第24話 敵より先に、相手の姿を捉える

文字数 3,585文字

登場人物
・ツナミ・タカユキ:HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男
・シンジョウ・コトミ:同船務科主管制士、23歳、女、ツナミの幼馴染み

・ミシマ・ユウ:同副長兼船務長、22歳、男
・ハヤミ・イツキ:同航宙長、23歳、男
・コウサカ・マサミ:同航宙科操舵士、22歳、男

・オダ・ユキオ:同機関科機関長、57歳、男、オオヤシマ防衛庁1級技官
・ソウダ・シュンスケ:同機関科機関員、27歳、男、2級技官
・キミヅカ・サチ:同機関科機械員、24歳、女、2級技官

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 ツナミ・タカユキ艦長が発案した作戦では、敵装甲艦を砲撃するに当たり〈カシハラ〉は敵艦後方からの接敵を企図する、となっていた。
 正面切っての砲戦となれば例え帝国軍に砲戦の意志がなくとも、何かの間違いから偶発的な発砲に繋がる危険がある。また航宙艦はほとんどがその推進軸上に主砲を配置しており、探知機器が追う熱源の主たる発生源である推進機器は艦尾を向いているので、後方からの接敵・攻撃──つまり古来よりの〝ドッグファイト〟が最善手とされている。
 そういう理由で、現在のところ先行している〈カシハラ〉は、後方を追尾中の帝国宇宙軍(ミュローン)の装甲艦をやり過ごし、その背後に再び回り込む何らかの〝策〟を講じる必要があった。

 この指針に沿って航宙科が出した〝策〟は、跳躍(ワープ)後の出口付近の宙域で敵艦をやり過ごし、敵艦を待ち伏せして砲戦に持ち込む、というものであった。
 跳躍直後(ワープアウト後)には敵艦の探知機器も本艦(カシハラ)失探(ロスト)している。その機会(タイミング)で〝相手をペテンにかける(トリックを仕掛ける)〟ことは可能かも知れなかった。敵が複数の艦艇で艦隊行動を取っていて、跳躍(ワープ)ごとに先遣艦を繰り出せるのであれば使う事のできない手だが、敵装甲艦(アスグラム)は独行している。

 ツナミはこの〝策〟を了とした。


6月12日 0300時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】

〝先ず〈カシハラ〉は敵艦に先立って跳躍点(ワープポイント)(ゴルフ)〟に飛び込む。その際、ある程度の相対距離を維持しつつ相対速度がプラスに転じるよう──敵装甲艦(アスグラム)本艦(カシハラ)に接近するように──加速を調整する〟

「……主推進器(メインスラスタ)停止、慣性航行に移行」「──慣性航行に移行、よーそろー」
 戦闘配備の〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉の艦橋に、航宙長のハヤミ・イツキの操艦指示と操舵士コウサカ・マサミが復唱する声が響く。
 〈カシハラ〉は現在(いま)、敵装甲艦に先立つこと1万5千キロの距離を保ち、跳躍航行(ワープ)が可能となる重力流路(トラムライン)の入口──跳躍点(ワープポイント)(ゴルフ)〟への接続空域へと達した。
 以降、可能な限り敵艦との相対速度を積み上げるために加速をせず、慣性航行にて跳躍点の空域へと侵入する。


6月12日 0315時 【H.M.S.カシハラ/機関制御室】

重力流路(トラムライン)への突入──跳躍航行への移行(ワープイン)──は速やかに行われる〟

『機関室、跳躍(ワープ)用意──』
 艦橋からの副長の声に、〝(にわか)機関士〟であるところのソウダ・シュンスケが反応する。
「──跳躍機関(ワープドライブ)、超弦励起状態へ移行。主機より次元波動反応炉へ熱量伝達。量子フライホイール接続。縮退圧縮開放……確認願います」
「反応炉内、超弦励起状態を確認しました」
 同じく〝(にわか)機関士〟のキミヅカ・サチの確認の声を聞くと、『機関長』オダ・ユキオは(おもむろ)にCICと艦橋へ報告した。
「──こちら機関室…… 跳躍機関(ワープドライブ)、準備できました」

跳躍はじめ(ワープイン)!』「──跳躍(ワープ)」 艦長の号令に機関長が応じる。
 ソウダ機関士は機関長に目で確認すると、慎重な面持ちで跳躍機関(ワープドライブ)に溜め込まれたエネルギーを開放していった。


6月12日 0318時 【H.M.S.カシハラ /艦橋】

 跳躍点で〈カシハラ〉は、反応炉内に生起したタンホイザーゲートの直径を広げて重力流路(トラムライン)へと移行していく。〈カシハラ〉は一瞬で流路(トラムライン)への移行を終えた。そうすると、次の瞬間──まさに〝瞬間〟である──には航宙艦は〝跳躍〟を終え、重力流路(トラムライン)の反対側の出口──カルタヒヤ星系の跳躍点〝(アルファ)〟──にその姿を現している。

跳躍、完了(〝ワープアウト〟) ──状況を確認」 航宙長のイツキが航宙科の乗組員(クルー)に指示を飛ばし始める。「──針路の確認を急げ! 座標の方もだ!」
 探知機器が機能していない跳躍直後(ワープアウト後)が航宙船舶にとって不測の事態に陥りやすい。とくに針路上の安全の確認は航宙科にとって最優先である。「──どうだ?」
「──針路上に障害……なし!」「周辺空域に船影、ありません」
「よーし!」 イツキは声に出して頷いた。


