる〟〝協力してくれ〟と‼ ──それが結局コレか⁉」
「……っ‼」
ミシマは腹に衝撃を感じた──。歯を喰いしばる。殴られたのだ……。
航宙軍士官の殴り合いでは、痕が目立つ顔は避けて腹を打つのである。航宙軍の負の伝統だった。
──まったくコイツ、は……っ
ミシマ家の男をよくもこう好き放題にどつき回してくれる……っ‼ おかげで俺はミシマの家で一番殴られ慣れた男、ってわけだろうよ……
ツナミの方はといえば、ミシマの手がゆっくりとキャプテンコートの襟裾に伸びるのをさせるに任せていた。
先の拳は手加減なしに打ったのだ。流石に肋骨を折ったりはしないが、それでも息をするのも苦しかろう……。自分でもやり過ぎだとはわかっていた。
が、彼 は、次の瞬間には身体が支えを失う感覚に気付いた──。
「──っ‼」 そのまま床に強かに打ち下ろされた。〝大外刈り〟だった。
そのツナミの腹に、間髪おかずに拳が打ち下ろされる。
バートレットとしては、ツナミがミシマの話に聞き耳を持とうとしていないことが解かった時点で大凡 のこの流れは判っていたので、若い二人が地味に殴り合うのを、たださせるに任せていた。
やがてきっちり三発ずつの──ミシマの掛けた〝大外刈り〟は除いて──打突の交換を終え、互いに息も絶え絶えに蹲 った二人の様子を前にしたとき、バートレットは〝このシーンもカメラ回しておくべきだったか〟とぼんやり考えていた。
数分後──。
「……じゃ、その〝引き渡し先〟こそが重 要 、ということなんだな」
ぜいはあと、ようやく息を整えて訊いたツナミに、ミシマが答える。
「──そういうことだ…… ベイアトリスの王党派であれば話は早いが…… それでも彼らが〝連合 の主 流 派 〟である保証がない」
同じように苦し気な呼吸を整えながら、既にその──当ての外れた──現実を受け入れたふうのミシマが応える。
この時点ではまだ追い付けていないツナミが、確認するように訊き直した。
「ベイアトリスの覇権は盤石じゃないのか?」
「どうもそうじゃなかったらしい……」 自嘲気味にミシマが答えた。「──どちらにせよ、我らが母星 は〝勝ち馬の尻に乗る〟算段だ……」
それでツナミも一息吐いて、しばし黙った。
──そんな二人のやり取りを漸 く落ち着いて聞けるようになったバートレットは、微苦笑を浮かべながら話の行方に注視する。
ツナミは再び口を開いた。
「難しい判断が必要になる、な……」 この航宙で初めてといえるツナミの腰の引けた様子だった。「──そういうことなら、やはり貴様が指揮を執った方がいいのか?」
ミシマは、それを鼻で笑った。そして言った──。
「さっきの話で、君は躊躇せず僕を殴っただろう? ──そんなヤツじゃなきゃ、殿下 の艦 の艦長は務まらないさ ──君がいたから、僕はこの旅を考えた……」
先の〝短慮〟をそう評した同期の首席に、ツナミは殴られた腹に顔を顰めるように決まり悪げな表情で応える。
ミシマは、同じように鈍痛の残る脇腹に手を置いてツナミの方を向いた。
「〝駆け引き〟と〝手続き〟の方は僕と姐さん とでやる。心配は要らない……」 自信有り気に笑って見せ、それから言った。「──艦 はタカユキ、君 に任せる」
ツナミはそれに対して、同じように自信のある表情 を作って返す。
肯き合った二人は、まぁ、殴り合った甲斐はあったと納得し、信頼を新たにした。
そしてミシマはツナミに言う。
「さて…… そのためには先ず、艦内の掃除を済まさないとな」
ツナミは、ミシマとバートレットから艦内のクレーク議員一派の動向を聞き、その対処についても聞かされた。
* * *
バートレットは艦長公室を辞したとき、二人の若さに当てられている自分に馬鹿げた満足感すら感じて一人笑いを堪えた。
クレークからツナミ艦長を更迭する艦内空気の醸成──〈カシハラ〉の航宙軍から離脱の責任について唯一人ツナミに向くように仕向けること──を指示されたとき、バートレットはミシマ・ユウに相談した。
そのときの怪訝な表情 のミシマに、なぜクレークの持ってきた〈オオヤシマ〉の描く筋書きに沿っての〝報道〟をしないのかと問われて、バートレットは彼に答えた…──。
〝そういう若者の純真な覚悟を食い物にするようなことを、ジャーナリズムとは言わないんだよ〟と──。
我ながら〝盛った〟言いようだという自覚はあった。だから次の『啖呵 』は切らないでおいた。
〝少なくとも俺の辞書にはな〟
いまバートレットは、若い二人の士官の判断と反応──彼らは面白い素材である──に満足している。
この旅路における自分の〝役割〟に照らせば、こういったことが果たして相応しいことなのかどうかは〝考えるまでもない〟ことである……。
──が、それでもいま彼は満足だった。
・ツナミ・タカユキ: HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男
・ミシマ・ユウ: 同副長兼船務長、22歳、男、『ミシマ家』御曹司
・イセ・シオリ: 同船務科管制士、22歳、女
・アマハ・シホ: 同主計長兼皇女殿下付アドバイザ、26歳、女、姐御肌
・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:
ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女
・フレデリック・クレーク:
シング=ポラス選出の帝政連合議会の議員。40歳、男
・マシュー・バートレット:
自称フリーランスのジャーナリスト。35歳、男
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7月4日 1945時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】
そろそろ直交代の時間という艦橋で、イセ・シオリは〝
それから
もう
──コトミになら…… 話せてたのかな?
