第62話 〝舞台〟に漸く〝役者〟が揃ったのだった。

文字数 3,445文字

 『自由回廊』の北辺、帝国の喉元にあたるヴィスビュー星系の辺縁部──。
 帝国本星系(ベイアトリス)からの跳躍点(ワープポイント)から〝動く〟ことを許されない帝国宇宙軍の艦隊駆逐艦〈ヴィーザル〉は、〝叛乱艦〟〈カシハラ〉が〝有効な戦闘航宙管制の傘の中〟から離れていくのをただ〝遠巻き〟に監視し続ける、という状況下にある……。
 ──こうしている間にも〈カシハラ〉と〈ヴィーザル〉他の先遣艦は、彼我の相対速度の差異からその距離を刻一刻と広げているのだった。
 
 その状況から一日以上が経った頃である──。


7月16日 0700時 【帝国軍艦(HMS)ヴィーザル/第一艦橋】

『大型艦の〝重力震〟(ワープアウト)を確認──数は〝3〟です』
 その報告に第一艦橋内の緊張が高まる。──〝大型艦が跳躍(ワープ)してくる〟──例えそれが友軍の勢力圏に繋がる重力流路(トラムライン)から現れ出づるものであったとしても油断はしない、万が一ということを考えてしまうのは宇宙軍の軍人であれば正常な反応であった。

 帝国軍艦(HMS)〈ヴィーザル〉艦長ミカエラ・イッターシュトレーム中佐は、常のその用心深さから〝教則(マニュアル)通り〟の行動を部下に要求した。
「観測班は艦種と推力軸線(ベクトル)の同定を急げ ──戦隊司令を艦橋(ブリッジ)に」
 そしてその上で報告された〝重力震〟(ワープアウト)の「数」に怪訝となっている。
 ──〝3〟? まさか『帝都』上空から主力艦を全て引き連れてきたわけじゃないでしょうね……?
 さすがにそれはないとミカエラは思っている。それは常識的に考えられない判断だ。
 そう思いつつ、彼女は艦橋付きの管制士に定石通りの指示を出す。
「データリンクの準備を──」
 管制士が復唱するよりも早く、第二艦橋に詰める観測班から更なる報告が上がってきた。

『──艦長…… 3隻とも〝航宙識別信号〟を発信しています……それぞれ〈エクトル〉〈キルッフ〉〈オルウェン〉と確認』
 その報告にミカエラは我の耳を疑った──。
 (くだん)の3隻は紛れもなく『青色艦隊』後備戦隊所属の主力艦であり、その上敵味方識別(IFFの)信号ではなく〝平時〟の航宙管制識別信号をそのまま発信しているという。
 ──平時信号だと⁉ 〝作戦行動中〟だぞ……
 分遣隊主力のそんな信じ難い行動に苛立ちを覚えたが、司令官ポントゥス・アルテアン少将の性格を考えて得心はした。
 ……なるほど…──〝鳴り物入り〟というわけだ……
 呆れて溜息の出る思いを何とか堪えた彼女のもとに、再び管制士が報告を上げてくる。
「……〈エクトル〉より通話呼──分遣隊司令部です」
「よろしい── 繋いで頂戴……」
 このさらなる苛立ちを覚える展開に、ミカエラは重い気持ちで通信士官を向いた。
 どうやら『青色艦隊』後備戦隊司令官ポントゥス・トール・アルテアン少将の訓示が始まるらしい……。


 * * *

 〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉の〝電子の眼〟が、帝国本星系(ベイアトリス)に繋がる跳躍点(ワープポイント)に複数の大型艦の〝重力震〟(ワープアウト反応)を観測したのは、銀河標準時七月十六日の〇七一〇時であった。
 その時点において〈カシハラ〉が確認していた同跳躍点の周辺に遊弋する帝国軍艦艇はフリゲート4、駆逐艦1となっており、もうその数だけで〈カシハラ〉1隻を追うのに十分な数である。幸いにしてこれらの艦は跳躍点の周辺を動かず、引き続き動静を探っていた〈カシハラ〉は、更なる大型艦の反応を捉えることになった…──。
 そしてこのとき、〈カシハラ〉の幹部乗組員(クルー)は自らの狙いが〝()()()〟ことの確信を得たのである。

 〈カシハラ〉は加速を開始し、主力が星系内に入った『回廊北分遣隊』がその追尾に入ってから2日という時間が過ぎようとしている──。
 すでに帝国軍艦(HMS)〈エクトル〉以下3隻の主力艦のみならず、跳躍点(ワープポイント)から出現した全艦が〝航宙識別信号〟を発信していた。〈カシハラ〉の観測班はこの2日間で精密観測を実施し、結果を突き合わせることでその真偽の確認を進めている。


7月18日 1030時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】

「来たよ、来た… ほんとに来た……」 艦橋で当直にあったシノノメ・サクラコ宙尉は、まだ半ば信じられないといった面持ちで傍らに立つ〝当直士官〟の砲雷長に言った。「──しかも〝主力艦〟(クラス)が3隻だって… ()()()()じゃん〝あたしら(カシハラ)〟……」
 常の(かしま)しさにも勢いが感じられず、彼女にしては少しばかり空回り気味ではある。
 無理もない。──主力艦3隻という数字は、練習巡航艦1隻を追い回すのには明らかに過剰な戦力である。彼我の戦力比は、例えば〈軌道爆雷〉の投射質量比だけをとっても軽く200対1を超える。まともに立ち合える相手ではないのだから……。