〝そして跳躍直後(ワープアウト後)に推進軸を反転、慣性運動を打ち消す加速に転じる〟

 〈カシハラ〉はシング=ポラス星系側の跳躍点〝G〟に突入した際の速度で、当星系の跳躍点から出現することになる。また、〈カシハラ〉を追って跳躍点に侵入した帝国軍艦も、やはり〈カシハラ〉とほぼ変わらぬ相対速度で跳躍(ワープ)に入るだろう。それがこの作戦の枢要(きも)であった。

 ──跳躍(ワープ)後の出現座標は跳躍点の空間で偏差を持ち〝定位置〟とはならない。
 だが跳躍(ワープ)の前後で同じ系内の慣性運動量が保存されることは──その理由は解明されてはいなかったが──確認された事象であった。


『反転減速、はじめ──』 CICから跳躍後の各部の状況を確認した艦長(ツナミ)の声が届いた。
 それを聞いたミシマ・ユウが艦橋で号令を下す。
z軸(ヨー)で回頭する── サイドスラスタ、艦首 右に〝いっぱい!〟 艦尾 左に〝いっぱい!〟」
 操舵士のコウサカが復唱と共に操艦に入ると、艦の前後で姿勢制御スラスタが全力で噴射を開始する。操艦の際には即応性に劣る姿勢制御装置(モーメンタムホイール)は回頭の初動では使用せず〝当て舵〟時のモーメントの打ち消しに備えていた。
 航宙艦としては〝軽い〟部類の〈カシハラ〉は、艦首が回り始めるや軽やかにステップを踏み始める。
「──z(ヨー)で回頭ー、おもーかーじ……030度ー」 航宙長のイツキがタイミングを計り指示を発する。「姿勢制御装置(モーメンタムホイール)、z(ヨー)の回転、とーりかーじ……減速はじめー」
 スラスタの噴射による〝当て舵〟を待たずに円盤(ホイール)の回転が始まる。──完全に教則(マニュアル)を無視した操艦であった。
「……サイドスラスタ、逆噴射ー」 航宙長の指示は続く。「──もどーせー、舵中央、取舵にあてー」
 その振付けに応えて〝彼女(カシハラ)〟は──結構な〝じゃじゃ馬〟だ──大胆にステップを踏み鳴らすと、ピタリと後ろを向いて見せた。
 ミシマは航宙長の手並みとそれに応えた操舵士、そして艦の挙動とに満足しつつ、更なる指示を下す。
主推進器(メインスラスタ)加速一杯、減速開始!」

 〈カシハラ〉は跳躍点から飛び出して来た方向へと艦首を翻し、逆加速に転じた。
 そして十分に減速を終えてから再び艦首の向きを元に戻し、敵装甲艦を待ち伏せるのだ。


6月12日 0325時 【H.M.S.カシハラ/戦闘指揮所(CIC)
            ──(カシハラ)が180度の回頭を終え、全力で逆加速に転じる直前──

「──〝囮の探査機(デコイ)〟放擲しました。推進剤の点火確認……予定針路上を加速開始します」
 主管制卓のシンジョウ・コトミ宙尉が簡潔に報告を上げた。電測管制員のタカハシの声が続く。
「各種欺瞞データの発信を観測、問題なし」
 ツナミは艦長席の手元のスクリーン上に、もう一隻の〝カシハラ〟が現れたのを確認する。



 トリック(ペテン)の成功率を上げるため、船務科と戦術科、そして技術科も知恵を出していた。
 跳躍直後(ワープアウト後)の敵装甲艦の探知・索敵機器が息を吹き返したとき、〝本艦(カシハラ)〟の艦影を〝在るべき〟針路上に捉えたように見せかける(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)仕掛け──〝(デコイ)〟の無人探査機(プローブ)を艦の進路前方に打ち出したのだ。
 用意された無人探査機(プローブ)は最新の部類で、粒子砲の超遠距離砲撃の観測・管制中継が可能という『戦域データリンク管制機』であった。もっとも、今回はその能力を使って主砲の砲撃を管制するのではない。あくまで(デコイ)として敵の正面に漂いその電子の〝目〟を誘引するのが第一の役目であり、その上で(ダミー)の「超長距離レーザ砲撃」の照準動作を〝演じて〟みせるのが第二の役目だった。

 ──つまりこういうことである。
 無人探査機(プローブ)は〈カシハラ〉の輻射管制(ステルス)時の運転状態を模した各種の欺瞞情報を周囲に放ちながら初期の進路上を先行する。そして進路前方を〝航行中〟の探査機は、ワープアウトした追手を探知するや──その際には自機も敵の探知の網に掛かっているかも知れないが──、搭載された長距離射撃管制用のレーザーを用い、超長距離砲撃の際の射撃管制を模して微弱な短時間照射を精密な射角制御の元に繰り返し照射してみせる。
 帝国軍装甲艦はそれ(ヽヽ)をレーザーによる超長距離砲撃の観測照射と判断し、何らかの対抗措置を取るだろう。そしてそれ(ヽヽ)は熱量の放射を伴うはずで、能動的な電磁波の発信(アクティブセンシング)をせずとも〈カシハラ〉は敵影を捉えられる。──その公算は大きかった。

 ──敵より先に、相手の姿を捉える。
 これは古来より戦場で言われてきた鉄則である。
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