第13話(後) 君は馬鹿じゃないんだろうが、利口ではないんだろうな
文字数 3,538文字
登場人物
・ツナミ・タカユキ: 宙兵78期 卒業席次2番、戦術長補、22歳、男
・フレデリック・クレーク:
シング=ポラス選出の帝政連合議会の議員。40歳、男、自意識過剰
・マシュー・バートレット:
自称フリーランスのジャーナリスト。35歳、男
======================================
6月6日 1635時 【航宙軍艦カシハラ/幕僚士官個室】
士官候補生らとのミーティングの後のフレデリック・クレーク邦議員らは、それぞれに部屋──多くの場合は2人部屋だった──を宛がわれて留め置かれていた。もう随分と時間が経っている。
軍艦の広くはない部屋の中、執務卓の椅子に座る邦議会議員の眼前では、取り巻き の青年実業家ネイハム・レローが苛々と行き来していた。
二人のために特に開かれた幕僚用の予備士官個室である。
「いったい何時までこんなところに押し込めておくつもりなんでしょう…… これでは軟禁だ‼」
どうにも自制の効かないこの男を議員の方は至って普通に無視している。一々付き合っていたら身が持たない。とは言え、ほぼ軟禁状態にあるという事実はレローよりも〝正しく〟理解していた。
──ミシマ家の三男、ミシマ・ユウは、半ば以上確信的に私をエリン殿下から引き離している。
フン、姑息な手段だ。我々の頭越しに殿下を送り届ける姿を帝国の内外に印象付け、得点を稼ごうというわけだ。
その上で、オオヤシマ主導での星系同盟の帝政連合議会の議席獲得を目論んでいるのだろう。
何とかしたい……。
帝国軍のクーデター──クレークはそのように認識している──は想定の中では最悪の事態ではあったが、ミュローン皇女が航宙軍の艦 に居合わせているのは良い材料であった。
今後、帝政当局 との駆け引きが始まるが、目下のところ我らが星系同盟は後手に回りぱなしていう態である……。
何か切っ掛けが必要であった。ここは帝室に連なる人物というカードを有用に使わねばなるまい。同盟にとっても彼自身の今後にとっても…──。
そう考え、クレークは頭の中で先のミーティングに出席した幹部生の面々を吟味し始める。
艦長代理はダメだ。あの性格では政治的に先はない。
主計長といったあの女も無理だ。可愛げがなく正論を翳 しすぎる。
あとは、あの〝チャラい〟感じの長髪の航宙長か、それとも一言も口を開かずよく目を泳がせていたポニーテイルの女性候補生か……。あの場 に出席しているのだから、それなりの立場ではあるのだろう……。
狙いは慎重に定めたかったが何しろ時間もなく手も足りない。そして何より情報が無かった……。
先ずは情報を集めねば──。
そこまで考えが進んだとき、卓上の艦内通話 が鳴った。
「議員、お茶をご用意いたしました──」
代表団を取り次いだあの女性候補生だった。名前は、確かイセ・シオリ……。
卓上の小さなモニタの中のシオリは、幼い造りの 顔を精一杯に引き締めている。
軍人としての体裁を整えたいのだろうが、残念ながらあまり成功しているとは言い難い。
クレークは、手始めにこの娘を手懐けることにした。
6月6日 1650時 【航宙軍艦カシハラ/上部構造体03層通路】
「──艦長代理」
ツナミは特別公室から艦橋へと戻ってきたところを一人の民間人に呼び止められた。
胡散臭げな風貌のその男の顔には見覚えがある。クレーク議員と共に士官室まで押しかけて来た中の一人だ。確かジャーナリストだと言っていた。ツナミは、知らず顔を顰めていた。
「マシュー・バートレット…──フリーでジャーナリストらしきことをやってます」 そんなツナミに男は自己紹介するとさり気なく行く手を遮った。「──少々お話を聞かせてもらえませんかね?」
「…………」
ツナミは無視を決め込むことにし、男を避けて艦橋へと歩を進める。しかしバートレットはそのツナミの腕を取って引き留めた。
「──君たちだけで帝国本星 を目指すにしても、マスコミは上手く使った方がいい……」
思いの外真摯な響きの声だったことと、ベイアトリス行の話を口にされたことに思わず目線が向いた。
バートレットは面白くもなさそうに口元でだけ〝フ〟と笑ってから、懐から端末 を引き出して見せた。
そこには皇女エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセンのプロフィールが映し出されている──。
信じたくはなかったが、それは航宙軍艦艇 のデータベースの情報だった……。
「ともかく話をしたい ……悪いことにはならないはずだ」
こういった話にはツナミは慣れてはいなかったが、艦長代理として漏れ出た情報がどの程度なのか知っておかねばならなかった。
それに……、この男に興味が湧いていた。
──何というか、目が悪擦れしてないように感じられたのだ……。
「わかりました…… こちらへ」
ツナミはバートレットを伴い、いまは主人 の不在となっている艦長公室へと向かった。
*
「君は馬鹿じゃないんだろうが、利口ではないんだろうな」
公室に入るとバートレットは開口一番にそう言ってツナミの方を向いた。