そんなふうに思いつつ、シオリは〈転送開始〉のアイコンの上に指を置いた──。
7月4日 2100時 【H.M.S.カシハラ/艦長公室】
「すると…… 副長が私を更迭して
〝
部屋の主となってまだ日の浅いツナミ・タカユキは、長テーブルに座った〝自称フリーランスの
「──それを望む一派が〈カシハラ〉にはいて、クレーク議員がそれを裏でまとめている……?」
いきなり訪ねてきてそんなよくわからない話をするバートレットに、正直にツナミは疑問の表情を向けた。
「…………」
視線を向けられたバートレットとしても、やや居心地の悪そうに苦笑を浮かべて、その〝事実〟を肯定してみせるだけである。
ツナミは本当に困ったような表情になり、あらためてバートレットを見返した。
「よくわかりません── 今さら
バートレットは溜息の出そうになるのを堪え、忍耐強く応対する。
「──『艦長』に期待される〝機能〟と〝能力〟に限って言えば、まあ、君の言う通りだがね……」
「…………」
ツナミは黙って先を促す。
「この場合の考慮点は二つある……」 バートレットは指を折って続けた。「──まず一つ目…… 君は『勅任艦長』でエリン皇女殿下個人の意思を尊重する ……まぁ、勅任云々以前に、〝個人の尊厳は尊重されねばならない〟と生真面目に
言われたツナミは、こう切り返した──。
「それはミシマだって同じでしょう」
何をか言わんやという感じにバートレットを
「…………」 バートレットは肩を竦め、言葉を探しながらツナミを見返した。「──確かに〝ミシマ・ユウ〟その人は、そういうオトコかも知れん…… だが同時に彼は、〝ミシマ家〟の男でもある……」
「…………」 ツナミは漏れ出そうになる息を飲み込んだ。
「──そこまで理解できたところで二つ目だ ……星系同盟は、ミュローンの主流派に〝取り入る〟ことを決したようだぞ」
「…………⁉」
それは初耳だった──。〝
──通信関係は船務長兼副長のミシマが掌握する第2分隊の管掌であるが、それが傍証とでも言いたいのだろうか。
「すでに『
ツナミは、その結びの言葉に引っ掛かるものを覚えた。
(──人をモノか何かのように……)
バートレットにあからさまに不満げな視線を返す。
「──不服かね?」
「〝気持ちのいい話〟じゃないですから……」
訊いた問いにそう返されたバートレットの方は、予想の範疇を一歩も出ることのないツナミという男の回答に安心を覚えている。
「まぁ… そうだな……」 苦笑をしたいのを堪えながら言う。「……だが、これで解かったかな? クレーク議員を介して〈オオヤシマ〉が
視線を外したツナミが、低く呟くように引き取る。
「──ミシマに、
「
そう言って、一向に記者らしからぬ言動を締めくくったバートレットは、肩を竦めて若い勅任艦長を見遣る。
そのタイミングで執務机上の
ツナミはバートレットに視線を戻すと、この一幕に
公室のドアが
「──説明の方はして頂けましたか?」
室内に歩を進めるやミシマはバートレットに訊く。バートレットはツナミを見やってから肯いて応えた。
「
ツナミはと言うと、そんな二人の芝居掛かったやり取りをただじっと見遣っている。
「…………」
ミシマはツナミに向き直った。
──ツナミの表情と目に〝明らかな思い違い〟を感じ取りはしたが、いまは〝その流れ〟に乗って成り行きを受け入れた方がいっそ楽に思える。
それに……、もしツナミが〝立ち直っている〟のなら、それを任せるのに適任と思えた。
「皇女殿下を引き渡すと聞いたが……?」
ツナミは公室の執務机の脇からゆっくりと近づくと、ミシマの前に立って訊いた。
その声音と表情──それに目の光から、どうやら〝立ち直っている〟ことがわかったので、ミシマは覚悟を決めた……。
「……ああ──」
が、最初の肯定の
「貴様……っ‼」
次の瞬間には、ツナミの左の手はミシマの胸ぐらを掴んでいた。バートレットがやれやれと苦笑いの浮かぶ顔で視線を泳がす。
