第12話 巡航艦《カシハラ》について説明しよう──。

文字数 3,062文字

登場人物
・ツナミ・タカユキ :宙兵78期 卒業席次2番、戦術科戦術長補、22歳、男
・ミシマ・ユウ   :同 席次1番、船務科船務長補、22歳、男、名家の御曹司
・アマハ・シホ   :同 席次3番、主計科主計長補、26歳、女、姐御肌
・ハヤミ・イツキ  :同 席次4番、航宙科航宙長補、23歳、男

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 皇女と候補生と民間人を乗せた巡航艦(カシハラ)はそれぞれの思惑を艦内に(とど)め、第一軌道宇宙港(テルマセク)の自転軸遠心方向の外周空域を、テルマセクとの重力懸垂によって安定した相対距離を保つように漂っている。
 その巡航艦(カシハラ)について説明しよう──。

 航宙軍4等級航宙練習巡航艦〈カシハラ〉。モガミ型3等級大型巡航艦を原設計(タイプシップ)とする練習巡航艦である。宇宙歴(SE)四七六年就役。先に就役した同仕様の姉妹艦『カトリ』『カシマ』『カシイ』と共に『Kシリーズ』または『カトリ型』と通称されるが、公式文書の中に『カトリ型』という艦型は存在しない。
 原設計のモガミ型大型巡航艦は、航宙軍の恒星間戦力投射能力の拡充構想──恒星間宇宙軍(ブルーウォーターネイビー)化──の第一弾として20隻もの同型・準同型艦が一挙に計画された航宙艦隊の標準型汎用艦(ワークホース)ともいえる艦型である。
 生産性を優先させたため船体構造も安価な商船構造に近く、量産効果の向上を目的としてブロック建造・モジュール化・パレット化が導入された。生産性と引き換え(トレードオフ)となって低下した抗堪性については、充実したダメージコントロール(ダメコン)とモジュール化による迅速な装備/設備の換装とで対応できるというふれ込みであったが、航宙軍の艦隊勤務に就く士官の大部分は信じていない。
 宇宙では被弾・破損によって船殻が破れれば、その時点で被害甚大である。──ツナミ准尉あたりに言わせれば、商船に毛の生えた程度の柔な艦体に適切に動作するかどうかもわからない高価なダメコン設備を積み込むよりも、少しでも重厚な装甲を望むのが航宙軍艦乗組員(船乗り)というものだ、となる。──とはいえ〈カシハラ〉の艦体は、モガミ型と同程度の強度と抗堪性を備えてはいる。

 ブロック建造・モジュール化・パレット化による経済性の向上のふれ込みも怪しいもので、確かに建造費の圧縮には繋がったかも知れないが、〝ミッション・パッケージ〟なる任務ごとに装備内容を変更するというコンセプトについては〝画に描いた餅〟というのが艦隊における専らな評価である。実際の航宙軍艦艇に想定される任務が艦政本部の計画するパッケージの配備数で平滑化される保証などあるわけがなく、常に余裕をもたせたパッケージの配備ローテーションが必要となるのが道理で、艦政本部は増大する一途の現場の要求に悲鳴を上げることとなる。
 多用途任務に即応するのに異なるパッケージ装備の複数の同型艦を組み合わせなければならないということであれば、単艦で多用途任務をこなすことのできる艦の方が経済原理に優る…──とは誰も考えなかったのか? ミシマ准尉などは首を傾げる。
 そして航宙艦そのものを劣化防止保管(モスボール)するよりはずっとましではあるが、3日以内に換装可能なように要求されているミッション・パッケージを常態で維持管理し続けるのにいったい幾らかかると思っているのだろう。──アマハ准尉に言わせればサプライチェーン・マネジメントに失敗した中小企業が、無駄を承知で在庫を抱え込んでいるようなものだった。
 さらにハヤミ准尉ならばこう言うだろう。そもそもミッション・パッケージを変更すれば航宙艦としては推力軸線やバランスが変わるのが道理だ。そうなると操艦特性は全く別物となり慣熟訓練を一からやり直す必要があるのだが、と──。こういった指摘に対する艦政本部の通達によれば、モガミ型巡航艦の操艦マニュアルには各モジュールからの平均値による操艦が推奨されており個々の装備に最適化された航宙機動(マニューバ)は想定しないとある。……が、そんなマニュアルで艦を指揮する艦長などいようはずもない。