 そんな〝言葉が上滑り〟しているシノノメとは対照的に、隣に立つ砲雷長のクリハラ・トウコの表情は普段と変わらぬそれであった。
「航宙識別信号と熱紋は一致したんだよね?」
 これまでの観測の結果を確認する砲雷長(クリハラ)に、電測管制の卓からタカハシ・ジュンヤ宙尉が応えた。
「ああ…… 一致したよ── 戦艦〈エクトル〉、巡航戦艦〈キルッフ〉〈オルウェン〉……確度は94~97%… ほぼ間違いない…ね……」
 これらの艦は〝正しい〟信号で周囲に存在を誇示しているというわけだ。それにシノノメは、素直な感想を口にした。
「うっわ…──まさに〝鳴り物入り〟だよ… ムカつくー……」
 自信過剰とも取れる相手の行動に、シノノメは〝どうしましょ(Que Sera, Sera)!〟という表情(かお)で当直士官のクリハラを見る。もはや〝居直り〟始めている。
 クリハラは〝氷姫〟の綽名の通り、感情の起伏を感じさせない表情で淡々と言った。
「〈エクトル〉と〈キルッフ〉と〈オルウェン〉 ──帝国本星(ベイアトリス)の『青色艦隊』所属の(ふね)に間違いないんだ……」
 視線の先の艦橋の複合スクリーンにはミュローン艦の各諸元(スペック)が映し出されている。横からシノノメが同じ画面を覗き込んできた。
 先にもたらされた〈トリスタ〉艦長キールストラ宙佐の情報──帝国宇宙軍の戦力配置──によれば、これらの(ふね)帝国本星系(ベイアトリス)に配備された『青色艦隊』の所属艦である。その三艦ともが現れたというのならば、兎にも角にも帝都上空から主力艦の全てを引っ張り出したことになる。これでエリン皇女の帝都入り成功の〝公算〟は大分上がったことだろう。
 そんな砲雷長の横で、シノノメは思ったことをそのまま言っていた。
「これで〝『帝都』の上空(そら)〟はガ~ラガラ ──どうやら〝姫さまのお役に〟立てたみたいね、あたしら」
 さすがにそれには、砲雷長(クリハラ)も無表情ながらに応じた。
「──サクラ…… ウルサイ」
 言われてシノノメは、ちろっと小さく舌を出してみせる。

 拡声器(スピーカ)が鳴った──。
『艦橋-観測室』 左舷の観測室(ウィング)からジングウジ・タツカ宙尉だった。『──跳躍点〝(フォックストロット)〟に〝新たな〟重力震(ワープアウト反応)を観測』
 これは〝想定の中では最も外側〟の展開だった。〝回廊の南寄り〟からの接敵──〝…後門の狼〟がこんなに早い時期に(タイミングで)現れるとは……。
「……数は?」
 クリハラの確認にタツカの声が答える。『──5……乃至(ないし)、7』
 それはかなりの数である……。
「艦型の照合と相対速度を──」 それでもクリハラは冷静な当直士官として観測室(ウィング)に対し指示をして、その後にタカハシに指揮官を呼び出させる。「──艦長と副長を艦橋に」
「──新手……?」 シノノメは実務的(シリアス)表情(かお)となり、普段は航宙長の座る統括制御卓に取り付きながら砲雷長(クリハラ)に訊く。
 クリハラが何と応えるべきかと考えを巡らしていると、タカハシの昂ぶった声が耳に飛び込んできた。
敵味方識別装置(IFF)に照合確認 ──友軍! ……(じゃなかった…!) ──『航宙軍』の所属艦だ!」
 それにはタカハシのみならず、クリハラもシノノメも冷静さを失った顔を見合せた。次の言葉が中々出てこなかった。
「航宙軍……間違いないのね?」 なんとか慎重な面差し浮かべてタカハシに向けるクリハラ。
「ふぇ……⁉ こっちも着たよ!」 〝氷姫(クリハラ)〟と違ってシノノメは目を白黒とさせながら画面(スクリーン)上の状況を追い始める。


 * * *

 言うまでもなく〝それ(IFFの信号)〟は、『航宙軍』の〝任務部隊(タスクフォース)〟──『第1特務艦隊』から〈カシハラ〉に対しての、星系(ヴィスビュー)への到着を告げる符牒(シグナル)である。
 コオロキ・カイ航宙軍宙将補もまた、麾下の全艦艇に輻射管制(ステルス)を実施することをせずに星系へと侵入することを選択したのであった。

 いま星系に(ヴィスビュー)は、〈カシハラ〉を挟み帝国軍アルテアン少将の『回廊北分遣隊』と航宙軍コオロキ宙将補率いる『第1特務艦隊』が睨み合う、という構図が完成しつつある。

 ──〝舞台(ヴィスビュー)〟に(ようや)く〝役者〟が揃ったのだった。
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