「確か貴様はこう言ったな──〝背伸びは自覚してる〟〝協力してくれ〟と‼ ──それが結局コレか⁉」
「……っ‼」
ミシマは腹に衝撃を感じた──。歯を喰いしばる。殴られたのだ……。
航宙軍士官の殴り合いでは、痕が目立つ顔は避けて腹を打つのである。航宙軍の負の伝統だった。
──まったくコイツ、は……っ
ミシマ家の男をよくもこう好き放題にどつき回してくれる……っ‼ おかげで俺はミシマの家で一番殴られ慣れた男、ってわけだろうよ……
ツナミの方はといえば、ミシマの手がゆっくりとキャプテンコートの襟裾に伸びるのをさせるに任せていた。
先の拳は手加減なしに打ったのだ。流石に肋骨を折ったりはしないが、それでも息をするのも苦しかろう……。自分でもやり過ぎだとはわかっていた。
が、
「──っ‼」 そのまま床に強かに打ち下ろされた。〝大外刈り〟だった。
そのツナミの腹に、間髪おかずに拳が打ち下ろされる。
バートレットとしては、ツナミがミシマの話に聞き耳を持とうとしていないことが解かった時点で
やがてきっちり三発ずつの──ミシマの掛けた〝大外刈り〟は除いて──打突の交換を終え、互いに息も絶え絶えに
数分後──。
「……じゃ、その〝引き渡し先〟こそが
ぜいはあと、ようやく息を整えて訊いたツナミに、ミシマが答える。
「──そういうことだ…… ベイアトリスの王党派であれば話は早いが…… それでも彼らが〝
同じように苦し気な呼吸を整えながら、既にその──当ての外れた──現実を受け入れたふうのミシマが応える。
この時点ではまだ追い付けていないツナミが、確認するように訊き直した。
「ベイアトリスの覇権は盤石じゃないのか?」
「どうもそうじゃなかったらしい……」 自嘲気味にミシマが答えた。「──どちらにせよ、
それでツナミも一息吐いて、しばし黙った。
──そんな二人のやり取りを
ツナミは再び口を開いた。
「難しい判断が必要になる、な……」 この航宙で初めてといえるツナミの腰の引けた様子だった。「──そういうことなら、やはり貴様が指揮を執った方がいいのか?」
ミシマは、それを鼻で笑った。そして言った──。
「さっきの話で、君は躊躇せず僕を殴っただろう? ──そんなヤツじゃなきゃ、
先の〝短慮〟をそう評した同期の首席に、ツナミは殴られた腹に顔を顰めるように決まり悪げな表情で応える。
ミシマは、同じように鈍痛の残る脇腹に手を置いてツナミの方を向いた。
「〝駆け引き〟と〝手続き〟の方は僕と
ツナミはそれに対して、同じように自信のある
肯き合った二人は、まぁ、殴り合った甲斐はあったと納得し、信頼を新たにした。
そしてミシマはツナミに言う。
「さて…… そのためには先ず、艦内の掃除を済まさないとな」
ツナミは、ミシマとバートレットから艦内のクレーク議員一派の動向を聞き、その対処についても聞かされた。
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バートレットは艦長公室を辞したとき、二人の若さに当てられている自分に馬鹿げた満足感すら感じて一人笑いを堪えた。
クレークからツナミ艦長を更迭する艦内空気の醸成──〈カシハラ〉の航宙軍から離脱の責任について唯一人ツナミに向くように仕向けること──を指示されたとき、バートレットはミシマ・ユウに相談した。
そのときの怪訝な
〝そういう若者の純真な覚悟を食い物にするようなことを、ジャーナリズムとは言わないんだよ〟と──。
我ながら〝盛った〟言いようだという自覚はあった。だから次の『
〝少なくとも俺の辞書にはな〟
いまバートレットは、若い二人の士官の判断と反応──彼らは面白い素材である──に満足している。
この旅路における自分の〝役割〟に照らせば、こういったことが果たして相応しいことなのかどうかは〝考えるまでもない〟ことである……。
──が、それでもいま彼は満足だった。