──士官室でクレーク邦議会議員とやり合ったことを言っているのだろう……。確かにあれは大人気ない振舞いだったかも知れない。ミシマのヤツならもっと巧くあしらったろう。
バートレットの口調は決して嫌みなものではなかったが、そう正面切って言われては面白いはずもない。ツナミは仏頂面でバートレットを見返した。
「この艦 は航宙軍艦ですからね。私は一等船室付きの客室乗務員 じゃありませんし」
そんなツナミの様子にバートレットは口元だけ歪めると、先の端末を机の上に置いた。
画面の中の表示には、ファイルビューワを介して乗組員 が情報共有する記憶領域 が丸裸になっていた。さすがに艦中枢の管理領域は未だ可視化されていなかったが、ストレージ構成は把握されており破られるのも時間の問題と思えた。
なし崩しに候補生だけで艦を動かすこととなり、現状は練習航宙の延長のような情報共有の仕方になっていた。もう既に、破られたネットワークの共有ストレージの情報が筒抜けとなってしまっている……。拙いと思った。
これらの情報はいったいどこまで拡散したろう? クレーク議員とその取り巻きの許には届いているとして、艦に収容した民間人全員の知るところとなったのだろうか……。
「バートレットさん……」 ツナミは、ともすれば絶望的となりそうな表情を隠しつつバートレットを見た。「──これだけで貴方を捕らえ軍法会議にかける十分な証拠になります」
探るように目線を向けつつ必死に思考を巡らせる──。先ずは情報の入手経路と拡散した情報を訊き出さねば。それから相手にそれと判らぬようこちら側 に協力させる──取引 だ── クソっ、俺の不得意分野だ……。どうする? ミシマのヤツを呼ぶか……。
「──君は本当にすぐに表情 に出るな」 そんなツナミを、バートレットは面白そうな表情で見返すと、また口元だけを歪めてみせた。「──安心してくれていい。この情報は、あの議員 や取り巻きどもには渡ってないし、渡すつもりもない。……情報源も条件付きで明かそう」
取引を持ち掛けるよりも先にそう言われてしまったツナミは困惑した表情をバートレットに向けた。どうも逆に取引を持ち掛けられているらしい。慎重な面持ちでツナミは訊いてみた。
「条件は、何です?」
「エリン皇女殿下が本当に君らの力を借りて帝国本星 へ赴き戴冠するというのであれば、その一部始終を独占取材したい」
「…………」
当然、ツナミは返答できなかった。そもそも殿下 の腹積もりを確認したわけじゃない。だからただ黙ってバートレットの方を見るしかできないでいる。そんなツナミにバートレットは小さく破顔一笑した。
「やはりそうか……。殿下はまだ決心したわけじゃないのだろう?」
ツナミは遅まきながら視線を外した。
「──いや、それならそれでいい」 バートレットは続ける。「ただ、どんな結末になるにせよ、早い段階から報道 の目を通して一定の客観性を持たせるべきだ…──」
言って端末を操作した。動画が再生される──それは第一軌道宇宙港 の大桟橋で搭乗橋 が強制切離 された当にその瞬間のものだった。ツナミは視線を下ろしかけたが歯を喰いしばって耐えた。画面の中でクリュセの首相令嬢が叫んでいる──〝人殺し!〟と……。
だが、その音声はカットされていた。
バートレットは、そんなツナミに頷きながら努めて事務的な口調で伝える。
「素材は使い方一つ。どうとでも印象を創れてしまうんだ。常に『沈黙が美徳』だとは限らないということも、知っておいていい」
その言葉に、ツナミは反論することができなかった。
・ツナミ・タカユキ: 宙兵78期 卒業席次2番、戦術長補、22歳、男
・フレデリック・クレーク:
シング=ポラス選出の帝政連合議会の議員。40歳、男、自意識過剰
・マシュー・バートレット:
自称フリーランスのジャーナリスト。35歳、男
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6月6日 1635時 【航宙軍艦カシハラ/幕僚士官個室】
士官候補生らとのミーティングの後のフレデリック・クレーク邦議員らは、それぞれに部屋──多くの場合は2人部屋だった──を宛がわれて留め置かれていた。もう随分と時間が経っている。
軍艦の広くはない部屋の中、執務卓の椅子に座る邦議会議員の眼前では、
二人のために特に開かれた幕僚用の予備士官個室である。
「いったい何時までこんなところに押し込めておくつもりなんでしょう…… これでは軟禁だ‼」
どうにも自制の効かないこの男を議員の方は至って普通に無視している。一々付き合っていたら身が持たない。とは言え、ほぼ軟禁状態にあるという事実はレローよりも〝正しく〟理解していた。
──ミシマ家の三男、ミシマ・ユウは、半ば以上確信的に私をエリン殿下から引き離している。
フン、姑息な手段だ。我々の頭越しに殿下を送り届ける姿を帝国の内外に印象付け、得点を稼ごうというわけだ。
その上で、オオヤシマ主導での星系同盟の帝政連合議会の議席獲得を目論んでいるのだろう。
何とかしたい……。
帝国軍のクーデター──クレークはそのように認識している──は想定の中では最悪の事態ではあったが、ミュローン皇女が航宙軍の