 どうも艦政本部の目論見通りというわけではないようだ。

 とはいえモガミ型巡航艦は全体として優秀な航宙軍艦であり、それらから派生したKシリーズ(カトリ型)の各艦もまた、練習艦とはいえ決して侮れない航宙戦力であった。
 その将来発展余裕の確保を見越した大型の艦体の採用により、練習艦として他に類を見ない大きな優位性(アドバンテージ)を持っていた。
 機関こそ練習艦ということもあり、跳躍機関(ワープドライブ)は3.1パーセク(※1パーセク=3.26光年)の跳躍性能、推進機関は2.0Gの加速性能にそれぞれ定格下げ(デチューン)してあるが、推進機関に限っては過負荷全力時に2.85Gを発揮することができた。これは帝国宇宙軍(ミュローン)の装甲艦の加速性能と比べても大きく見劣りするものではなく、むしろ練習艦としては過剰といえた。──Kシリーズの各艦は有事の際には戦闘任務への投入を考慮して設計されているためで、この事実はいわゆる〝軍機〟であった。
 そして抑えられた機関性能に比して当初より過剰であったのは情報処理能力と対加速度慣性制御(イナーシャル・キャンセラー)の能力である。
 その情報処理能力は宙雷戦隊の中枢艦として機能できるほどの演算能力を誇り、高い索敵・追尾能力と相まって戦隊規模の軌道爆雷を誘導統制することができるほどだった。慣性制御能力については、仮に7Gの加速が掛かったとしてもほぼタイムラグなしで追従することができた。──これはちょっとした軽航宙母艦並の安定性である。

 兵装は大型巡航艦の艦体規模からすれば軽武装と言えたが、練習艦としては異例の重装備である。
 主砲──艦首軸線上に1門だけ収められた粒子加速砲はモガミ型の4門から1/4となってはいるもののその威力は定格下げ(デチューン)されていない。重巡(クラス)や装甲艦であっても直撃すれば無事では済まないという代物である。
 機動機に対しても追従可能な両用砲──事実上の副砲ともいえるパルスレーザ砲は、連装砲塔が左右艦舷に4基ずつ、計16門が搭載されている。これは標準型巡航艦の4連装砲塔8基32門からの半減であったが、もともと航宙軍艦艇は他国宙軍に比してレーザ兵器の搭載数が多いため、これでも他国の標準的な装備数といえる。
 雷装については後部上甲板および艦底部にそれぞれ8セルのVLSを持つ。ただ、搭載された軌道爆雷・散乱砂(パウダー)・宙雷等の搭載数は艦隊本部の求めるところ──巡航艦標準──のわずか1/5強に過ぎず、次発装填の機構も除外(オミット)されていた。これは練習艦籍である以上仕方のない仕様であったが、本格的な戦闘航宙を行うのであれば不安要素ではあった。
 防御兵装は巡航艦としては標準的で、対エネルギー防御スクリーンの発生器は両舷の対角線上のスポンソンに4基を配置。熱変換と蓄熱系は各2系統である。近接戦闘においては、同じく両舷の対角線上の砲郭(ケースメイト)に設置された8連装の艦対宙誘導弾(短SAM)ランチャー4基、そして近接防御火器(CIWS)として自律制御式76ミリ電磁投射砲(レールガン)が計5基──上部構造体を挟んで上甲板の前後部に1基ずつ、左右両舷に1基ずつ、そして艦底部に1基──、接舷攻撃を試みる敵小艇/機動機に睨みを効かしている。
 艦載設備は両舷張出(バルジ)部にそれぞれ格納庫を納めており、各庫2組のフックアームと可動式プラットフォームから成る発着艦支援装置により最大4機の小艇または航宙機動機を運用することができた。

 このように練習艦としては強力ではあるが、独航する巡航艦としては中途半端であることを否めない、何とも〝帯に短し襷に長し〟な艦が練習巡航艦〈カシハラ〉である。
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