今後、
何か切っ掛けが必要であった。ここは帝室に連なる人物というカードを有用に使わねばなるまい。同盟にとっても彼自身の今後にとっても…──。
そう考え、クレークは頭の中で先のミーティングに出席した幹部生の面々を吟味し始める。
艦長代理はダメだ。あの性格では政治的に先はない。
主計長といったあの女も無理だ。可愛げがなく正論を
あとは、あの〝チャラい〟感じの長髪の航宙長か、それとも一言も口を開かずよく目を泳がせていたポニーテイルの女性候補生か……。
狙いは慎重に定めたかったが何しろ時間もなく手も足りない。そして何より情報が無かった……。
先ずは情報を集めねば──。
そこまで考えが進んだとき、卓上の
「議員、お茶をご用意いたしました──」
代表団を取り次いだあの女性候補生だった。名前は、確かイセ・シオリ……。
卓上の小さなモニタの中のシオリは、
軍人としての体裁を整えたいのだろうが、残念ながらあまり成功しているとは言い難い。
クレークは、手始めにこの娘を手懐けることにした。
6月6日 1650時 【航宙軍艦カシハラ/上部構造体03層通路】
「──艦長代理」
ツナミは特別公室から艦橋へと戻ってきたところを一人の民間人に呼び止められた。
胡散臭げな風貌のその男の顔には見覚えがある。クレーク議員と共に士官室まで押しかけて来た中の一人だ。確かジャーナリストだと言っていた。ツナミは、知らず顔を顰めていた。
「マシュー・バートレット…──フリーでジャーナリストらしきことをやってます」 そんなツナミに男は自己紹介するとさり気なく行く手を遮った。「──少々お話を聞かせてもらえませんかね?」
「…………」
ツナミは無視を決め込むことにし、男を避けて艦橋へと歩を進める。しかしバートレットはそのツナミの腕を取って引き留めた。
「──君たちだけで
思いの外真摯な響きの声だったことと、ベイアトリス行の話を口にされたことに思わず目線が向いた。
バートレットは面白くもなさそうに口元でだけ〝フ〟と笑ってから、懐から
そこには皇女エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセンのプロフィールが映し出されている──。
信じたくはなかったが、それは
「ともかく話をしたい ……悪いことにはならないはずだ」
こういった話にはツナミは慣れてはいなかったが、艦長代理として漏れ出た情報がどの程度なのか知っておかねばならなかった。
それに……、この男に興味が湧いていた。
──何というか、目が悪擦れしてないように感じられたのだ……。
「わかりました…… こちらへ」
ツナミはバートレットを伴い、いまは
*
「君は馬鹿じゃないんだろうが、利口ではないんだろうな」
公室に入るとバートレットは開口一番にそう言ってツナミの方を向いた。
──士官室でクレーク邦議会議員とやり合ったことを言っているのだろう……。確かにあれは大人気ない振舞いだったかも知れない。ミシマのヤツならもっと巧くあしらったろう。
バートレットの口調は決して嫌みなものではなかったが、そう正面切って言われては面白いはずもない。ツナミは仏頂面でバートレットを見返した。
「この
そんなツナミの様子にバートレットは口元だけ歪めると、先の端末を机の上に置いた。
画面の中の表示には、ファイルビューワを介して
なし崩しに候補生だけで艦を動かすこととなり、現状は練習航宙の延長のような情報共有の仕方になっていた。もう既に、破られたネットワークの共有ストレージの情報が筒抜けとなってしまっている……。拙いと思った。
これらの情報はいったいどこまで拡散したろう? クレーク議員とその取り巻きの許には届いているとして、艦に収容した民間人全員の知るところとなったのだろうか……。
「バートレットさん……」 ツナミは、ともすれば絶望的となりそうな表情を隠しつつバートレットを見た。「──これだけで貴方を捕らえ軍法会議にかける十分な証拠になります」
探るように目線を向けつつ必死に思考を巡らせる──。先ずは情報の入手経路と拡散した情報を訊き出さねば。それから相手にそれと判らぬよう
「──君は本当にすぐに
取引を持ち掛けるよりも先にそう言われてしまったツナミは困惑した表情をバートレットに向けた。どうも逆に取引を持ち掛けられているらしい。慎重な面持ちでツナミは訊いてみた。
「条件は、何です?」
「エリン皇女殿下が本当に君らの力を借りて
「…………」
当然、ツナミは返答できなかった。そもそも
「やはりそうか……。殿下はまだ決心したわけじゃないのだろう?」
ツナミは遅まきながら視線を外した。
「──いや、それならそれでいい」 バートレットは続ける。「ただ、どんな結末になるにせよ、早い段階から
言って端末を操作した。動画が再生される──それは
だが、その音声はカットされていた。
バートレットは、そんなツナミに頷きながら努めて事務的な口調で伝える。
「素材は使い方一つ。どうとでも印象を創れてしまうんだ。常に『沈黙が美徳』だとは限らないということも、知っておいていい」
その言葉に、ツナミは反論することができなかった。